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 第一話 毎日がお祭り【2/2】


 ーー朝陽がセオドアの顔に差し込み、鳥の囀りが聞こえる。


 目を開けたセオドアはしばらく自室の天井をぼうっと眺める。


 次第に頭がはっきりとしてくると直前まで自身が嘔吐と吐血をしていた事を思い出す。


「……っ!」


 寝床から飛び起きた。


 セオドアは自身の身体を確認し、部屋の様子を伺う。


 さっきまでの悪夢のような出来事が嘘だったかのように、部屋はいつも通りで吐物もなければ血痕も見当たらない。


 穏やかな朝を迎えていたのだ。


「ゆ、夢……!?」


 昨日の祭りから帰ってきた後、セオドアを襲った症状は今はまるで感じない。


 部屋もいつものまま。


(祭りで浮かれてて、いつのまにか寝ちゃったのか……?それであんな悪夢を?)


 頭を捻るも一向に思考はまとまらまらない。


 窓から外の様子を伺うも特に変わった事はない。


「ったく!祭りの後だってのに最悪な夢をみたな……」


 セオドアは最悪な夢に気分が落ちたまま、仕事に行かなければならない事を考えると憂鬱な気分にさせられた。


「ベンジャミンの言うとおり、毎日が祭りだったらな……」


 そう呟くといつもの様に水瓶から水を汲み取り顔を洗い、食料袋から食料を取り出そうとする。


 そこで違和感を覚えた。


 昨日食べたはずのりんごと黒パンが食料袋に入っていたのだ。


 そう言えば祭りに夢中になって食料の買い出しを忘れていたはず……


ーーそれなのに、なぜかりんごと黒パンが残っているのだ。


「りんごとパンは昨日の朝に食べた筈なのになんで……?記憶違いって事もないと思うけど、うーん……祭りで食べた料理に酒が入ってたかな?」


 セオドアは違和感に頭をボリボリと掻くも答えはでない。


「ま、いっか」


 りんごと黒パンを机に並べて食べ始める。


 朝食を食べ終えたセオドアは仕事道具である斧を用具入れから取り出し、肩に担いで家を後にした。


 家を出て村の中を歩いて行くと、アグネスは今日も朝早くから近所の婦人メアリーと家の前で談笑していた。


「聞いた?昨日ね、祭りの準備を主人がしていたらロバートさんの奥さんが……」


セオドアは隣を通りながら、「おはようございます」と昨日と同じように笑顔で挨拶する。


(アグネスさん……昨日と同じ話をしている。祭りの後なのにまだ昨日の話題で盛り上がるなんて、かなり面白い話なんだろうな……)


 セオドアがそんな事を考えていると隣を猛スピードで少女が駆けて行く。


「セオドアおはよう!今日は祭りだよー!!」


 村のお転婆娘のリリーだ。


 元気な声にセオドアはいつも通りに声をかけようとした。


「そうだ……な……?」


ーーそこでセオドアの思考が止まった。


「え、今日は祭り……?」


 リリーの冗談か?


 妙な胸騒ぎがセオドアを襲う。


「リリー!祭りは昨日で終わったじゃないか!」


 セオドアはリリーはベンジャミンと同じ様に現実逃避しているのかと思った。


 しかし、リリーはセオドアを振り返ると不思議そうな表情を浮かべる。


「セオドア変なのー!祭りは今日だよー!」


 リリーはセオドアの言葉を冗談の様に捉え、再び走り出すと昨日と同じ場所で盛大にすっ転ぶ。


 リリーはすぐに起き上がって、「何でもない!」と手を振って駆けていってしまった。


 リリーの発言、そして昨日と同じところで転んだ既視感が段々と違和感が増していく。


 セオドアが村の中央に目をやると村長のジョージが何かを張り切って取り仕切っている。


 村の大人達が昨日と同じようにいそいそと資材を運んでいる。


「祭りの準備?なんで?昨日の夜に片付けてたじゃないか!」


 目の前で昨日と全く同じ事が起きている異様な光景にセオドアは呆然とその場に立ち尽くす。


「セオドア!おはよう!」


 その呼びかけにハッとすると目の前にはベンジャミンが立っていた。


「ベンジャミン……」


 セオドアの表情にベンジャミンは首を傾げる。


「どうした?ぼーっとして?」


「ベンジャミン!」


 セオドアはベンジャミンの肩を掴んだ。ベンジャミンは驚いて目を見開く。


「うわ!何だよ!」


「ま、祭りは昨日終わったよな!?昨日の祭りは僕と一緒に回っただろう??」


 セオドアの訴えに驚いたベンジャミンは肩からセオドアの手を退ける。


「はぁ!?何言ってんだよ、セオドア!祭りは今日だぞ?朝から夢でも見てんのか?」


 ベンジャミンの返答にセオドアの呼吸が止まる様な衝撃を受けた。


 ベンジャミンも昨日の祭りを覚えていない?


