第四話 抱えていく【2/2】
その日から、セオドアは狂ったように依頼を受け始めた。
朝が来るたびギルドに現れ、休む間もなく討伐依頼をこなす。
体を引きずるように戻ってきても、セオドアは「……報告します」とだけ言って、証拠品を提出し、傷だらけの身体のまま宿へと戻っていった。
――最初の依頼は〈スティルフォックス〉の駆除。
小型ながら素早く凶暴な獣。素早い動きに肩を引っ掻かれる。
正面からでは勝ち目がないと判断したセオドアは、森に残された罠の跡を利用して誘導する。
罠が作動しなかったが、スティルフォックスの脚が一瞬もつれた瞬間を狙って斧を投げつけ、距離を詰めて力任せになんとか止めを刺した。
――次は、〈ダスクスネーク〉の退治。
夜行性の蛇型モンスター。
日中は巣穴で眠っていると睨んだセオドアは、泥と枯れ枝で自作の松明を作り、煙で巣穴を炙って眠りを妨げる。
その隙に飛び出した一体を押し倒し、何度も斧を振り下ろす。
抵抗され噛みつかれたが構わずに斧を振り下ろし、息絶えさせた。
背中には噛みつかれた跡が残った。
――三件目は〈サンドスティンガー〉。
硬い甲殻を持つ虫型のモンスター。
セオドアは襲われた商人の荷台から拾った鉄片を木の棒に括り付け、即席の突き棒を作る。
それでも貫通はできず、繰り返し横腹に突き立ててようやく一体を仕留める。
返り血ではなく体液が目に入り、帰りの道で何度も吐いた。
――四件目、〈フェングール〉の討伐。
狼に似た姿の中型モンスター。
夜の森での戦闘、気配で一瞬遅れ、肩を裂かれながらも、咄嗟に転がって木の根に身を隠す。
そこから無理やり死角に回り込み、倒木の枝を顔面に突き刺し、最後は斧で頭部を潰した。帰り道で歩けなくなり、半日かけて這って戻ってきた。
それでも、セオドアは諦めなかった。
目の下には深く隈ができ、顔色は青白い。身体中生傷だらけとなっていた。
その日の夕刻。血まみれのままギルドに帰還し、カウンターに牙と耳を並べたセオドアを見て、ミアは声を失った。
「セオドアさん……あなた、本当に……」
震える声で告げられたのは、ブロンズからアイアンへの昇格。
ギルドカードが差し替えられた。
しかし、セオドアの気持ちは焦る一方であった。
ブロンズで受けられた討伐依頼はビジョンに出てきたあのモンスターの強さのイメージとはかけ離れているからだ。
まだ...まだまだ俺は弱い......!
アイアンへの昇格処理が終わった直後、セオドアはミアに呼び止められた。
「セオドアさん、ギルド長がお話があるそうです。奥の応接室へご案内しますね」
ミアの声は柔らかかったが、どこか張り詰めていた。セオドアはわずかに戸惑いながらも頷き、案内されるまま奥へ進んだ。
応接室には、初老の男が一人座っていた。背は高く、広い肩幅に深い皺。白い髭を顎に蓄え、落ち着いた金茶色の制服を着ている。
「来たか。……座りなさい」
声は低く重く、それでいてどこか柔らかさを含んでいた。
「お世話になっています......セオドアです......」
「ほう。無鉄砲とは聞いていたが礼儀正しいんだな。ウィンドミル支部長、グレッグ・マーテルだ。少し話をしよう、セオドア君」
セオドアは軽く礼をして、指示された椅子に腰を下ろす。
グレッグは机に両肘をつき、指を組んだまましばらく彼を観察するように見つめた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「冒険者登録をしてブロンズから、たった一ヶ月でアイアン。
記録には残らんが、ウィンドミルではかなり早い昇格だ。報告書も丁寧、手抜きもない。記録だけを見たら優秀な人材だ」
視線が鋭くなる。
「だが、聞くところによると君の戦い方は、少し――いや、かなり無理がある」
セオドアの喉がごくりと鳴る。
「君がどれほど必死にやっているかは、ミアや周囲の者からも聞いている。
だが、毎回傷だらけで戻ってきて、生きて帰ってくるだけで奇跡だ。
ソロの君にはまだわからないだろうが、無理をすれば、いずれ仲間を失うし、命さえ落としかねない」
「……それでも僕は、一刻も早く強くならなきゃいけないんです」
セオドアは言葉を選びながら、視線を落とさずに答えた。
「その理由を聞くつもりはない。だがな――」
グレッグはゆっくり立ち上がり、窓の外を見やった。
「命というのは、積み重ねるものであって、削って燃やすもんじゃない。焦りを知っている奴ほど、戦場で早く散る」
セオドアは拳を握る。その指の隙間から、乾いた血がこびりついていた。
「君がどんな理由で戦っているのかは分からん。だが、ギルドは仲間を守る場所だ。
命を守るために知恵と準備を怠るな。誇りを持って戦え。それが、冒険者という生き方だ」
言葉に熱はない。ただ重く、静かだった。
「……はい。肝に銘じます」
セオドアは頭を下げた。その言葉がどこまで届いたかは分からない。
だが、彼は確かに聞いた――ギルドの長が、“命を守れ”と語ったことを。
朝のギルドホールは、依頼を受けようとする冒険者たちでざわめいていた。
その中で、ミアはカウンター越しに信じられない光景を目にした。
(……また……!)
