第三十話 鉤爪の環の行進 再び【2/2】
怒号と金属音が響き渡った。
ミノタウロスと化したベルザは、暴風のような膂力で包囲網を粉砕し続ける。
「前列、持たせろっ!崩れるなぁッ!」
クルムが盾兵を指揮するが、その直後、薙ぎ払われた腕が数人まとめて吹き飛ばした。鎧が軋み、石壁に叩きつけられた衝撃で骨が砕ける音が響く。
「うわあああッ!」
助けに向かった者も、返す蹴りで宙を舞う。
血の匂いが濃くなり、足元の石畳がじわじわと赤黒く染まっていった。
「スピリット・アコード!」
ノエルは四属性同時に精霊を呼び出し、精霊魔法を放つ。
だがミノタウロスは顔をわずかに背けただけで、分厚い毛皮に弾かれた。
「効いてない……!」
ノエルの頬に冷や汗が伝う。
「アイアン・コート!!!!」
ドランが全体重を盾に乗せ、獣の腹部へと突撃した。
衝撃は確かに通ったが、ミノタウロスは鼻で笑い、逆にその盾ごとドランを片手で掴み上げる。
「ドランッ!」
フィオナが慌てて矢を番える。
「烈風穿矢!!!!」
フィオナの放った矢はミノタウロスの顔面に直撃する。
しかし、ミノタウロスは怯む事もなく、ドランを握りしめる手に力を入れる。
スキルで向上している筈のドランの鎧に次第にヒビが入り始める。
「......っぐ!!!」
ドランの表情が苦しみ始める。
「あぁああああああっ!!!!」
フィオナは一心不乱でミノタウロスに矢を打ち込む。
『目障りだな......』
逆に獣の視線が彼女へ向く。
獣の口から低く響く声。
次の瞬間、巨腕がフィオナを薙ぎ払おうと迫る――。
「ウッオラァッッッ!!!」
ヴェロニカが飛び込み、戦鎚でその腕を叩き落とした。
金属と骨がぶつかる衝撃が腕から肩まで響く。
「セェアアアアッッ!!!」
ヴェロニカはそのまま、ドランを握り締める、手を殴りつける。
『......っ!』
ミノタウロスは衝撃でドランを手放す。
『やはりお前だけだな……私に届くのは』
「言ってろ!!化け物っ……!」
義手を握り締め、再び構えるヴェロニカ。
彼女の一撃は確かに肉を抉るが、それでも巨体の動きは鈍らない。
救出隊は総力を挙げて攻撃を重ねるが、そのほとんどが毛皮と筋肉に阻まれ、かすり傷すら与えられない。
矢は弾かれ、剣は滑り、魔法は払い落とされる。
「……駄目だ、押し切られる……!」
誰かが呟き、空気が一瞬だけ凍り付く。
その隙を突くように、ミノタウロスの突進が前衛を粉砕した。
ヴェロニカはすぐさま前に出る。
「下がれ!私が抑える!」
その背は鉄壁のように揺るがない――だが、義手の奥で古傷が軋むのを、彼女自身が痛いほど感じていた。
その時。
ミノタウロスの拳がヴェロニカを抉った。
ヴェロニカは殴り飛ばされ、壁に激突し、地面に落ちる。
『これで......私に攻撃できる者はいなくなりましたね......』
ミノタウロスの口角が上がる。
ミノタウロスは前進し、フィオナの前に立ちはだかる。
「あ、あぁあ......」
フィオナはミノタウロスから感じる恐怖と死の予感に気圧され、身体が動かなかった。
「フィオナ!下がれ!!」
ドランが盾を手にフィオナへと駆け寄ろうとするもミノタウロスはそれを跳ね除ける。
ドランは吹き飛ばされ、ヴェロニカ同様に壁に激突する。
「......ドラン......」
フィオナはドランが吹き飛ばされ、唖然としてミノタウロスを見上げる。
『君を殺せばセオドア君はどんな顔をするのでしょうか?』
ミノタウロスはフィオナを摘み上げる。
「セオドアは......生きているのね......」
フィオナは顔を伏せながら呟いた。
『......』
「セオドアが死んだかもって......すごく怖かった......」
「けど......生きて......生きているのなら......」
「私は最後まで希望を持って戦える!!!!」
フィオナは決意の籠った眼差しを上げ、素早く矢を番、ミノタウロスの目に矢を打ち込む。
