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第二十三話 再会【2/2】

拘束具が外れたその瞬間、セオドアの身体は力なく崩れた。


 リオがすぐに受け止める。


「しっかりしろよ、セオドア」


 足に力が入らない。腕も、自分のものとは思えないほど細く軽い。立ち上がろうとするが、膝が震えて支えきれず、その場に座り込んだ。


「……セオドア氏……?」


 セリカが駆け寄り、両肩を支える。セオドアは申し訳なさそうに首を振った。


「……動けません……すみません…….十年も繋がれているとこれほど筋力が落ちるんですね......」


「......誰がセオドア氏にこんな事を......!」


 セリカの声音が震える。彼女の瞳には怒りと悲しみが混ざり合い、熱を孕んだ涙が溢れていた。


「一体……誰が、セオドア氏をこんな目に遭わせたんですか?」


 セリカだけでなく、リオ、ダリル、ロゼもその問いに耳を傾けた。皆、真剣な表情でセオドアを見つめている。


 セオドアは、息を整え、口を開いた。


「……ベルザです」


 一同の表情が固まる。


「……ベルザさんが......クロー・リングのクランマスターが……?」


 ロゼが目を見開く。信じ難いという表情だった。


「何の為にこんな事を!」


「……彼は……ベルザ・ドルグは……この第五階層のフロアボス......《ミノタウロス》でした......」


 セオドアの口から告げられた事実に空気が凍りつく。


「そんな......!モンスターが何十年も冒険者を装っていられる筈ありません!!」


 ロゼが信じられないとばかりに叫ぶ。


「ロゼ。セリカさんも奴は信用ならねぇって言ってただろうが」


 リオはロゼを横目に吐き捨てる。


「それでも......そんな事......!」


 ロゼは動揺した様に震える。


「......十年前にセオドア氏達が見つけた冒険者の手帳に記されていた”知性のあるモンスター“とはもしかして......」


 セリカが震える声でセオドアに尋ねる。


「はい......やつは……知性あるミノタウロスです……人の姿を借り、冒険者を育て、信頼を得て……そして喰らっていた。僕たちも……利用されたんです……全て、あいつの……」


 セリカの顔から血の気が引く。


「そんな……じゃあ、フィオナさんも......ドランさんも......ノエルさんも......?」


 セオドアはゆっくりと、うなずいた。


 セリカは口を押さえて涙を流し嗚咽する。


「僕も気付けなかった......奴に僕は《タイムループ》について話してしまいました......奴は僕の死を封じ、未来にこのダンジョンを訪れるハルトをも同じ様に捉える事で僕のタイムループを封じたんです......」


「……なんて……こと……」


 セリカの手が震えていた。


 怒りが、悔しさが、胸に込み上げる。


「私はセオドア氏にこんな仕打ちをした......フィオナ氏達を殺した......あの男のクランに入っていただなんて......」


 セリカは呼吸ができなくなり、その場で嘔吐する。


 すぐにダリルとロゼが駆け寄り、セリカの背中をさする。


 リオが拳を握りしめた。


「ふざけやがって……あの野郎......ゆるさねぇ......」


「……僕が……もっと、慎重だったら……皆を……守れたかもしれない……」


 セオドアの言葉に、セリカは首を振った。


「違います。あなたがいなかったら、誰も“気づく”ことすらできなかった。……全て、あなたが遺してくれたものが、私たちをここまで導いてくれたんです」


 セオドアは、しばし黙っていた。やがて、ぽつりと呟いた。


「……ありがとう、セリカさん……」


 その言葉に、セリカは静かに微笑んだ。




 その時。



 喉元に刃物を押し当てられている様な圧力がセリカ達を襲った。


 一同の呼吸が荒くなり、汗が流れる。


「これは......」


 足音もなく、気配もなく、ただ“そこに”いた。


「やはりここでしたか」


 低く、よく通る声。緩やかな歩調で姿を現したのは、重厚な鎧を纏った男――ベルザ・ドルグだった。


 セリカが弾かれたように振り返る。その顔が、一瞬で強張る。


「……ベルザ……!」


 リオが剣を抜き、ダリルとロゼも即座に構える。しかし、ベルザは余裕の笑みを崩さず、悠然と歩みを止めた。


 セオドアはやせ細り窪んだ目でベルザを睨みつける。


「ベルザ......!」


「まさか……この深層まで、こんなにも早く……!」


 セリカの顔に焦りが走る。


(ベルザはまだ地上にいる筈!何でこんなにも早く......!)


 どんなに早く駆け下りても、ここに辿り着くのは二日はかかる筈――そう、思っていた。


 だが、ベルザは微笑を浮かべたまま言った。


「……私の友人を連れ出すのは許しませんよ。セリカさん」


「何が友人だ……!」


「あなた方が《第四階層の調査》へ向かったと耳にした瞬間、私はなりふり構っていられませんでした」


 その言葉に、セリカの顔色がさらに蒼くなる。


「どうやってこんなにも早く......!」


「冒険者ならダンジョンのモンスターと戦いながら地道に進むのでしょうが......私の本当の姿なら障壁となるものはありません」


 その言葉の意味を理解し、ロゼが息を呑む。


「じゃあ……」


「こうして第五階層を降りてくる間……途中にいた関係のないただダンジョンを探索していた冒険者は踏み潰しながら来てしまいました......」


 ベルザの口元が吊り上がる。


「……すべて、あなたたちのせいですよ。私としても、本当は彼らを“育てたかった”のですが……」


 あくまで穏やかに、しかし底知れぬ狂気を孕んだ声音でベルザは語る。


 それを聞いたセリカは、信じられないものを見たように目を見開いた。


「……お前……っ……!」


「これだから人間は……“感情”に任せて動くから、隙だらけで困る。私の優しい言葉に、ずいぶんと油断してくれたものだ。私の友人のセオドア君もその一人だがね......」


