第十三話 暴力の権化【2/2】
フィオナが悲鳴をあげる。
「いや......いやよ......ドラン......」
フィオナはよろよろとドランだった肉塊に歩み始める。
「こ、これも悪夢の続きだよね......夢じゃ……ない、の……?」
ノエルはガタガタと震えて、その場にへたり込む。
「全員、距離を取れ!!」
ベルザが怒号を飛ばす。
そう叫んだ次の瞬間、ミノタウロスの目がギラリと光った。
「──来る!!」
セオドアが叫ぶより早く、地鳴りのような衝撃がキャンプを襲った。
ドォン!!
ミノタウロスが全身を弾丸のように跳躍させ、ベルザめがけて突進する。
瞬間、鉄のような咆哮と共に拳が振り下ろされ、ベルザの体が吹き飛んだ。
「ベルザさん!!」
ザガンが叫び、駆け出す。セオドアも反射的に後を追った。
二人は地面を滑るようにして、吹き飛んだベルザのもとへ駆け寄ろうとする。
──が、
「ッ……ッ!?天井が──!」
ミノタウロスが再び地面を踏み鳴らす。
その圧で天井の岩が崩落し、セオドアとザガンの前に巨大な瓦礫が落ちた。
「くそっ!!分断された……!」
轟音と共に、岩の壁がセオドアたちの道を完全に塞ぐ。
ベルザの姿はもう見えない。
「全員撤退!!!!!そいつは第五階層のフロアボスだ!!!!!」
瓦礫の向こう側からベルザの怒号が微かに聞こえる。
「第五階層って……どういうことだよッ!?ここは第三階層だぞ!!」
ザガンが叫ぶも、答えはない。
ミノタウロスは、まるで人間の言葉も意思も通じない獣のように、ただ本能に従って次の獲物を探している。咀嚼を終えた顎を鳴らし、ゆっくりと首をもたげる。
「……ッ!」
一瞬で全身の汗腺が開く。
「セオドア!!奴は俺たちでやるしかない!」
セオドアは頼りのミスリルランク冒険者であるベルザと分断されたセオドアは呆然としていた。
「くそ!ガキが!」
ザガンは思いっきり、セオドアの顔を殴りつけ、胸ぐらを掴んで顔のそばに引き寄せた。
「おいおい!しっかりしろ!!!このままじゃ全員死ぬぞ!!!」
「あ......あ......」
セオドアは弱々しく、仲間の方へと振り返る。
二人は振り返る。後ろには、呆然と立ち尽くす仲間たちがいた。
死が現実として、突きつけられた直後だった。
グウェンも、ドランも、もういない。
残された者たちの中に、次の死者が出るのは、時間の問題かもしれない。
鉄の咆哮が空間を裂いた。
分断された瓦礫の向こうからベルザの手助けは望めない。
「俺たちで……やるしかないんだ」
ザガンが低く呟いた。
ミノタウロスが再びこちらを見た。あの巨体から放たれる殺気は、まるで嵐のように肌を撫でる。
「行くぞッ!!《影爪穿断》!!!!」
ザガンがスキルを展開し、地を蹴った。闇の如き一閃がミノタウロスの左肩を斬り裂く……はずだった。
──ガキィン!
「……なッ!?」
甲高い金属音。刃は、かすり傷ひとつ残せなかった。
その瞬間、ミノタウロスの左腕が唸り、ザガンの体が宙に吹き飛ぶ。
「ザガンさんっ!!」
「私が……!」
フィオナが高台に駆け上がり、矢を三本同時に番え、引き絞る。
「──烈風穿矢ッ!!」
音を置き去りにして、三本の矢がミノタウロスの目元に突き刺さる。
だが――。
矢はその皮膚に弾かれ、ただの木片のように宙を舞った。
「う、そ……っ」
次の瞬間、ミノタウロスの目がフィオナを捉えた。
振り上げられた太い腕が、石柱ごと高台を粉砕する。
「フィオナさんッ!!」
セオドアはフィオナを呼ぶと顔が強張っていく。
刹那。
フィオナは瓦礫と共に地面を落下する。唖然とした顔で、セオドアの方を見る。
セオドアは遠く離れたフィオナ手を伸ばすが、無情にもフィオナの身体が崩落の瓦礫に飲まれていった。
「あ、あぁ......」
砂煙が晴れると大きな岩の下に血溜まりができていた。
「フィオナ......さん......?」
怒りと絶望が、脳裏を真っ白に染める。
横で、ノエルが震えながら必死に精霊魔法の詠唱を行っていた。
「──お願い、お願い、お願い、風精霊さん……!私たちを……守って……!」
その声に、セオドアは我に返る。
逃げろ──頭ではわかっている。
でも、目の前の命が潰されていく。
(逃げて、次のループで……?)
