第五話 灰色の新人【1/2】
「あ“ぁああああああ!!!!」
セオドアの断末魔の叫びと共に色鮮やかな鳥が側から飛び去っていく、流れる汗を拭ったセオドアはあたりを見渡す。ウィンドミルに到着する前の朝。
またループの初日……セオドアは呼吸を落ち着かせると黙って荷物をまとめて始める。
ウィンドミルに到着するとセオドアはギルドでの冒険者登録、依頼受注、装備点検を済ませ、すぐにモンスターの討伐へと出発しようとし、ガストンに絡まれる。
セオドアは皮肉で返す事なくただ虚な様子で黙ってやり過ごす。するとフィオナが仲裁に入る。
「よろしくセオドア。応援してる。頑張ってね!」
3度目となる会話を済ませたセオドアはギルドを後にする。
農地エリアのゴブリンの巣ではセオドアの雄叫びとゴブリンの叫び声が響く。
セオドアはギルドにつくなり、ゴブリンの耳を引き渡し、依頼の達成を報告する。そしてその足でクエストボードに行き依頼書をミアに渡す。
「〈スティルフォックス〉の駆除??まさかもう次の依頼に行くつもりですか?」
「はい……お願いします」
ミアはセオドアが戻ってくる度に同様の反応と落ち着くように言い聞かせるもセオドアは「わかりました、気をつけて行ってきます」と答えるのみであった。
セオドアは依頼に出る度に前回の自分の失敗を改善する。
モンスターの弱点を見つけ、前回のヒントを頼りにより効率的に倒す方法を模索し、素早く依頼を達成するように努める。
「今の動きは良くなかったな……あの攻撃を回避してからの方が隙が大きいか……」
そんな事を呟きながら、モンスター素材を剥ぎ取る。
そうやってセオドアはブロンズの依頼を早々に済ませ、アイアンに昇格すると目ぼしい依頼に出ていく。
依頼書に目を通すたび、心のどこかで祈る。
(あのモンスターに繋がる痕跡が見つかれば……)
そうして向かった森の中。
現れたのは、ブラッドリッジ。以前のループではやられた相手だ。だが今回は違う。
セオドアは、すでに草陰に身を潜め、間合いを測っていた。敵の牙が閃いた瞬間、足を使って崩し、首元に斧を一閃。
(前より落ち着いて動けた……)
初めて勝利した相手。その死体を前に、少しだけ確かな手応えがあった。
次は牙熊。
斜面を利用して重心を崩し、後脚の腱を狙う。何度も叩きつけられながらも、斧を何とか深く打ち込み、相打ちに持ち込もうとするがファングベアの鋭い爪がセオドアの喉元を捉えていた。
(……惜しかった……あと一撃だった)
薄れいく意識の中でそんな事を考える。
色鮮やかな鳥が飛び去るのを見届けたセオドアは黙って支度をしてまたウィンドミルへと歩みを進める。
同じことの繰り返し。依頼をこなしてアイアンに昇格して前回自分が失敗した依頼を受ける。
次の挑戦では、その“あと一撃”を先に届ける。ファングベアの咆哮をいなすように背を回り、斧の刃を肩から喉へ滑らせた。
「……」
荒い息の中、それでも勝利を噛み締める事もなく素材をはぎ取る。かつては、モンスターの死骸に向き合うたびに、どこか胸が痛んでいた。今は違う。ただの手順。ただの作業。
「……爪は傷んでる。牙はまだいけるか」
血のにおいも、ぬめりも、気にならなくなっていた。ギルドに戻り、また次の依頼へ。
スパインボア。ウォーウルフ。飛竜の幼体。
一体一体に、初戦では敗北し、次のループで対策を講じて打ち勝つ。
セオドアの戦いは、まるで“答え合わせ”の繰り返しだった。地形を覚え、敵の動きを読み、武器の角度を修正する。
防げなかった攻撃に、次では備え、対策する。ミスをすれば、次のループで修正する。
それは戦いではなく、“実験”に近かった。死とリセットを繰り返し、ただひたすら精度を上げていく。
セオドアは自身の筋力の上昇などはループにより戻される為、実感する事はなかったが、モンスターの特性、癖、動きを熟知し、それに対策を加えていく。
