第二十九話 救出に向かう者達【2/2】
冒険者たちが一斉に動き出す。鎧を掴み、武器を引き抜き、物資を抱えて駆ける音が重なり合う。
その光景は、まるで戦場前線の野営地が一瞬で蜂の巣を突かれたようだった。
「おい、ポーション樽は全部持ってこい!」
「矢筒予備は三人分だ! 足りねぇなら鍛冶屋からかっぱらってこい!!」
「盾持ちは前列固定! 俺の後ろから動くな!」
怒号にも似た指示が飛び交い、仲間同士で短く頷き合う姿が次々と目に入る。
ヴェロニカは手早く編成を組み上げ、クルムへ命じた。
「クロー・リングは前衛、ブックメーカーは遊撃。後方支援はギルド直轄組が受け持つ。各自、死ぬ覚悟で動け」
「了解」
クルムが短く返し、すぐに部下へ指示を散らす。
フィオナは弓の弦を確かめ、隣でドランが盾の位置を微調整する。
ノエルは精霊石を胸元で握りしめ、静かに祈っていた。
――ダンジョン石門前。
救出隊は整然と並び、朝霧に包まれた街を背にする。
クロー・リングの旗と、ルーメンベルのギルドの旗が並び立つ。
その間に立つヴェロニカの背は、鉄のように揺るぎなかった。
「目標は第三階層、《闇祀の殿》――第一優先事項はベルザとザガン、セオドアの3名の保護。あの化け物を見つけ次第即包囲」
ヴェロニカの義手が、ぎしりと音を立てる。
「ミノタウロスが階層を移動できるとわかった今、街まで出てこない保証はない。奴を取り逃がすことはルーメンベルの終わりと心得よ!」
その声に、誰もが息を呑む。だが誰一人、後ずさりはしなかった。
フィオナは弓を握る手に力を込める。
石門前に集まった救出隊の列の後方、ひときわ背の低い影が立っていた。
セリカは真剣な眼差しでフィオナたちを見つめている。
隣には背筋を伸ばしたマックスがいた。
「……行くのですね」
セリカの声はかすかに震えていた。
フィオナは苦笑しながら頷く。
「必ず戻るわ。セオドアを連れて」
マックスは静かな口調で言った。
「くれぐれもご注意を。セオドア代表の事、頼みましたよ、皆さん」
セリカは一歩近づき、フィオナの手を両手で包み込んだ。
「私……信じています......みんなで、また机を囲めるって」
そして、瞳を揺らしながら真っ直ぐに言う。
「……セオドア氏を、よろしくお願いします」
マックスも深く頷く。落ち着いた声で続けた。
その想いが、フィオナの胸に静かに熱を灯す。
「必ず」
短く、力強く答えると、フィオナは背を向けた。
セリカは強く握った拳を胸元で下ろし、マックスは小さく息を吐く。
(待ってて、セオドア……絶対に取り戻す)
ヴェロニカが手を上げ、ゆっくりと振り下ろす。
「進めッ!!」
石門が開き、冷たい地下の空気が押し寄せる。
救出隊は一糸乱れぬ足並みで、その闇の中へ消えていった。
――そして時は戻り、セオドア達はダンジョンの石門の前に立っていた。
ザガンは早朝の情報収集を終え、仮拠点に戻ってくるや否や仲間を呼び集めた。
薄明かりの差し込む広場に、クロー・リングの冒険者たちが次々と集まってくる。
だが、その場に現れた大柄な黒豹の姿を見て、複数の冒険者が目を見開いた。
「……ザガンさん!? え、なんで……」
「救出隊はあんたとベルザさんを助けに行った筈だろ?なんでそのあんたがここにいるんだ?」
驚きと混乱が瞬く間に広がる。
セオドアは隣で息を呑んだが、ザガンは一歩前に出て低く言い放つ。
「……詳細は後だ。今は時間がない。疲れているだろうが......本日2度目の行進を行う。目的は――ベルザの救出だ」
ざわめきは消えない。だがザガンの声音には、反論を押し込めるだけの圧があった。
ベルザがミノタウロスである事実をザガンはこの場の誰にも告げなかった。
士気を落とさず、まず前へ進ませる――ザガンさんはそれが一番だと考えたのだろう。
「ベルザさんが待っている! 全力で駆け抜けるぞ!」
その号令に、混乱と困惑はやがて「おおっ!」という声に変わっていく。
「さぁ!!ルーメンベルダンジョン名物の本日2度目のクロー・リングの行進だッ!!!」
ザガンの号令にクロー・リングの面々は雄叫びを上げる。
行進は足並みを揃え、石畳を踏みしめながら地下へと進む。
セオドアは列の中央で、手に握った斧の柄を無意識に強く握っていた。
(急げ……フィオナさんたちはもう第二階層を突破している頃だろう!間に合わなければ――)
焦燥は胸を焼くように広がるが、ザガンの背中は一切ぶれない。
規則正しい足音と号令が、セオドアの呼吸を無理やり整えてくれる。
すれ違うパーティーが驚きの目を向ける中、行進は第二階層を抜け、第三階層《闇祀の殿》へと近づいていく。
セオドアは無意識に歩幅を広げる。
(みんな......待っていて下さい!)
