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第二十八話 鐘の音再び【2/2】

「……よかった、無事だったのですね……!」


 駆け寄ったセリカは、息を切らせながらセオドアの肩を両手で掴んだ。


 その瞳が大きく揺れ、潤んでいる。触れた指先に、確かな温もり――それが信じられないというように、口を開けたり閉じたりしていた。


 その横で、マックスは腕を組み、じっとセオドアを見据える。


「セオドア代表。よくぞご無事で。第三階層でミノタウロスに襲われてフィオナさん達とはぐれたと聞きましたが......」


 声音は冷静だが、微かに安堵が滲んでいた。


 セオドアは胸の奥から込み上げてくるものを抑えきれなかった。


 このループではまだセリカは自分を救ってはいない。


 けれど、前のループで――血だらけになりながらも牢を開け、ベルザの前に立ちはだかった彼女の姿が脳裏に鮮明に蘇る。


「……セリカさん......本当にありがとうございました......!」


 言葉にした途端、喉が詰まる。涙が視界を滲ませ、鼻の奥が熱くなる。


「えぇ?私はまだ何もやってませんよ、セオドア氏?」


 セリカは慌てて笑おうとするが、その声はかすかに震えていた。


 マックスが勇者の装備を纏うセオドアを頭の先から足元まで見下ろす。


「イメージチェンジですか、セオドア代表?よくお似合いで」


 マックスが口を開く。


「あぁー、これはまた後で説明しますね」


 セオドアはそう言うとあたりを見渡す。


「それより、フィオナさんとドランさん、ノエルさんは無事に帰還されましたか?」


 セオドアの質問にセリカとマックスが顔を見合わせる。


「フィオナさん達は昨日帰還されたんですが......」


 セリカが言いづらそうに話し始めるとマックスが付け加えた。


「数刻前に、ギルド長とクロー・リング、それに……ブックメーカーの皆さんでベルザ様とザガン様、そしてセオドア代表を救出するためにダンジョンへと潜っていきましたよ」


「……なんだって?」


 ザガンが一歩前に出る。その声からは、さっきまでの解放感が欠片も残っていなかった。


 セリカも真剣な表情に変わる。


「ミノタウロスが第三階層で出現し、クローリングに2名の死者が出た上にクランマスターのベルザ氏、そしてザガン氏とセオドア氏が消息不明と言う緊急事態にギルド長のヴェロニカさんが直々に先頭に立って、救出隊を編成なさったんです」


 その言葉は、二人を一瞬で現実へ引き戻した。


 ――ベルザはまだ第五階層にいる。


 自分たちはそこから逃げ延びた。


 だが今度は仲間たちが、その怪物の牙の前に立たされている。


 セオドアとザガンは視線を交わす。言葉は要らなかった。


 満身創痍の体が軋むのも構わず、二人は同時に踵を返す。


「待って下さいセオドア氏!そんな身体でどこへ――」


 セリカの声が背中にかかるが、二人は止まらない。


「今行かなきゃ、また誰かが死にます!」


「落ち着いてください、セオドア代表。一体ダンジョンで何があったんです?」


「僕たちを襲った第五階層のフロアボスのミノタウロスの正体はクロー・リングのクランマスター、ベルザ・ドルグだったんです!」


 衝撃の事実に二人は言葉を失った。


 マックスはクロー・リングのメンバーであるザガンへと視線を向ける。


「あぁ不甲斐ねぇ話だが、事実だ」


「だから救出隊のみんなはこの事を知らずにベルザを探している!」


 セオドアの脳裏に前回のループでベルザが眼前にフィオナ達の首が並べられ放った言葉が過る。


『健気に行方不明となった君を探しに来たんですよ』


 セオドアの背筋が凍りつく。


 このままじゃ......あのループと同じ事になりかねない......!


