第一話 シルバーと少年【2/2】
セオドアが街の壁門前に到着すると、新人冒険者のロゼとダリルが既に装備を手に待機していた。
「すいません!お待たせましたか?」
セオドアが声をかけるとロゼとダリルは姿勢を正す。
「い、いえ!こちらこそ!今回は僕たちの任務にセオドアさんが同行頂いてありがとうございます!」
ダリルが緊張しながらも精一杯に頭を下げた。
「そんな!セオドアさんだなんて!年も同じですし、そう畏まらなくて敬語でなくとも構いませんよ!」
「ウィンドミル史上最速のシルバー冒険者となったセオドアさんにタメ口など聞けません!」
「あははは......そうですか。まぁ今日はよろしくお願いします」
「はい!ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」
「今日は僕が直接的な指導をするわけではありません。
冒険の書を読んだ二人が初のモンスター関連の依頼をどの様にして行動するのかを観察させて貰います。
僕なんかがおこがましいですが、依頼達成後にはアドバイスがあればさせて頂きます」
「そうでしたね!」
「ダリルは昨日からずっとこの冒険の書を食い入る様に見ているんですよ」
ロゼは笑みを浮かべる。
「そうなんですね。少しでもお二人の冒険の知識として役立てるのであれば、僕も嬉しい限りです。
ではロゼさん、ダリルさん。参りましょうか」
「はい!」
ロゼとダリルは元気よく返事をした。
セオドアはロゼとダリルの少し後ろを同行する。
今回のロゼとダリルの依頼は「旧農場跡のゴブリン巣の調査」。討伐ではなく、現地にゴブリンの巣がないかを確認する調査任務だ。
「……ここですね。たぶんこの丘の下あたりが該当地点です」
ロゼが試作版の《冒険の書》を開き、ページをめくる。
「“日中のゴブリンの巣は無人である可能性が高いが、哨戒役がいる場合もあるため、接近時は周囲の物音と風下からの接近に注意”……」
「こっちが風下。静かに……」
ダリルは息を潜め、ロゼと並んで木立の影から前方を見やる。
数十メートル先に見えたのは、崩れかけた小屋。土嚢のような構造と、腐った木の骨組み。冒険の書の図解にあった典型的なゴブリンの簡易巣そのものだった。
「足跡……浅い。表面は乾いてるし、直近の出入りはなさそう」
「泥っぽく生臭い匂いもない......」
「……放棄されてるな。じゃあ、記録して、目印を残して……」
二人は慣れない手つきながらも、書で示された手順に忠実に従って調査を進めていく。
セオドアは静かに見守りながら、言葉を挟まない。ただ、小さく頷き、時折視線で確認を促すだけだった。
数ヶ月前の自分にはできなかったこと。判断材料がなく、準備も知らず、ただ勢いだけで死地に踏み込んでいた。
けれど今、彼らは確かに“知っている”。
調査を終えた二人が戻ってくると、セオドアが初めて声をかけた。
「……よくできていました。落ち着いた判断でしたね」
「本当ですか……!?」
ロゼの頬がぱっと明るくなった。ダリルも、驚いたように目を見開く。
「ありがとうございます!セオドアさん、私もセオドアさんの様に後輩冒険者に頼られる存在になりたいです!」
「僕も!セオドアさんみたいな冒険者になりたいです」
セオドアは一瞬、言葉を失った。
今まで何度も死に、何度もやり直してきた自分が、誰かの“目標”になっている。
そのことが、胸の奥をそっとあたためていく。
(そういえば僕もガストンに絡まれた時に助けてくれたフィオナさんに憧れていたな。今でも変わらないけれど.....ありがとう。……君たちの未来が、無事でありますように)
「……では、帰りましょうか。報告も大事な仕事の一つです」
「はいっ!」
ふたりの声が、草原に軽やかに響いた。
ギルドへの帰路、セオドアたちは緩やかな丘を越え、街の輪郭が見えてきたあたりで、異変に気づいた。
風に混じって、微かに血の匂いが漂っていた。
(……鉄と土の匂い。違う、……獣の臭い)
セオドアは足を止め、鋭い視線を周囲に走らせる。
その瞬間、耳に届いた――誰かの叫び声。
「うわあああっ!」
即座に腰のベルトから斧を引き抜く。
「二人は離れて待機していてください!」
ロゼとダリルにそう告げ、迷うことなく斜面を駆け下りた。
藪をかき分けて森の奥へ飛び込んだ先――
銀髪の小柄な少年、リオが地面に倒れていた。顔には擦り傷、震える手には小さなナイフ。
その目前にいたのは――《スナッチファング》。
ネズミに似た細長い体躯、赤く光る眼。鋭く湾曲した牙、前脚の鉤爪は木の幹すら裂く。
単体ならばアイランク冒険者でも対処可能な相手だが、リオにはあまりにも荷が重い。
今まさに飛びかかろうとするその瞬間――
「伏せて!!」
風を切る音とともにセオドアが飛び込んだ。
リオが身をすくめた刹那、セオドアの蹴りが獣の顎を跳ね上げ、体勢を崩す。
その隙に回り込み、鋭い一閃が獣の首を断ち切った。
スナッチファングの身体が痙攣し、やがて静かに崩れ落ちる。
セオドアは素早くリオの方へ向き直った。
「……リオ君!怪我は!?」
「……だ、大丈夫……っ、あんた、なんで……」
リオが呆然としたままセオドアを見上げる。
セオドアは息を整えながら、リオの前にしゃがみ込んだ。
「……何してるんですか、こんなところに一人で」
「……あ、あんたが……いきなり消えたから……!」
リオは唇を噛みしめ、拳を握り締めた。
