第一話 シルバーと少年【1/2】
朝靄の残る訓練場に、重たく乾いた呼吸音が響いていた。
セオドアは上半身を露わにし、黙々と丸太を持ち上げては地面に落とし、その反動で跳ね上がる負荷に耐えていた。
額からは汗が滝のように流れ、呼吸は荒い。だが、その瞳は決して揺らがない。
(戦い方は身についた。あとは――身体だ)
何度も死を繰り返す中で、技術や観察眼、判断力は常人を超える域に達していた。
だが一方で、何度ループしても「身体」はループ前の状態に戻る。ループ内で筋力も持久力も鍛えたとしてもループすれば一から積み上げ直しになる。
だからこそ、ループから脱する事ができている今がセオドアにとって身体を鍛えるチャンスであった。
(必ずまたループは始まる……!その時に備えて今のうちに身体を鍛えなくては……!)
荒く息を吐き、縄で束ねた岩を背負い直す。
「……ふっ、ふっ……!」
と、その時。
「うわー、なにやってんの?朝っぱらからそんなに頑張って……」
声がした。セオドアが振り向くと、そこにはまだ幼さの残る少年が立っていた。
年の頃は十二、三歳。整った顔立ちではあるが右眉あたりに傷跡があった。
(モンスターにやられた傷跡だろうか……あの爪痕の大きさからして……ワーラットか……?)
「……おはよう……僕は弱いからっ……身体を鍛えているんだっ……」
セオドアは横目で少年を観察していたが、少年はお構いなしとばかりに話を続けた。
「へー身体を鍛えてるねー……その若さじゃブロンズ冒険者でしょ。そんな訓練しても無駄じゃない?」
セオドアはトレーニングの手を止める事なく、少年に問いかける。
「……僕はセオドア……君は……?」
セオドアの問いに少年は自慢げな表情を浮かべる。
「俺はリオ!父さんも冒険者なんだ。僕は将来、父さんを超えるつもりだよ!
ま、こんな朝から岩背負ってうろうろしてるような人がライバルになるとは思えないけど」
いけ好かない態度だが、立ち居振る舞いに迷いがなく、基礎はしっかりしているのが伝わってくる。
「……リオ君か……よろしくね……その年で鍛えているのなら将来が……楽しみだよ……」
「うん。でも、そっちはちょっと遅すぎるよ。今から鍛えて、何年後に一人前になるつもり?」
「……そうだね……僕も早くから鍛えていればよかったと後悔してるよ……」
リオが鼻で笑ったその時――
「セオドア〜!おはよー!朝からストイックだねぇ!」
明るい声が響き、訓練場の奥からフィオナ、ノエル、ドランが姿を見せた。
三人はいつものようにリラックスした様子でセオドアに近づいてくる。
セオドアはトレーニングを終了し、フィオナからタオルを受け取る。
「おはようございます。ありがとうございます、フィオナさん」
「おぉ〜いい身体ですな〜。よ!肩にミノタウルス乗せとるんかい!」
「ノエルさんもおはようございます」
「……順調そうだ」
「うーん。このお子ちゃまは誰?」
「あ、リオ君です。父親が冒険者をやってるそうで、リオ君自身も冒険者を目指しているそうですよ」
フィオナは品定めをするようにリオを足先から頭まで見る。
「へー冒険の書のモニターになってもらっちゃう?」
「ダメですよ。冒険者資格のない子に渡してモンスター討伐にでも行かれた日には、グレッグさんに殴られますよ」
セオドアは汗を拭くと上着に袖を通し、エルダからもらったマントを羽織る。
その襟部分には銀色に輝くバッジがついていた。
「え、あ……あれ……?」
リオの目が、セオドア……次に三人の装備にある“銀の紋章”を捉えて固まる。
「どこかで見たような……え……ええっ!? シルバー冒険者……!?ってことは、セオドアも……!?」
リオの問いにフィオナは自慢げな笑みを浮かべる。
「そうよ!セオドアはうちのパーティーの前衛エース。ウィンドミル最速でシルバーランクに上がった大型新人のセオドアよ!」
「……っ!」
少年の頬がほんのり赤く染まり、口をぱくぱくと開いたまま言葉を失っていた。
「私達のパーティー名は『ブックメーカー』!君が冒険者になった暁には私たちの冒険の書を買ってちょうだいよね!」
「……ブックメーカー……?冒険の書……?」