「祭りは……今日……?」


 気が動転しているセオドアにベンジャミンは笑みを浮かべる。


「祭りが楽しみ過ぎて、祭りに行った夢でも見たんじゃないのか?」


「け、けど昨日と全く同じなんだよ!」


「同じって何が……」


 食い下がるセオドアにベンジャミンは少し呆れて口を開きかけたがその時、ルーカスが遮った。


「ベンジャミン!そろそろ運ぶぞー!」


「はい!父さん!」


 ルーカスに呼ばれたベンジャミンは踵を返しルーカスの元へと戻ろうとする。


「じゃあまた昼にな!セオドア!」


 ベンジャミンの昨日と全く同じセリフにセオドアは戦慄を覚える。


 昨日と同じだ。いや、ベンジャミンの言う通り昨日の出来事は僕が見ていた夢だったのか?


 結論の出ないままセオドアは作業場の伐採場を目指して重い歩みを進めた。


 道中の畑で出会うロバートも昨日と同じ様に野菜達に語りかけている。


 挨拶を交わした後に長々と野菜自慢が始まった。


 ロバートの長話が一言一句違わずに繰り出される事から余計に違和感が強くなる。


「それでこの子は……っとすまんすまん。家内と違ってセオドアは私の話をいつも聞いてくれるからついつい長話をしてしまったな」


 するとロバートはセオドアの顔を見て、首を傾げた。


「それにしてもセオドア。今日は随分と顔色が悪いな」


 ロバートはセオドアの表情に気が付いたのか体調を気にする様に顔を覗き込む。


「そ、そうですか?」


 今朝のリリーやベンジャミンの反応を思い出す。


 昨日の祭りの話をしても不気味がられるだけだ……


 そう考えたセオドアは誤魔化す様に笑みを浮かべた。


「今日は祭りだ。若者には楽しんで参加してもらわなければな。ほれ、今朝取れたトマトさん達をやろう。食べると元気が出る筈だ。仕事熱心なのはいい事だが無理はするんじゃないぞ」


 ロバートはトマトを三つ、セオドアに手渡した。


「ありがとうございます。有り難く頂戴します」


 セオドアの挙動不審な様子が見てとれたのか、心配したロバートは昨日によりトマトを多く渡した。


 作業場の伐採場に着いたセオドアは作業場の様子に頭を抱える。


「全部……元通りになってる……」


 昨日自分がこなした筈の仕事が元通りになくなっていた。


「昨日の頑張りが……」


 セオドアは深いため息をつくと、斧を強く握る。


「仕方ない。また一からだ」


 セオドアは諦めをつけ、作業を始めた。


 昨日は祭りへの楽しみから黙々と作業が行えていた。


 しかし、昨日と同じ作業をしないといけないとなると、仕事に集中ができない。


 頭の中では現状を整理しようと躍起になっていた。


 ーー昨日の祭り。


 帰宅後の急な眩暈に嘔吐……そして吐血。あの後の身体が冷たくなっていく様を思い出すと身震いがする。


「僕は……死んだのか……?」


 理解できない状況に焦燥感を感じてか斧を振る力が入り、木を叩く音が森に大きく響く。


「じゃあ、なんで今生きてるんだ……?」


 更に木を大きく叩く音が大きく響く。昨日、意識が途切れる間際のビジョンを思い出す。


 エルダさんが魔除けをかけた石碑の近くで斑点のあるキノコを食べて死んだ見知らぬ男。


 あの男はいくら思い出そうとしても、見覚えがない。


「あの男は誰なんだ?なんで僕の頭の中に?」


 木を叩く音が森に大きく響いた。セオドアは息を整える。


 しかし、ビジョンに出てきたキノコには心当たりがある。


 セオドアは作業の手を止め、辺りの林を見渡すと、それをすぐに見つけることができた。


「これだ。あそこに転がっていたキノコ」


 ビジョンで見たキノコ。


 特徴的な白い斑点を持つ……赤いキノコ。


 ヒルクレスト周辺に群生するこの土地特有の毒キノコーー


「レッドデスキャップ」


 ヒルクレストの住人にはこれが毒キノコだと言う事は周知の事実だ。


「みんな、この毒キノコの事は知ってるし、そうでなくとも、このいかにも毒がある見た目のキノコを食う奴なんていないよな……?


