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第十四話 何度でも、灰の中から【1/2】


 焼け落ちた瓦礫の影の中、ハルトが膝をついていた。


 彼の背後には、誰かの気配。


 静かに忍び寄るその影が、躊躇なく剣を突き立てた。


 刃が、ハルトの背に突き立つ。小さくハルトは痛みに呻く。


「な、ぜ……貴方が……?」


 驚愕に満ちた声。


 ハルトを刺した裏切り者は静かに呟いた。

 

 「……さらばだ、勇者様」

 

 血が宙を舞い、ハルトの身体が崩れ落ちる。




 静かな部屋でセオドアは目覚めた。


 目の前には手帳が開かれている。


 窓を見ると、鳥が群れをなして飛んでいた。


 旧アトラス商会事務所......


 セオドアはバルトによって殺され、ループした。


 セオドアは無表情のまま、虚ろに椅子にもたれかかった。


「また......守れなかった......」


 セオドアはそう呟くと一筋の涙が頬を伝わらせた。


「みんなを殺したあいつらに......報いを受けさせるどころか......」


 フィオナが自身の腕の中で冷たくなっていく感覚。


 セリカがどんな思いで自分を刺したのか。

 

 苦痛に歪んだノエルの叫び声が脳裏に蘇る。


「何も変わらなかったじゃないか......みんなに託された思いを僕は......踏みにじった.....」


 セオドアはもう片方の頬にも、一筋また一筋と涙をこぼした。止めようにも止まらなかった。


『意見の相違だ。弱い奴の意見は淘汰されていくのが世の常だ。ルーキー』


 バルトの言葉を思い出す。


「ウィンドミル最強の男に......どうやって勝てば......いいんだよ......」


 旧アトラス商会事務所の静寂の中、セオドアは手帳を見つめていた。


 冒険の書――それは、自分たちが積み重ねてきたすべてだった。


 仲間と出会い、学び、記録し、誰かの命を救おうと願って綴ってきた知識の結晶。だが、今はただの紙束にしか見えなかった。


 セオドアは無言でその手帳を閉じる。


 そして、ゆっくりと立ち上がり、本棚の隅に積まれた古紙の束を引き出した。


 それは、彼が初めて冒険の書の原案を書いたときの草稿だった。


 フィオナが笑いながら「この構成なら初心者にも読める」と言ってくれた日を、ふと思い出す。


 だが、それも――過去の話だ。


 セオドアは草稿の束を掴み、そのまま暖炉の灰壺の中に放り込んだ。


 紙の束は、重く沈んで静かに崩れた。


 火を点けるわけでもない。ただ、そこに打ち捨てた。


「もう……意味なんて、ないじゃないか」


 唇が震えた。


「書いたところで……仲間を守れなかった。誰一人、救えなかった。だったら……」


 自分の指がかすかに震えていることに気づいた。


 拳を強く握る。けれど、その手はもう、かつてのように熱を帯びてはいなかった。


 バルトに告げられた言葉が、脳裏を刺す。


 ──幻想は終わりだ。


「正しかろうと、信念があろうと、僕には続けられる強さがない……」


 セオドアは机にあったインク壺を手に取り、空白の手帳のページに乱雑に線を引いた。


「くそ......くそ!くそ!くそ!くそっ!!!!」


 何も意味をなさない線だった。自分の足跡を自ら汚しているだけだった。


 それでも止められなかった。


 もう、すべてを終わらせたかった。


 誰も巻き込みたくなかった。


 それが、セオドアなりの“責任”だと思っていた。


 その瞬間だった。


 背後から、冷たい風が吹き抜けた。


 風はひとつの方向へと流れ、事務所の片隅に置かれた冒険の書の控えにパラリと風を送る。


 紙がめくられたその瞬間――


 ボトっと、床に重い何かが落ちた。


 セオドアがその何かに目を落とす。



 そこには腕が転がっていた。



 セオドアが自身の手を見ると右腕の肘から先がなくなっており、切断面からはトクトクと血が流れている。


「あぁ......」


 落ちているのはセオドアの右腕であった。



「あ“ぁああああああ!!!!」



 セオドアは痛みでその場にうずくまる。必死で抑える傷口からは一気に血が噴き出る。



 これは......!ベルゼルグでの死の同期......!


「なんっ......で......!」


 痛みに耐えながら、ループから目覚めたばかりであるにも関わらず、死の同期が起こっているのかを考える。


 身体の至る所に見えない何かに切り裂かれる。


「あぐっ......!!」


 ベルゼルグを倒す為に何度も繰り返していた死の同期......フィオナ達と出会った事で抜け出したはずのループの死の同期。


 僕が......冒険の書を諦めたから......?


 未来に冒険の書が届かなくなった?


 失意のセオドアを死の同期は無情にも引き裂いていく。


 ふざけんな......!ふざけんな......!


 諦める事も許されないのか......!


 立ち止まるなってのか......!


 僕の思い出も......仲間も......!


 何回もやり直せさて......!何度も失わせて......!


 それでも、前に進めってのか......!