 セリカとマックスの表情から、言葉にならない衝撃が滲み出ていた。


 しかし、時間はない。ベルザがその牙を剥く前に――。


「……僕はなんとしてでもフィオナさん達を助けに行きます」


 セオドアの声は、迷いを切り捨てた鋭さを帯びていた。


 ザガンも無言で頷く。まだ呼吸は荒く、額からは汗が滴り落ちている。それでも、その瞳は燃えていた。


「セオドア代表、あなた方は満身創痍です。常識的に考えて、このままでは足手まといに――」


 マックスの冷静な忠告を、セリカがマックスの袖を掴み遮った。


「セリカ記録係......?」


 セリカはセオドアの顔をまっすぐ見る。


「セオドア氏......もしかしてダンジョンでループを?」


 セリカの言葉にマックスはハッとする。


「なるほど......ループをしてきたのならセオドア代表のこの焦り様......納得ができる」


 セオドアは静かに頷く。


「僕はダンジョンで途方もない時間をループしました。僕が見てきた地獄ではフィオナさん達はベルザに......」


 マックス達はセオドアの言葉に口籠る。


「それでも、その身体では......」


 セリカがセオドアの身体を心配して、声を絞り出す。


 その時、背後から影が差す。


「アトラス商会のセオドアさんとマックスさん、それとセリカさんではありませんか!」


 振り返ると、背の高い金髪の青年と、剣を佩いた黒髪の女が立っていた。


「あなたは確か......」


 セオドアは二人を見て、ウィンドミルからルーメンベルへと向かう道中に助けた二人の旅人を思い出した。


 セオドアが名前を呼ぼうとした時にすぐにマックスが声を上げた。


「ヘンリク様に、リヴィ様......」


 金髪の青年――ヘンリクが微笑む。


「昨日からダンジョンの周りが騒がしかったので様子を見にきたのですが......


 ヘンリクはそう言うとセオドアを見る。


「おや、セオドアさんは新しい装備を身につけたのですね。よくお似合いで......」


 ヘンリクはセオドアの鎧を誉め、セオドアとザガンが酷く傷ついている事に気がつく。


「その怪我はどうしたんですか!?」


「は、話せば長くなりますので......」


「あなた方アトラス商会には恩義があります!どうぞ!これを使って下さい!」


 ヘンリクは懐から小瓶を二つ取り出す。瓶の中では黄金色の液体が揺れていた。


 瓶を見た瞬間、セリカが息を呑んだ。


「こ、これは……! 高純度マナクリスタルを粉末状にして、天山薬草と火蜥蜴の肝液で活性化させた、現行市場ではほぼ流通していない“聖域製法”のハイポーション……! 見てください、この粘度と色――偽物なら絶対にこの琥珀色は出ません! しかも保存期間が異常に長くて、常温で百年以上品質が落ちないんですよ! はぁ……実物を見るのは初めてです……!」


 興奮気味に素材を並べ立てた後、セリカはさらに身を乗り出す。


「しかもこの薬液は、服用後三十秒以内に魔力回路を強制的に開き、損傷した組織に魔力を直接送り込むことで修復を促します。通常のポーションが“自然治癒の促進”なのに対し、これは“魔力による瞬間再生”なんです! 骨折でも筋断裂でも数分で動けるようになります。ただし、後から疲労が一気に襲ってくるので、長期戦では副作用の管理が必須です!」


 目を輝かせ、興奮気味に早口で説明を続けるセリカ。


 ヘンリクは少し苦笑しながら「さすがセリカさん、本物ですのでご安心を」と頷いた。


「ルーメンベルに向かう道中に命を救っていただいたお礼です。最上級のハイポーションです」


 差し出された瓶をセオドアはまじまじと見つめる。


「こんな高価なもの......本当に頂いていいのですか?」


「はい。私は命を救って頂いたのです。これで喜んでいただけるのであれば、嬉しい限りです」


 ヘンリクはそう言うとザガンはヘンリクの手からハイポーションをひょいと受け取る。


「そっか。じゃあ頂くぜ」


 ザガンはそう言うとハイポーションを口に流し込む。


 レヴィはすぐさま剣を抜く。


「貴様!!ヘンリク様に無礼だぞ!!!」


「レヴィ!よしなさい!」


 レヴィの忠告も聞かずにザガンは身体の傷が癒えていくのを面白そうに眺める。


「お、効いた効いた」


 その様子にレヴィは顔を真っ赤にして声を張り上げる。


「貴様!!!礼を言わんか礼を!!」


 レヴィの相変わらずの様子にセオドアは顔を引き攣らせながらも、ヘンリクからハイポーションを受け取る。


「有り難く頂戴しますね」


「はい」


 セオドアは栓を抜き、一気に喉へ流し込むと、全身を熱が駆け巡った。裂けた皮膚が塞がり、鉛のように重かった体が軽くなる。


「傷が......ありがとうございます!ヘンリクさん!」


 セオドアは短く礼を言い、ザガンと視線を交わす。


 セオドアはマックスとセリカの顔を見る。マックスはため息をつくと笑みを浮かべた。


「傷が治ったのなら私は何も言いません。気をつけていってきて下さいね」


「セオドア氏。無事に帰ってきて下さいね」


 セリカは心配そうな表情を浮かべる。


 セオドアの瞳にはもう迷いはなかった。


「はい。今度こそ......みんなでこのダンジョンから帰ってきます」


 セオドアは二人に笑みを見せるとすぐさまダンジョンの入り口へと足を向ける。


「行きましょう、ザガンさん」


「あぁ――必ずあの野郎を仕留める」


 鐘の音がまだ街に響き渡る中、彼らの背中に宿るのは決意そのものだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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