第十四話 絶望での目覚め【2/2】
ベルザの撤退の号令がこだまする。
だが、その時――。
ゴオオオオオッ!
再び地響き。ミノタウロスが吠えた。
「来るぞ!!」
ベルザが叫ぶ。
その咆哮と同時に、ミノタウロスがベルザへと突進を繰り出す。
ベルザは大楯を構えてスキルを発動させる。
「聖域-サンクチュアリ-!!!!」
大楯を構えるベルザの前方に魔力で形成された巨大な盾が出現する。
ミノタウルスの突進を受け止めるも、激しい衝撃波が辺りを襲う。
ミノタウルスは攻撃の手を止めず、拳を何度もベルザに拳を振り下ろす。
「......くっ!」
ベルザのスキルで出現させた大楯は徐々にひび割れていく。
「ベルザさん!!!」
セオドアがベルザの名を叫ぶとベルザはこちらに目をやる。
「私が食い止める!!君達は撤退を!!!」
ベルザの指示にザガンが食い下がる。
「あんたを置いてけねぇよ!!!」
ザガンが双剣を引き抜き、戦闘体制に入ろうとする。セオドアはすかさずザガンの肩を掴み制止する。
「ザガンさん!!ベルザさんの指示です!!今は撤退を!!!」
「放せ!!セオドア!!!このままじゃ......!」
ミノタウロスの拳が地面を叩いた瞬間、大地が軋んだ。
──ズドン!!
空間が、崩れ始めた。
「地盤が……崩れます......!!」
「ベルザさん、下がってくれ!!!!」
ザガンが叫んだがベルザはむしろ、ミノタウロスへと歩みを進める。
「このままじゃ、奴は全員を追ってくる!!私が止める……!」
「無茶だ!!あんたが死んだら──!」
「貴様ら全員の命を背負っているのは私だ……!」
その言葉と同時に、ミノタウロスの拳がベルザを弾き飛ばした。
「ベルザッ!!」
「ザガンさん!」
セオドアが叫び、ザガンの腕を引いた。
二人は飛び出す。だが――。
ガラガラッ……ドゴォォォンッ!!
天井が、崩れ落ちた。
セオドアとザガン、そしてベルザの間に、土砂と岩が降り注ぐ。
「くそっ、まただ……ッ!!」
ザガンは歯を食いしばる。
――また、分断された。
岩の壁が、セオドアたちとベルザを完全に隔てていた。
「……ッ、ベルザさん!!返事を!!無事か!!」
叫びかけても返事はない。土煙と崩落の衝撃で、視界も聴覚も奪われていた。
ザガンが拳で岩壁を殴りつけた。
「チクショウ!!!!このままじゃ......」
その先を言う前に、空気が震えた。
……ズズンッ。
足元から響く、規格外の地鳴り。壁の向こうに消えたはずのミノタウロスの気配が、こちらに回り込むようにして迫ってくる。
セオドアは後ろで撤退していく仲間を確認する。その中に心配そうにこっちを振り返るフィオナがいた。
「セオドア!!!」
フィオナがセオドアを呼びかける。しかし、ミノタウルスはすぐそこまで迫っていた。
(ここで僕達が撤退したら追いつかれる......)