そんな考えが浮かんだその時、耳元で自分の声がした。
『またお前はそうやって今を諦めて、仲間を見殺しにするんだ』
灰色の自分がニヤリと不適な笑みを浮かべる。
「......く!」
セオドアは歯を食いしばり、立ち上がるとノエルに向かって叫ぶ。
「ノエルさん!!下がって……!」
が、ミノタウロスの爪が一瞬で空気を裂いた。
「──ノエルさん!!」
ノエルの身体が軽々と宙に舞う。石柱に叩きつけられる。
空気が止まった。
もはや誰もが悟った。
これは“戦闘”ではない。
──“虐殺”だ。
命が、抗う隙間もなく潰されていく。
兎獣人のクルムが槍を構えて魔力を足に纏わす。
「ラピッド・ジャンプ!!!」
クルムが姿をかき消し、次の瞬間にはミノタウルスの胸に槍を突き立てていた。
「死ね!!化け物!!!」
クルムが槍を引き抜こうとすると、ミノタウルスの分厚い筋肉から槍を引き抜けないでいた。
「抜けない......!」
クルムの表情に焦りが見えたその時、クルムの足をミノタウルスが人形の様に引きちぎる。
「ぐぁああああああ!!!」
クルムの断末魔がこだまする。
ミノタウルスは見せつける様にクルムの目の前で足を咀嚼して見せる。
「うぁああああ!!」
クルムが悲鳴をあげる。
「くそ......が......ぁあああ!!!」
セオドアは意識を強引に集中させる。
「ブレイン・ブースト──!」
魔力が全身を駆け巡り、神経を焼くような熱が思考を貫く。
それでも、斧を握る手に力が戻る。
「この……っ、化け物があああああああああ!!!!!」
セオドアが跳躍し、渾身の斧を振るった。
だが、ミノタウロスはその一撃を指先で受け止めた。
斧がきしみ、セオドアの体が空中で静止する。
「な……ッ!?」
ミノタウルスの返す掌底が腹を抉った。
空気が抜ける音。内臓が焼けるように痛む。
そして次の瞬間、大地が頭に迫った。
セオドアは地面を転がり、血を吐きながらそれでも立ち上がろうとする。
背後に、ザガンの声が聞こえた。
「……もう、終わりかよ……!」
セオドアがザガンを見上げるとザガンの右腕はあらぬ方向に曲がり、血を滴らせていた。
「こんなところで終わってたまるかよ......!」
半壊した身体で、ザガンがなおも短剣を構える。
二人は、何も言わずに目を合わせた。
これが最期の一撃になることを、互いに理解していた。
セオドアはビチャビチャと身体から大量の血液を撒き散らしながらも立ち上がる。
「まさか、野郎と......しかも、こんなガキと一緒に死ぬ事になるとはな......」
「......」
セオドアは虚な眼で斧を構える。ザガンは「へっ」っと鼻で笑う。
そして、同時に飛ぶ。
渾身の斧と影の一撃が、ミノタウロスの胸へと──。
──届くことはなかった。
光のような速さで繰り出された角の一撃が、二人を弾き飛ばした。
岩に叩きつけられた身体が、音もなく崩れ落ちる。
意識が、暗転する。
セオドアは、薄れゆく視界の中で思った。
誰も救えないまま、また一人、命の灯が消えていった。




