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 第十八話 角は黙して語らず【2/2】

 ――この地獄のような回廊を抜けた先に、仲間が待っていると信じて。


「となると問題は私たちだな」


 ベルザが声を発した。


「えぇ。既にミノタウルスが第五階層の守護に戻っているのだとすると、下の階層を目指すのは困難になりますね」


 セオドアがそう言うとザガンも少し余裕のある笑みを浮かべる。


「ベルザさんとも合流できたんだ。こんな心強い事はねぇ。俺らも地上を目指すとするか......」


「そうですね」


 二人が地上に戻る事で意見を合致させていると、ベルザが待ったをかけた。


「私には疑問が一つ残っているのだが、聞いてもいいかな、セオドア君」


 ベルザの言葉にセオドアは背筋が伸びる。


「はい?何でしょうか?」


「第三階層で奴と遭遇し、君が撤退を叫んだ時、『ループした』や『前にも同じ状況を見た』と言っていたが......あれは一体?」


 ベルザの質問に場の空気が一気に張り詰める。


「そ、それは......その......」


 ベルザの問いにセオドアはザガンと顔を見合わせる。


「安心しろ、セオドア。俺と違ってベルザさんは冷静に話を聞いてくれる」


 ザガンそう言って笑って見せた。頷いたセオドアは口を開く。


「僕は……死ぬたびに、ループ......時間を巻き戻っているんです」


 セオドアの言葉に冷静なベルザが僅かに目を見開く。


「死ぬたびに時間が?」


「50年後にこの世界に召喚される勇者が未来で死ぬ運命にあると現在の僕にもその死が同期されるんです」


 セオドアがそう言うとザガンが割り込んだ。


「あんたが言ってたハルトってのは勇者だったのか?初耳だぞ」


「すいません、ザガンさんには伝えそびれていましたね。ハルトは勇者なんです」


「おいおい......」


 ザガンが口を挟もうとするとベルザは手を挙げて、ザガンの言葉を遮る。


「……それで?」


 ベルザの声は、意外なほど冷静だった。


 ループを打ち明けてこれほど冷静に話を聞いてくれたのはフィオナさん以来だろうか......


「これまでも何度か、ハルトの死を僕も経験してきました。死の同期が起こる時、ハルトの死の瞬間が頭の中にビジョンとして流れ込んでくるんです


 その度にハルトが死なない様に行動するんです。僕達ブックメーカーが冒険の書を書いているのも未来に忠告を残す為なんです」


 ベルザは静かにセオドアの話に耳を傾ける。


「......今回のループはいつから?」


「今回は......第三階層でミノタウルスと遭遇する直前からループしています。一回目は僕達はミノタウルスに全滅させられました」


 セオドアの返答にベルザは「なるほど」と呟き、納得が行った様に頷いた。


「それであの状況で君はすぐに撤退をする様に叫んだのですね。納得がいきました」


「はい......」


 ベルザは目を伏せる。


(ザガンさんに話した時はヴァンベッタさんやグウェンさんが救えなかった事について詰問された......ベルザさんも......)


 セオドアが補足しようと口を開いた瞬間、ザガンが割り込んだ。


「ベルザさん!セオドアはヴァンベッタとグウェンも救おうと動いてくれた!決して見殺しにしたわけじゃねぇ!」


「ザガンさん......」


 ザガンがセオドアを庇う様にベルザに進言する。その表情は真剣そのものであった。


 ベルザはザガンの真剣な眼差しに「フッ」穏やかな笑みを浮かべる。


「わかっているよ、ザガン。私はセオドア君をそんな風に思ったりはしないよ」


 ベルザがそう言うとザガンは表情を明るくさせる。


「よかった!」


 ザガンはそう言って黒豹の尻尾を横に振る。


「それで......その死の同期以外で君が死んだ場合......事故やモンスターとの戦闘で命を落とした時はどうなるのでしょう?」


 ベルザの質問は続いた。


「僕が死んだ場合も同じくループします」


「そうか......今回もビジョンを?」


「えぇ。ハルトも50年後にこのダンジョンに挑み、あのミノタウルスと対峙し、殺されていました」


「勇者もこのダンジョンに......」


 セオドアの返答にベルザは思考する様に顎に手を当てる。


「実に興味深い話だ。ループは君のスキルや魔法によるものではないのですね?」


「いえ。僕もこの現象にはわかっていない事が多いのですが、僕の意思とは関係なく起こります。わかっている事は僕の死か、ハルトの死だとがきっかけと言うことです」


 ループの真実を告げた後も、しばし沈黙が続いた。


 ベルザは腕を組んだまま、目を閉じて何かを考えている。


 セオドアはザガンと顔を見合わせ、小さく息をついた。ついに、この重荷をもう一人に明かすことができた。それだけでも、胸のつかえが幾分か軽くなった気がする。


「ベルザさん......そろそろ......」


 ザガンがベルザへと声をかけた。


「あ、あぁ。すまない。あまりにも不思議な話だったのでつい考え込んでしまった。私達もこの階層からお暇するとしよう」


 ベルザが立ち上がるザガンとセオドアも頷いた。


「通路の安全は俺が確認してくる」


 そう言ってベルザは立ち上がり、横穴の先へと進んでいく。


 横穴から顔を出し、辺りを確認する。霧の様な瘴気は立ち込めているが、モンスターやあのミノタウルスの姿もない。


「大丈夫だ。奴の気配もねぇ。今なら通れる」


「ザガンさん、また背負いますよ」


 セオドアの提案にザガンは眉を吊り上げる。


「あぁ?もう大丈夫だ。少し休めたから動けるはずだ」


 ザガンは強がる様にそう言うと、足を引き摺りながら、横穴の外へ出る。


「ではまずは第四階層を目指しましょう」


「ああ」


 三人は再び重たい空気の回廊を歩き出した。


 横穴から出てしばらく進んだところで、不意にベルザがザガンを呼び止めた。


「ザガン」


「ん?何ですか、ベルザさ......」


 ザガンとセオドアがベルザの呼びかけに振り向こうとした瞬間、ベルザの拳がザガンの顔面を捉えていた。


 ザガンの身体は弧を描き、回廊の石柱に叩きつけられた。乾いた音が鳴り、粉塵が舞う。


「なっ......!?」


(何だこの腕力......いや、それより何で......)


 セオドアは突然の出来事に硬直する。


 思考が真っ白になる中、セオドアは恐る恐るベルザの方へと視線をやる。


「どうして......」


 ベルザは何事もなかった様に無表情でセオドアを見つめる。


「どうして!ザガンさんを攻撃したんですか!?ベルザさん!!!」




 セオドアの叫んだ様な質問にベルザはニヤリと不適な笑みを浮かべた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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