リオは聞き慣れない響きに首をかしげたが、どこか悔しそうな顔でセオドアを見上げていた。
訓練を終えたセオドアたちは、ウィンドミルの冒険者ギルドの一角にある休憩所で軽い朝食を取っていた。
パンを頬張りながら、フィオナが書類の束を机に並べる。
「さて。セオドア、今日のモニターはどの子に同行するの?」
「えっと……今日はロゼさんと言う女の子と、ダリルさんって男の子です。どちらも冒険者になったばかりのブロンズですね。
昨日声をかけたら興味を示してくれたので、今日は彼らの依頼に同行します」
「オーケー。私もブロンズの子達二人ね……」
セオドアは手元の資料を確認しながら答える。
ギルドで配布している試作版「冒険の書」は、いまや新人冒険者の間で密かに話題となっていた。
内容の正確さ、図解のわかりやすさ、そして戦闘時の心構えや危険な兆候の記述ー、
――すべてが、命を守る武器となっていた。
セオドア達は「ブックメーカー」のしばらくの目標は冒険の書の効果を確認であった。
試作品の冒険の書でどのくらい新人冒険者に影響を与えるかの実地調査を各自で行っていた。
「ではドランさんは印刷屋に行ってもらって依頼していた試作品を受け取りに行ってもらっていいですか?」
「……任された」
「よぉし!みんな!ブックメーカーの看板もあるしね。下手なことできないわよ!」
「そうですね。いつも通り、心してかかりましょう」
セオドアは真剣な顔で頷いた。
フィオナが冗談っぽく言った言葉にも、笑わずに答える。それだけ、この活動に対する彼の想いは深かった。
すると、ノエルがぱたぱたと手を振ってきた。
「セオドア君!リオくんがさっきからこっち見てるよ〜。着いてきてるのかな〜?」
振り返ると、リオが柱の陰からこっそり覗いていた。目が合うと、バツが悪そうに顔をそらす。
「……彼、歳がそう変わらないセオドアが気になるんでしょうね。さっきの態度も、きっと少し見返されたように感じたんでしょう」
フィオナが微笑しながら言う。
「冒険者になりたいなら、焦る気持ちは分かるけど……」
セオドアは一瞬、遠い目をした。
(あの年で焦ってモンスターと戦いでもすれば……死んでしまう)
あの頃の自分のように。
「依頼にもついて来てしまっては大変ですので、適当に街をぶらついてから巻きますね」
「ふふ、セオドアってば、意外とお兄さんなんだね〜偉いね〜」
ノエルがセオドアをあやすように頭を撫でる。
「そういうわけじゃないんですけどね……」
言いかけて照れたように言葉を濁すセオドアを見て、皆が笑った。
「ではまた各自仕事に取り掛かりましょう」
依頼に向かう道すがら、セオドアは背後に視線の気配を感じていた。
(……やっぱり、ついてきてるな)
視線の主はわかっている。今朝出会った、あの生意気な少年――リオだ。
ちらりと横目で確認すれば、通りの角から、顔だけを覗かせる銀髪の少年の姿が見えた。
(……尾行のつもりだろうけど、まぁあの歳ならそんなものだよね……)
セオドアはわざとスピードを緩めたり、唐突に立ち止まったりしながらリオの行動を観察する。
リオはあたふたと物陰に隠れるが、セオドアの目からはその姿が丸見えだった。
(……さて、そろそろー、)
セオドアは小さく息を吐くと、角を曲がり、雑踏の中へ身を滑り込ませた。
人混みにまぎれながら、路地裏へと身を滑らせる。
ほんの数秒後――
リオが角を曲がった時には、もうセオドアの姿はなかった。
「えっ。あれ?セオドアは?どこいった?」
リオは慌てて辺りを見回す。人混みの中に紛れた影も、路地裏に残る気配もない。
「嘘!見失った!?……あんな奴に巻かれるなんて!」
しばし呆然と立ち尽くすリオ。その胸の奥に、わずかに芽生えた羨望と、ほんの少しの悔しさ。
その頃、一本向こうの通りを歩くセオドアは、気配が完全に消えたことを確認しながら小さく呟いた。
「……君を巻けない様じゃ、シルバーやってられないからね……」
彼の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
裏切り者ループ編 開幕!
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