「見返したくて……あんたがどんな動きをするのか見たくて……でも、こんな……!」
その声には悔しさと恐怖が滲んでいた。
セオドアはしばらく黙っていたが、やがて静かに笑みを浮かべた。
「焦らなくていいんです、リオ君。君はまだ、“備える時”なんですよ。僕はその備えが足りなくて、何度も死にかけました」
……本当は、何度も死んできた。
リオが顔を上げると、セオドアの瞳がまっすぐに彼を見つめていた。
「君が強くなりたいなら、順序を踏んで、学んで、時が来たら……一緒に冒険をしましょう」
風が森を通り抜ける。血と土の匂いを運びながら。
リオはしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。
「……うん。わかったよ、セオドア……」
「よし。じゃあまずは手当てだね」
セオドアが応急処置セットを取り出していると、奥からロゼとダリルが駆け込んできた。
「セオドアさん! 大丈夫ですか!?」
「うん、大丈夫です。……こっちはリオ君。森の中でモンスターに遭ってしまったみたいで」
「リオ君……?」
ロゼが訝しげにリオを見下ろす。リオは手当てを受けながら、ぐるりと二人を見渡した。
まだあどけない顔に汗と泥がついていたが、どこか――自尊心を取り戻したような表情だった。
「大丈夫かい?」
ロゼとダリルの言葉に、リオはほんの少しだけ顔を赤くしながらも、ふいと視線を逸らした。
「君たち……ブロンズでしょ?」
どこか鼻につくような言い方だったが、セオドアにはわかっていた。これは彼なりの強がりだ。
ロゼとダリルは顔を見合わせると、すぐに微笑んだ。
「ふふ、今さっきまで地面に倒れてた人のセリフじゃないよね?」
ロゼがくすくすと笑いながら言う。
「なぁ。『うわああっ!』って叫んでたの、確か俺たちも聞いたんぞー?」
ダリルも肩をすくめるように冗談めかす。
リオの顔がみるみる真っ赤になる。
「ち、違うし!あれは……ちょっと足を滑らせただけだし!ブロンズの癖に子供扱いすんなってば!」
ぷんすか怒って地面を蹴るリオに、三人の視線が自然と和らいでいく。
「わかってるよ。でもさ、誰だって最初はそうなんだ。僕だって似たようなこと、何度もあった」
セオドアのその言葉に、リオは少し目を見開く。
その声に、からかいではない「同じ冒険者としての実感」がこもっていたことを、少年の耳も感じ取ったのだ。
「……俺は絶対に父さんより強い冒険者になるんだからな!」
リオの小さな拳が、じんと握られる。
そんなリオの様子にセオドア達は目を合わせて微笑んだ。
夕日が西の空を朱に染め、ウィンドミルの城門前に長い影を落とす頃、セオドアたちは無事に街へと戻ってきた。
ウィンドミルの門の前までくると反対方向からフィオナとノエル、そして二人が同行していた新人冒険者達の姿が見えた。
「おーい、セオドアー!」
「フィオナさん、ノエルさん、お疲れ様です」
「お疲れ様!セオドアの方はどうだった?」
「はい、無事に依頼完遂です。帰りに少しトラブルがありましたけど......」
セオドアはそう言ってリオの方へと視線を向ける。フィオナはリオの姿がある事に驚いた様に目を見開く。
「リオじゃない!連れて行ったの!?」
「いえ、街で巻いたんですが.......無理に街の外に探しにでていたみたいで、モンスターに襲われているところを保護しました」
「セオドア君にストーカーがついちゃったんだね」
「ダメじゃない!着いてきちゃー!」
フィオナはリオの頭をワシワシと撫でる。リオは怒った様にフィオナの手を払いのけた。
「悪かったって!だから子供扱いするなよ!」
「最近の子ってすぐに癇癪起こすんだから.......」
「フィオナさん達の同行した冒険者の方々はどうでしたか?」
「うちの子たちね、本の角がくるんってなるくらい、何度も冒険の書を見てたの。ちゃんと順番通りに準備してたし……ほら、書いてあったでしょ?“準備は冒険の半分”って。もう私よりきっちりと冒険の書に従って行動してたんだから〜」
ふんわりした声でそう語るノエルは、どこか夢見心地のような微笑みを浮かべていた。
「それは心強いですね。こちらも、冒険の書を何度も見返して確認してくれました。正直、僕が口を挟む必要もないくらいでした」
「へぇ、それはすごいね」
フィオナが腕を組みながら感心したように頷く。
「じゃあ、これで証明できたってことよね。“冒険の書”が、新人たちの力になるって」
「はい。少なくとも、今日の依頼を通して確信しました」
セオドアはしっかりと頷く。隣でロゼとダリルも誇らしげに胸を張っていた。
「セオドアさんがいなかったら、絶対にあんなに落ち着いて行動できなかったですけどね」
「ようし!今日は帰って親睦会だねー!」
フィオナは意気揚々とギルドの方へと歩み始める。
空は次第に藍色を帯び、城門には夜の静けさが忍び寄っていた。
それでも――
心の中には、確かな灯があった。
小さな冒険の成功。冒険の書の一歩。そして、繋がり始めた未来。
セオドアは小さく息を吐き、空を見上げる。
(……まだ道は遠いけど。確実に、進んでいる。一歩、一歩、進んでる)
裏切り者ループ編 開幕!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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