 セオドアは自身の血溜まりに倒れ込む。


 セオドアの視界が、唐突に暗転した。


 次に映ったのは、ベルゼルグと戦うハルトのビジョン。


 黒い霧の中、ハルトがベルゼルグの牙に貫かれ、絶命する瞬間。


『ハルトーーーーーッ!!!!!!』


 セオドアの耳にはグチャリと肉の潰れる音が聞こえてーー、



無になった。






 次の瞬間――


 セオドアは、旧アトラス商会の一室で再び目を覚ました。


 しかし、色がない。灰色だ。


 目の前には手帳が開かれている。


 窓を見ると、鳥が群れをなして飛んでいた。




 セオドアはゆっくりと起き上がる。


 さっき、自分が焚き壺に投げた草稿は――元の棚にきれいに積まれていた。


 目の前の手帳も、白紙のままだ。


 セオドアは肩を震わせながら呟いた。


「どうして……どうして何度でも……やり直させるんだよ……」


 涙ではない。


 怒りでもない。




 ただ――空虚だった。



 セオドアはただ呆然と空を見つめる。


 何時間か経った後、扉の向こうから、ノエルの声がした。


「セオドアくんいるの〜?」


 返事はなかった。


「入るよ〜、明かりがついていたから......セオドアくん?」


 ノエルは入るなり、椅子に座るセオドアに気がつく。


「まさか徹夜で作業してたの?寝てるの〜?」


 ノエルがセオドアの顔を覗き込む。


 セオドアの灰色の視界にノエルが見える。


 杭に刺されて苦痛な叫び声を上げるノエルの姿が脳裏に蘇る。


「あぁ......あぁ!!!!」


 セオドアは椅子から飛び上がる様にしてノエルから逃げる様に部屋の隅に縋り付く。


「セオドアくん!私だよ!私!!」


 セオドアの様子にはノエルは驚くも急いで駆け寄る。


 しかし、セオドアの目にはノエルに無数の杭が打ち込まれ、血まみれに姿に見えていた。


 首を横に激しく振り、ノエルを拒絶する。


「やめて......!来ないで......!僕に......近寄らないで......!また......死なせてしまう......!」


 セオドアは部屋の隅でガタガタと身体を震わせる。


「セオドアくん......」


 ノエルは困惑してただただ怯えるセオドアを見ることしかできなかった。



 数十分後、アトラス商会の会議室には、全員が集まっていた。


 椅子に座るセオドアは虚ろな目で一点を見つめたまま、一言も発さず、アトラス商会のメンバーは心配そうに見つめていた。


 最初に口を開いたのはマックスだった。


「……どういう状況ですか?セオドア代表の様子が明らかにおかしいです。


先ほどから何も話していませんし、あの怯えよう......昨日まではお変わりありませんでしたが......」


 彼の眉はひそめられ、珍しく感情の波をにじませている。


 セリカも戸惑ったように口を開く。


「ケガとか……精神的にショックを受けるようなことが……?」


 その言葉に、ノエルがそっとセオドアの肩に手を置こうとする。


 だが――セオドアはピクリと肩を震わせ、反射的に身を引いた。


「近付かないで下さい……!」


 怯えた子供の様に叫んだ。


 誰もがその変化に息を呑む。


 フィオナが、静かにノエルを引き戻す。フィオナはノエル、ドランに視線を送り二人とも頷いた。


「……ループしたのよ」


 沈黙が落ちる。


「ループ......?」


 セオドアのタイムループを認識していないマックスとセリカが同時に聞き返した。


「……どういうことでしょうか?」


 マックスが、重い声で問いかける。


 セリカも息をのんだまま、答えを待っている。


 フィオナは自分の知っているセオドアのタイムループについて、二人に説明した。


「なるほど......つまり、今のセオドア代表は今日以降の未来を見てきて、この様な状態になったという事でしょうか?」


「多分......私たちもループしてきたセオドアを見るのは初めてだから......」


「この怯えよう......きっと未来で恐ろしい事があったのよ......」


 フィオナがセオドアの目線に合わせる様に屈む。


「セオドア......一体未来で何があったの?」


 セオドアは灰色の瞳のままフィオナの方へと顔を上げる。セオドアには自身の前に杭が打ち込まれたフィオナが見えた。


「あぁあああ!!」


 セオドアはフィオナから逃げ出す様に椅子から転げ落ちる。


「セオドア......!」


 セオドアは部屋の隅に這いずり、体を小さく丸める。


「ごめんなさい......ごめんなさい......僕には......何も......守れませんでした......ごめんなさい......ごめんなさい......」


 ぶつぶつと謝罪を口にするセオドアに一同は目を合わせる。


 マックスはため息をついた。


「仕方ないですね。セオドア代表は見ての通りでございますので、とりあえずは私の方から今後の方針を話させていただきます」


「現在、反対派の嫌がらせに遭っている冒険の書制作ですが、今後もエスカレートしてくる事が考えられます」


 一同は頷き、フィオナは心配そうにセオドアのそばにいる。


「なので、この事務所を退去します」


「なんで?」


「いやいやいや!」


 ノエルとセリカが驚きの声をあげるもマックスは冷静に続けた。


「この事務所は秘密裏に運営していたわけではなく、おそらく冒険の書反対派にも居場所は割れてしまっています。


セオドア代表に確認してからがいいのでしょうが、もたもたしている内に火でもつけられた日には全てが水に泡となってしまいますからね」


 マックスがそう言ってセオドアの様子を伺うもセオドアは部屋の隅でぶつぶつと呟いているだけであった。


「では早急に取り掛かりましょう。申し訳ないですが、セオドア代表の件に関しては落ち着いてからとします」


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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