「やるしかない……!」
セオドアは斧を振り抜き、構える。
「全員地上まで撤退して下さい!!!!」
セオドアは撤退する、フィオナ、ドラン、ノエル、クルムに叫ぶ。
「僕とザガンさんで足止めを行います!!!」
セオドアの言葉にフィオナは泣きそうな表情を浮かべる。
「駄目よ!!!セオドア!!!あなたも一緒に逃げるのよ!!!!」
フィオナの言葉にセオドアは恐怖を押し殺しながらも笑顔を浮かべる。
「ベルザさんと合流したらすぐに撤退するので安心して下さい!!!」
「そんな!駄目よ!!!」
フィオナはこっちに駆け出そうとする。
「クルム!!!そいつらを絶対に地上に返せ!!!」
ザガンがそう叫ぶと、クルムは無言で頷き、フィオナの後頭部に槍の石突を素早くぶつける。
「フィオナ!!」
ノエルが悲鳴を小さくあげるが、ドランがそれを制止する。
フィオナは気を失った様に倒れこむ。ドランが倒れこむフィオナは抱き止めると肩に担ぐ。
ドランは無言でセオドアを見る。
セオドアが頷くとドランは撤退を再開する。
仲間を見送るとザガンを口を開いた。
「悪い。さっきは取り乱した」
ザガンの言葉にセオドアは笑みを浮かべる。
「いえ、気にしないでください。それより......」
重い足音が聞こえ、ミノタウロスが姿を現した。血に濡れた巨体が、暗闇の中に浮かび上がる。
「こいつを絶対にみんなに近づけないでください」
セオドアは斧を構える。《ブレイン・ブースト》を発動。体中の感覚が研ぎ澄まされ、音も光も加速度的に明瞭になる。
ザガンも腰を低く構え、気配を殺す。
「当たりめぇよ」
ミノタウロスがうなり声をあげ、突進してくる。凄まじい速度。壁を蹴って跳ねるように動く異常な筋力。もはや“獣”という言葉では収まらない。
「左です!!」
セオドアの叫びにザガンが反応。影のように跳び、ミノタウロスの腕をすり抜けざまに爪を突き刺す。《影爪穿断》──高速の刺突を繰り返し、わずかに腕の皮膚を裂く。
だが──
ズガァッ!!
カウンターの拳がザガンの腹部に直撃した。空気を吐き出し、地面を滑って壁に叩きつけられる。
「くそっ……!」
セオドアが斧を振るう。狙うは膝の腱。バランスを崩せば、隙が生まれる──。
斧がめり込む。手応え。だが、即座に腕が振り下ろされる。
セオドアは斧を捨て、身を捻って回避した。髪の毛が散るほどの間一髪。
「反応が速すぎる……!」
戦いにならない。こちらの攻撃はかすり傷程度。相手の一撃は即死級。セオドアは理解していた。これは討伐ではない。
──時間稼ぎだ。
ベルザがまだ生きていると信じている。彼を助け、仲間の撤退を完遂させる。それが今、自分たちにできる唯一の“戦い”だった。
再び立ち上がるザガンが笑う。
「ヘヘ……とんでもねえな、こいつ」
「死なないでくださいよ。僕1人じゃこれを止められませんからね」
「おいおい!こっちのセリフだぜ、坊主!」
刹那、ミノタウロスが再び跳ねた。
衝突と咆哮の中、セオドアとザガンは立ち向かった。
セオドアとザガンは、血と汗にまみれながら必死に戦っていた。
ミノタウロスの一撃は一振りごとに岩壁を砕き、洞窟の天井を震わせる。
セオドアの《ブレイン・ブースト》は限界を迎え、視界が赤く染まりはじめていた。ザガンの《影爪穿断》も、巨体に深く届くには至らず、回避と足止めに終始する。
「──やるじゃねぇか......」
ザガンが唇を噛み、次の瞬間、壁の崩れる音が轟いた。
ゴゴゴ……と低く重い地響き。
「……この振動、まさか──!」
セオドアが叫ぶと同時に、足元の岩が大きく裂けた。
ミノタウロスの咆哮が反響し、天井の岩盤が崩れ始める。
「やばい、崩れるぞ!!」
ザガンがセオドアを抱えて跳躍した瞬間、足元が大きく陥没する。逃れる暇もなく、地盤ごと崩落に呑まれ、二人の身体は宙へと投げ出された。
暗黒の奈落へ。
風を切る音。浮遊感。身体が重力に引きずられ、何も見えなくなる。
「クソッ……!」
咄嗟に岩の破片に手を伸ばすも、指は空を掴むばかり。ザガンの手がセオドアの腕を掴もうとするが、崩れた岩が二人の間を裂いた。
「セオドアァア!!」
「ザガンさん……!!」
そして、奈落の淵に飲まれた。