ミノタウロスの目にフィオナの放った矢が突き刺さり、ミノタウロスは大きくよろけて、フィオナを手放す。
『き、貴様!!!』
ミノタウロスの手が閃いた。
「――ッ!」
フィオナの喉元へ、鋭い爪が迫ったその瞬間――。
「クロー・リングの行進がお通りだァァァッ!!」
轟く咆哮と共に、第三階層の入口から松明と魔法光が押し寄せる。
先頭を駆ける黒豹の獣人――ザガンが鋭い眼光で戦場を一望し、吠えた。
「行けッ!!立ち止まるなッ!!」
だが、その後ろに控えていた行進組の冒険者たちは、目の前の巨獣を見て驚愕の声を上げる。
「うぉ!!ミノタウロスじゃないっすか!?聞いてないっすよ!ザガンさん!!!」
漆黒の毛皮と湾曲した角――ミノタウロス。
そのあまりの禍々しさに息を呑む。
「うっせぇ!ビビってんじゃねぇ!!全員、聖水を投げ込めッ!」
ザガンの叱咤が炸裂する。
腰の革袋から次々と取り出された聖水瓶が、白い弧を描いてミノタウロスへ飛ぶ。
瓶が砕け、聖なる雫が巨獣の毛皮を焼くように染み込む。
『……ッ!』
鈍い唸り声を漏らし、ミノタウロスはたまらず腕を緩めた。
解放されたフィオナが床に崩れ落ちる。
その刹那――行進組の人波を裂くように、一人の影が疾駆した。
全身を覆う銀白の鎧。
その姿を見た瞬間、フィオナの瞳が見開かれる
鎧を纏った冒険者は、迷いなく巨獣の眼前へ飛び出す。
戦斧が、淡く輝く神聖の光を帯びた。
「――ッおおおおおおッ!!!」
渾身の一撃が、ミノタウロスの胸部を抉り裂く。
肉が裂け、血飛沫が弧を描く。巨体が大きくよろけ、低い唸り声を漏らした。
鎧を纏った冒険者は地面に着地するとフィオナに手を差し伸べる。
「大丈夫ですか、フィオナさん」
フィオナの頬を熱いものが伝う。
ノエルも目を潤ませ、ドランは歯を食いしばって立ち上がる。
「セオドア……!」
フィオナは震える声で叫び、手を取る。
その瞳には、再び戦う覚悟と、仲間を信じる強さが宿っていた。
セオドアが放った一撃で大きく後退したミノタウロスは、胸元を押さえながら低い唸りを漏らす。
神聖の光に焼かれた傷口から、黒煙のような蒸気が立ち上る。
『……その鎧……どうやって……!』
獣の眼が、燃えるような憎悪でセオドアを睨む。
だがセオドアは動じない。
「ベルザ......もうお前の好きはさせない」
ザガンが背後から叫ぶ。
「全員!聖職者の元へ行って聖属性を付与してもらえ!奴の弱点は聖属性だッ!」
ザガンの叫びにクルムが呼応する。
「ザガン!聖職者は奴に殺された......!」
「クソッ!!!じゃあ聖水に武器を浸せ!!!第三階層が目的だったんだ!全員持ってんだろ!!!」
「聞こえたろ!!!早くしろ!!!」
聖属性を帯びた刃や矢が、次々にミノタウロスへ向けて放たれた。
『……ぐぅッ!』
巨獣は明らかに動きを鈍らせ、踏み込む足も重くなる。
「さっきはよくもやってくれたな......」
ミノタウロスの横でぬらりとヴェロニカが立ち上がる。
ヴェロニカは聖水を戦鎚にぶちまける。戦鎚を振り抜き、膝を砕く一撃を叩き込む。
『ぐぁあああ!!』
ドランが盾を構えて突進し、ノエルが精霊魔法で光を放ち、フィオナの矢がミノタウロスの皮膚を貫く。
それら全てが、聖光の加護によって毛皮を貫き、肉を裂いた。
「押し返せぇぇッ!!!」
ザガンの咆哮に呼応し、ルーメンベルとクロー・リングの冒険者たちが一斉に突撃する。
戦場はまるで総力戦――ルーメンベルの全戦力がひとつとなり、ミノタウロスを包囲する構図となっていた。
セオドアは一歩前に出て、戦斧を大きく振りかぶる。
「……これで、終わらせる!」
神聖の光が刃を包み、戦斧が振り下ろされると、光の奔流が巨獣の肩口を裂いた。
血飛沫が石畳を濡らし、ミノタウロスが獣じみた咆哮を上げる。
セオドアの決意の眼差しとベルザの憎悪の眼差しが交差する。
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