あの男、見なりもおかしかったし、この辺の人はなかったのかな?」


 ビジョンで見た男に少々呆れる。


「レッドデスキャップの毒の症状は……」


 激しい眩暈、嘔吐、発汗、発熱、悪寒、吐血、そして……



 ーー死に至る



 僕の症状の合致している。


 けど、僕は毒キノコを口にしていない。


 逆にあの男が悶え苦しんでいたのは間違いなく、このレッドデスキャップの毒のせいだろう。


 だからビジョンにもキノコが見て取れたわけだ。


「ま、まぁ……僕はこうしては生きている訳だし、昨日の事は全部夢って事かな?それか僕に預言者の才能でもあったのか?」


 セオドアはそう思うことで、無理やり心を落ち着かせた。


 斧を拾い上げ目の前の木に向かって斧を振り下ろした。斧が木に食い込む音が、静かな森に響く。


 汗を流しながら木を切り倒していく。 昨日と同じ作業……いや、夢と同じ作業だ。


 顔を上げると太陽は真上に昇っていた。ロバートにもらったトマトを齧りながら昼食を取る。


 ロバートのトマトの甘酸っぱさが、セオドアの心を少し落ち着かせる事ができた。


 仕事を切り上げたセオドアは村へと戻った。


 村では夢と同じように祭りの賑わいを見せており、ベンジャミンが同じように菓子を買い漁っていた。


「セオドアー!こっちこっち!」


 同じ状況だがセオドアは昨日と同じように接するように決め、ベンジャミンと会話する。


 その後も同じ状況が続いていく。村長の話、エルダの魔法、夜の祭りも同じ。


 セオドアはまるで録音された音声を聞いているかのように同じ言葉が飛び交う。


 自分の体験した日をまた体験しているという不気味な状況にセオドアの精神は疲弊していた。


(早く……早く……終わってくれ……)


 セオドアは異様な状況の祭りを耐え切った。


 ようやく祭りが終わり、セオドアはベンジャミンと帰路に着く。


「そう言えばセオドア、朝変な事言ってなかったか?」


 ベンジャミンの言葉に昨日を繰り返している事を相談しようかと思った。


 しかし、憔悴しきっていたセオドアは説明する気にもなれなかった。


「……いや、朝の出来事にデジャブを感じてただけなんだ」


「何だそれすごいな。セオドアまさか予知夢の才能に目覚めたか!」


 ベンジャミンの思考がセオドアと一緒でつくづく幼馴染で親友であると思い笑みが溢れる。


「それな!僕もそう思ったけど、どうやら勘違いかもな……」


 セオドアの返答にベンジャミンは落胆したように肩を落とす。


「えーなんだよそれ!セオドアが予知夢に目覚めてくれれば、一緒に冒険者でも目指したのになー!」


「まだ言ってるのそれ?」


「明日も仕事だぜ?現実逃避もしたくなるさ、毎日が祭りだったらいいのによー」


 ベンジャミンの言葉にセオドアは激しく動揺した。


「いや……僕はもうしばらくはいいかな」


 2日同じ祭りを過ごしただけでもこの有様なんのだ。


 セオドアは本音を口にするもベンジャミンはそんな様子に気付く素ぶりも見せない。


「つれないなー。仕方ない。明日も仕事頑張るか」


「そうだな……じゃあまたなベンジャミン」


「おうーおやすみー」


 セオドアとベンジャミンは別れてそれぞれの帰路についた。


 セオドアは自宅に入るや否や疲れからか大きなため息をつく。


「やっと……やっと終わった……!不気味な1日だった……今日は早く寝よう」


 同じ一日を繰り返す摩訶不思議な体験をしたセオドアはどっと疲れを感じて寝床にどさりと腰掛ける。


 眠気からか瞼が重く感じたその時だった、激しい眩暈がセオドアを襲った。


「あれ、これ……昨日と同じ……?」


 ふらついたセオドアは床に膝から崩れ落ちる。そして嘔吐。


 昨日と同じ症状がまた突如としてセオドアを襲うのであった。


(な、なんで!?眩暈、嘔吐……)


 吐き出した物を抑えた手が赤黒く染まっていた。


(ーー吐血……っ!)


「レッドデスキャップの毒……?」


 掠れる声でセオドアはそう呟くと倦怠感に負けて頭から床に倒れ込む。


「ど、どうして……キノコなんか食べてないのに……」


 働かない頭で今日口にした物を思い浮かべる。


 朝食のりんごとパン……ロバートさんのトマト……祭りで食べたアグネスの売っていた色とりどりのビスケット……それに料理……ジュース……


 毒キノコなんて食べていないはずなのに……


 もしかして……



ーー誰かが毒を食べ物に入れた?



 そう思考がたどり着いた時、昨日と同じように脳裏にビジョンが過ぎる。


 石碑は設置された街道であの謎の男が喉を抑えながら今まさにセオドアと同じように嘔吐を繰り返す。


そのすぐ側には斑点模様が特徴的なキノコーー


 レッドデスキャップがかじられた状態で転がっている。


謎の男が事切れる瞬間にセオドアの意識は途切れ、



ーー息絶えた。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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