セオドアが手にしていたのは、アイアン以上と明記された、アイアンランクで受けられる中でも高難易度の討伐依頼。
しかも、詳細情報の少ない“危険地帯”への調査を兼ねた任務だった。
「セオドアさん、待ってください!」
ミアはカウンターを飛び出し、駆け寄る。セオドアはすでに出発の装備を整え、足取りも迷いがなかった。
「その依頼は――セオドアさんが受けるべきじゃありません。危険すぎます。まだアイアンに上がったばかりでしょう?」
「……それでもアイアンです。受注資格はあります」
静かだが強い声音だった。ミアはその目に、焦りと切迫した決意が滲んでいるのを見て、言葉を詰まらせた。
「わ、私が認められません!!このままではセオドアさん!あなたは死んでしまいます!!」
セオドアはわずかに間を置き、視線を逸らすように答えた。
「どっちみち今回は間に合いそうにありませんから......」
セオドアの言葉にミアは困惑するような表情を浮かべる。
「間に合わない.......?それはどういう......」
「では......行ってきますね......」
「ちょっとセオドアさん!!!!」
セオドアが背を向け、ギルドの扉へと向かっていく背中を、ミアは悔しげに見送った。
すぐに踵を返し、ギルド奥の階段を駆け上がった。扉を叩く間も惜しんで中へ飛び込むと、重厚な机に座るグレッグが顔を上げた。
「……ミア?どうした?そんな血相を変えて」
「ギルド長、聞いてください……セオドアさんが、アイアンでも最高難易度の依頼に行きました!」
「……そうか」
グレッグは重く目を閉じた。
「私、ちゃんと言いました。警告しました。あの子は、危険を分かっていない……!」
「分かっていないわけではないだろう」
「じゃあ……どうして止めないんですか!?この間はちゃんと言って聞かせたんですか!?」
ミアの声がわずかに震えていた。
グレッグは無言で立ち上がり、窓の外――街の門の方へと目をやった。
「……セオドアは、止めても行くよ。あの目を見たろう。何かに急き立てられてる目だった」
「でも、それで命を落としたら……!」
ミアの抗議に、グレッグは静かに言った。
「俺たちは選択肢を与えた。それでも選んだのは彼だ」
その言葉に、ミアは唇を噛み締め、拳を握ったまま視線を落とした。
窓の向こう。セオドアの背中は、朝靄に消えていった。
森の中に、重い息づかいだけが響いていた。
セオドアの前に立ちはだかるのは、全身を甲殻に覆われた獣型のモンスター――名は「ブラッドリッジ」。
鋭い爪と突き出た下顎の牙。目の前の依頼対象ではあるが、セオドアが求めていた“あのモンスター”ではなかった。
(……違う。……こいつじゃない……僕が探していたやつじゃない......)
だが、もう逃げ道はない......逃げたところでもう結末は一緒......
獣が唸り声を上げると同時に、セオドアは血に濡れた斧を振り上げた。
全身が悲鳴を上げていた。呼吸は荒く、足は震える。
(勝てない......こいつに勝てるだけの力は、まだ僕にはない……!)
それでも、セオドアは斧を強く握り雄叫びを上げながらモンスターに斬りかかる。
傷を受けてもすかさずに敵に切り込む。
引き裂かれる未来が分かっていても、立ち尽くして待つことだけはしなかった。
斧が甲殻に弾かれ、返す刃が彼の肩を裂いた。血が飛び、視界が揺らぐ。
「ぐっ……!」
それでも足を踏み出す。喉奥から唸るような声を漏らし、刃を深く押し込む。
敵の腹部の関節がわずかに開いた隙を見逃さなかった。
――ドゴッ!
振り下ろした斧の一撃が深々とめり込み、モンスターが悲鳴のような声をあげて暴れる。
だが同時に、鋭い爪がセオドアの脇腹を切り裂いていた。
「ッ……!」
そのまま互いに倒れ込む。刃と爪が交錯したその瞬間、敵も、彼自身も、ほとんど同時に力尽きていく。
あたりには勢いよく自分とモンスターの血溜まりができていく。
膝をついたまま、セオドアは深く息を吐いた。痛みで意識が薄れる中、彼の心はただひとつの思いで満ちていた。
(覚えろ……敵の強さ、動き……情報を少しでも抱えて僕は……次に行く......次はもっと上手くやれ......!もっと早く......強く.......!)
地面に血が落ちる音。
そして――
再び、あの“痛み”が訪れた。
「あぁあああああああああああ!!!!!!!」
激痛にセオドアは血を吐きながら、喉が裂けるほどの悲鳴をあげる。
見えない何かが、皮膚を、肉を、骨を引き裂いていく。
どこからともなく届く“あの男”の断末魔。
脳裏に、またしてもあのビジョンが走る。その瞬間まで、セオドアは目を閉じることすら許されなかった。
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