 ベルザの瞳がゆっくりと、冷たく細められる。


「さて、そろそろ返してもらいましょうか。私の友人を」


 その視線は、床に座り込んだセオドアに向けられていた。



 あの声、あの気配――十年の間、地獄のような牢に自分を投獄した張本人。


 セリカはセオドアの前に立ち塞がるように一歩前へ出る。


「……渡しません。もう、あなたの思い通りにはさせない!」


 その言葉に、ベルザは――哀れむような、あるいは楽しげな――歪んだ笑みを浮かべた。


「それは……楽しみですね。どこまで“抗える”か……見せてもらいましょうか」



 張り詰めた空気の中、ベルザとセリカが静かに対峙していた。


 セリカはクロスボウを展開させる。


 リオは長剣を振り抜く。


 ダリルとロゼも怯えながらも武器を構える。


 セリカはセオドアの前に立ち、仲間たちは臨戦態勢を崩さず、ベルザの一挙手一投足を警戒していた。


 セリカはクロスボウをベルザへと向ける。


 ベルザは余裕の笑みを浮かべた。


 その時だった。


 セリカはベルザに向けていた照準をあらぬ方向へと向けた。


 ザシュ!!


「……が、はっ……」


 唐突な矢が放たれた音。


 それが静寂を裂いた瞬間、セオドアの腹部から血が噴き出した。


 撃ったのは――セリカだった。


「!?セリカさん!!」


 ロゼが叫ぶ。


「何してんだセリカさん!!」


 リオがセリカに詰め寄り胸ぐらを掴む。


 セリカは下を向いたまま答えない。


「セオドアさんが……セオドアさんが死んじゃうじゃないか!!」


 ダリルの悲痛な声が響く中――撃たれたセオドアは、腹を押さえながらも、かすかな笑みを浮かべた。


「……ありがとうございます、セリカさん……」


 その声は、どこか安堵に満ちていた。


 信じられないという顔で仲間たちがセリカを見る。


 しかし、セリカの表情は震えながらも決然としていた。



「……この狂った世界を終わらせられるのは……セオドア氏だけなんです......」



 セリカの眼差しは鋭く真っ直ぐにリオを見つめる。


「......っく!だったら何でこんな事を!!」


「セオドア氏は……ループするんです」


 その言葉に、リオたちは目を見開いた。


 セリカはクロスボウを取り落とし、膝をつくセオドアに縋りつく。


「だから……お願いです。セオドア氏の手で、この狂った世界を変えて下さい……!」


 セオドアの脳裏にいつかのループでセリカが涙ながらにセオドアをナイフで刺した時の光景が蘇る。


 あの時もセリカさんが殺してくれたから......


「......わかりました......」


 セオドアは穏やかな表情で応えた。




 しかしその瞬間、低い声が一同静まり返らせた。


「やってくれましたね」


 地響きのような声が回廊を揺るがした。


 ベルザだった。


 その表情からは穏やかさが消え失せ、剥き出しの怒りと焦燥が滲んでいた。


「セオドア君を死なせるわけには......行かない!!」


 ベルザの肉体がぐにゃりと歪む。


 重厚な鎧が爆ぜ飛び、皮膚が裂け、蹄が床を打つ。


 筋肉が異常なまでに膨れ上がり、口が裂け、牙が覗いた。


 ――そこにいたのは、漆黒の毛並みを纏った獣――ミノタウルス。


「ループなどさせるか!セオドア君はこれからもずっと私に飼われる運命なのだ!」


 血走った瞳が、瀕死のセオドアを睨み据えた。


 全身から発せられるプレッシャーに、リオたちが一歩退く。


 セリカが目を見開く。


「黒い......ミノタウルス......それが貴方の本性ですか。ベルザ・ドルグ......」


 セリカの問いにミノタウルスは口角を上げる。


『あぁ。お前達をすぐに捻り潰して、セオドア君を檻に戻して手当てしなければな......』


「やっと本性を見せてくれましたか......」


 セリカの言葉にベルザは眉を吊り上げる。


『どう言う事だ?』


「ずっと怪しいと思っていたんです。ミノタウルスの襲撃に会うたびに貴方だけは生き残ってきた......私はスキルを習得して......すぐに貴方に試したんです......」


『スキルだと?』


「その時は何もわからなかった......けれど、本性を表した今なら......!」


 セリカは鋭い眼差しでベルザを見据える。


「……十年……この時のために……!」


 セリカは身体に魔力を纏う。


 セオドアも驚いた様に目を見開く。


 セリカはの襟元にはプラチナランクのバッジが取り付けられていた。


(セリカさんが......スキルを......?)


 セリカの身体に纏っていた魔力はセリカの目元に収束し始める。


「スキル発動――《鑑定 - グレータースキャン》!」


 淡い光が彼女の瞳を満たし、虹彩が光り輝いた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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