第二十四話 過去へと贈る狼煙【1/2】
セリカの虹彩が淡く光を放つ。高密度の魔力が目元へと集束し、対象の構造を視る。
「スキル発動――《鑑定 - グレータースキャン》!」
虹色の視界に、情報が一気に流れ込んできた。名前、種族、称号、スキル、特性。脳が焼き切れそうになるほどの情報量を、セリカは食いしばった奥歯で耐える。
「セリカさんっ......!」
セオドアが苦しむ様なセリカを呼びかける。
「私のスキルは鑑定......最初は素材の情報を見ることができるくらいでしたが......!今では......私の鑑定はモンスターの情報まで見ることができるんです!」
セリカはスキルをそう説明すると鼻から血を流し始める。
「セリカさん......!血がっ......!」
ロゼが心配した様に呼びかける。
「......っく!」
力の差があればあるほど、モンスターを鑑定した時の反動がでかいのは知っていましたが......これほどとは......!
「セオドア氏!」
セリカがセオドアへと呼びかける。
「少しでも!奴の情報を抱えて行ってください!!」
セオドアはセリカの想いを汲み取り、力強く頷く。
「わかりました......」
セリカは鑑定を発動する力を強める様に鋭く、そして大きく目を見開く。顔に血管が浮き出る。
「――視えました!
モンスター: 黒幽牛ミノタウロス!!!
持っているスキルは《階層の主》《偽装》《擬態》《精神汚染》《捕食強化》《幻覚投影》《芽生える自我》です!!」
ミノタウロスの目が僅かに細まる。
「弱点は聖属性と出ています!!」
セオドアの目が見開かれる。
「弱点まで......!」
『鑑定のスキルを持っていたとは......長年非戦闘員と侮っていましたよ......セリカさん」
ミノタウロス身体から放たれる瘴気の色が濃くなっていく。
『だが、私の精神汚染は心を破壊する。例えループしてもセオドア君を再起不能にしてあげるまでです!』
『《深淵の咆哮 -アビス・ロア》!!!』
ベルザの咆哮と共に、滝のような瘴気が噴き出す。
瞬く間に視界が墨を流したように黒く染まり、耳の奥で不快な低音が絶え間なく鳴り続ける。
冷気が皮膚を切り裂くように刺さり、吸い込んだ空気が胸の奥で凍る感覚が走った。
その闇の中――仲間たちの背後に、血塗れの骸が立ち上がる。
それは過去に見た仲間の最期の姿。
リオの肩を貫く槍、ロゼを飲み込む影、ダリルを押し潰す巨腕。
絶望が形を持って迫り、耳元で誰かの断末魔が繰り返される。
「あ”ああああ……!」
「やめ……やめてぇえええ!」
膝をつく音が、次々と床に響いた。
恐怖で歯が打ち鳴り、呼吸は悲鳴のように途切れる。
「みんな!」
セオドアはセリカ達に呼びかけるも、セリカ達は瘴気に精神を蝕まれ、悪夢を見せられていた。
『ハハハハハ!人の心は何と脆い事か!』
ベルザは高らかに笑い声をあげる。
瘴気の中でセオドアと目が合った。
ベルザは違和感を感じる。
(あの瘴気の中で何故、絶叫せずに私と目が合ったのだ?)
セオドアはセリカに矢を受け死にかけている筈で瘴気にも汚染されている筈が真っ直ぐな眼差しでベルザを睨みつけていた。
『何故......私の瘴気の中で......』
精神汚染が効かないセオドアにベルザが狼狽える。
「僕にはもう精神汚染は効きません」
「何だと......?』
「 《精神遮断 -マインド・ブレイクシール-》」
セオドアがそう呟くと、セオドアを中心に円形の光がセリカ達を包む。
恐怖で悲鳴をあげ、ガタガタと震えていたセリカ達はセオドアの放った光に包まれると一斉に震えがなくなった。
第五階層の瘴気を十年もの間身動きのできない牢で浴び続けた末にセオドアが手にした新しいスキル《精神遮断 -マインド・ブレイクシール-》はベルザが放ったアビス・ロアによる精神汚染から解放していく。
「温かい……」
光の中でセリカの肩にそっと手が置かれる。
振り向けば、そこにあったのは――十年間、夢に見た顔。
「フィオナ氏……ドラン氏……ノエル氏……」
フィオナの手は確かに温かい。けれど、指先から淡く光が漏れ、今にも溶けて消えそうだった。
『よく頑張ったわね……セリカ』
その優しい声が、胸の奥で決壊点を超える。
セリカの頬を伝う涙は熱く、嗚咽で言葉が途切れる。
「……あの時、私も……私も一緒に戦えていたなら……!」
『何言ってるの。あなたが生きていてくれたから、セオドアを助けられたのよ』
フィオナの瞳は変わらずまっすぐで、ドランが力強く頷き、ノエルはふわりと抱きしめる。
『ありがとうね、セリカちゃん』
その抱擁は幻だとわかっているのに、十年間の孤独を溶かすには十分すぎた。
ノエルに続いてフィオナとドランはセリカを抱きしめる。
セリカは涙を流し十年間抱えていた孤独がフィオナ達の抱擁で報われていく。
フィオナはセオドアの方を振り返る。
『あとは任せたわよ。セオドア』
「はい......フィオナさん......」
フィオナは笑みを浮かべると次第に形を失っていく。
フィオナ達を形成していた光が粒となって霧散していく。
セリカは光の粒に向かって手を伸ばす。
「みんな......」
セリカは光の消えた場所を見送ると涙を袖で拭う。地面に膝をつき立ち上がる。
リオ、ダリル、ロゼもそれに続いて恐怖を克服し、立ち上がる。
「癪だが助かったぜ。セオドア」
リオが長剣を肩に担ぎながら、ぶっきらぼうに言う。
「助かりました、セオドアさん......そうだ!これを第五階層で見つけたんです!」
ダリルは布が巻きつけられている何かをセオドアへと差し出す。
ダリルが差し出した布包み。解くと――戦斧が現れた。
「……ブレイバー」
セオドアの喉がかすかに鳴る。
それは、仲間たちが自分に託した誇りそのもの。十年前、共に笑って贈られた日の記憶が一瞬で蘇る。
(みんな……)
柄に触れた瞬間、胸の奥で燻っていた火が一気に燃え上がる。
震える手でもう一度握りしめると、魔力が炎のように立ち上がる。
《心身活性-ブレイン・ブースト》
セオドアは炎を巻き上げながら、立ち上がり、ベルザを見据えた。
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