その過程で戦闘の動きはみるみると熟達して行った。
しかし、その代償もあまりに大きかった。
帰ってくるたびに、セオドアの顔はやつれ、言葉は少なくなった。
ギルドでは「妙に手慣れた新人」などと噂され始めていたが、当の本人は意に介していない。
彼にとって重要なのは、次のループで死なないこと、ただそれだけ。
(次こそ……あのモンスターに繋がる依頼を……)
セオドアの斧の軌道は研ぎ澄まされ、無駄が削ぎ落とされていく。だがその瞳は、日を追うごとに、静かに何かを失い灰色に見えた。
セオドアの睡眠時間は、最低限だった。横になることすら、彼にとっては苦行だった。
目を閉じれば――浮かぶからである。
これまでに繰り返してきた死の記憶。喉を裂かれた感触。焼けつくような毒の痛み。見えない何かに引き裂かれた断末魔の記憶。
そして、ビジョンの中で死んでいく“あの男”の姿――眠れば、必ずそれらが夢に現れる。
だから、寝ない。ただ必要最低限の仮眠をとり、目を覚ましたらすぐに依頼に向かう。
休息ではなく、次の戦いまでの“準備時間”。セオドアにとって、今やそれが日常だった。
セオドアの名前が、スチールランク昇格の報として掲示板に張り出されたのは、無数のループを繰り返したある晴れた朝だった。
無数の死闘を経て、セオドアはとうとうスチールランクに値する域に到達していた。
討伐数、報告書の精度、ギルドの評価――どれも十分だった。
その日、彼はギルド職員に呼ばれ、ギルド奥の応接室へと案内された。重い扉の奥、そこに待っていたのはミアとギルド長グレッグだった。
グレッグは無言でセオドアを見つめた。鋭さを宿した瞳は、若き冒険者の全てを見透かすようだった。
「来たか、セオドア」
「……はい」
短く返すと、グレッグは机に視線を落とし、書類をめくる。
「記録を確認した。ブロンズ五件達成、アイアンでの成果も申し分ない。依頼の遂行速度、報告内容……
いずれも申し分ない。本日を持って正式に、スチールランク昇格を認める」
そう言って、彼は色の変わったギルドカードをセオドアに手渡す。
セオドアは黙ってそれを受け取った。冷たく、ずっしりとした金属の感触が掌に沈んだ。
「……ありがとうございます」
その声に喜びはなかった。ただ“必要だから”受け取っただけ。そんな響きだった。それに対しグレッグは静かに席を立ち、セオドアの目の前に立つ。
「異例の速さだ。先日まで村から出てきた少年には到底思えない。
君には冒険者としての素質があったのかもしれん。しかし、無理に依頼を受けている様に感じる......」
低く、重い声だった。
「くまのあるその顔に酷く摩耗しているその斧。誰とも口を利かず依頼をこなす姿。とても健常な状態には見えん」
セオドアは何も返さず、目を伏せた。
「……俺も若い頃は似たような真似をした。周りが見えなくなるくらい、何かを背負いすぎていた。だがな、セオドア……」
グレッグはセオドアに言い聞かせる様に真っ直ぐと見つめる。
「スチールの以降の依頼は一人で解決できる依頼ばかりではない。君のように全部独りで抱えていては、必ず潰れる。頼る事を覚えろ。いいな?」
「はい......覚えておきます......」
異例の速さのスチール昇格、そこには称賛もあれど大半はセオドアへの忠告が主となった。
沈黙が落ちた後、ミアが小さく口を開く。
「セオドアさん......ここから先はパーティーに参加する事を強くお勧めします......
セオドアさんの強さは十分に承知していますが、一人には限界があります......」
その声は震えていた。
セオドアはただ、小さく頭を下げた。
「考えておきます......」
セオドアはそう小さく返事をすると応接室を後にした。
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