二人の影は、救出隊が向かう先と同じ闇へと吸い込まれていった。
ーー
第三階層《闇祀の殿》。
高い天井に黒ずんだ壁画が並び、冷たい空気が肌を刺す。
救出隊は広間へ踏み込み、武器を構えたまま周囲を警戒する。
「……ここだ」
クルムが低く呟き、瓦礫の山とその周囲を指差す。
床には血の跡が広がり、その中心には無惨に食い荒らされた二つの亡骸が横たわっていた。
ヴァンベッタとグウェン。彼らの面影は、もうそこにはなかった。
誰もが言葉を失う中、ヴェロニカは感情を押し殺した声で命じる。
「周囲を捜索。ベルザ、ザガン、セオドアの3名を見つけ次第保護しろ。ただし、ミノタウロスが彷徨いているかもしれん。警戒は怠るな!!」
斥候たちが走り出し、魔導士が光球を浮かべて暗がりを照らす。
瓦礫の一部は崩落しており、奥は深い闇へと続いていた。
フィオナは周囲を見回し、息を荒くした。
「……ここよ……セオドアと別れたのは……!」
声は震えていたが、その足は止まらなかった。
「セオドア! どこにいるの!?」
広間に響くその声は、必死さゆえに少し掠れていた。
ドランが無言でフィオナの横に並び、盾を構えたまま瓦礫をどかす。
「......痕跡は......ないか......」
さらに奥へと進む。
ノエルもまた、精霊石を握りしめながら呼びかける。
「精霊さん......お願い。セオドア君を見つけて......」
光を帯びた精霊が彼女の肩に浮かび、暗がりを照らした。
その肩に浮かんだ小さな精霊が、突如として震え、怯えるように強く光を放ち始めた。
「……どうしたの……?」
ノエルの眉が寄る。精霊は暗がりの一点をじっと見据え、光が脈打つように揺れた。
次の瞬間、その暗がりから低い声が響く。
「やぁ......探しに来てくれたんだね......」
崩落した瓦礫の陰から、ベルザ・ドルグが姿を現した。
鎧には土埃が付き、息はわずかに乱れているが、その笑みは妙に柔らかい。
「ベルザ!」
フィオナが駆け寄ろうとするのを、ヴェロニカが片腕を広げて制した。
「生存者発見! 保護に入れ!」
ヴェロニカの号令で、後方支援の冒険者が駆け寄る。
だが――その瞬間、ベルザの口元が僅かに歪み、不適な笑みが浮かんだ。
その表情は、救出される者のものではなかった。
薄暗い通路を、セオドアとザガンが全力で駆けていた。
湿った石畳を踏みしめる音が、やけに大きく響く。
「第三層はもう少しです……!」
セオドアが息を切らしながら前を見据える。
ザガンも無言で頷き、速度を緩めない。
(間に合え……!)
二人はただ、その思いだけで闇を突き進んでいった。
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