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第十三話 暴力の権化【1/2】


 グシャアアア!!


 何かが潰れて噴き出す様な音が聞こえた。


 くちゃ、くちゃ、と何かを咀嚼するような、生々しい音。湿った空気の中に、鉄のような匂いが混じる。瞬間、背中を冷たい恐怖が這い上がった。


「……なんだ……?」


 セオドアがテントから顔を出す。


 各々のテントからうなされる様な声が聞こえる。


「みんなも......悪夢を......?」


(みんなが同時に悪夢を見るだなんて、何かおかしい......)


 テントから聞こえる仲間達のうめき声を除けば、静まり返った野営地。


 焚き火の残り火がかすかにゆらめき、仲間たちのテントが周囲に散らばる。だが、どこか様子がおかしい。


 重たい沈黙――違う。何かが、いる。


 セオドアは斧を手にして外へ出る。湿った冷気に肌が粟立ち、次の瞬間、視界に飛び込んできた光景に、思考が止まった。


 焚き火の側で、何かが蠢いていた。


 ――それは「何か」ではなかった。


 全長五メートルを超す巨躯。筋肉の塊のような肢体に、黒ずんだ皮膚。頭には二本の湾曲した角が生え、牛のような顔が、何かに喰らい付いている。


 黒い......ミノタウルス......?


 その牙が咥えていたのは、人であった。


 血の気の失せた腕。胴体を噛み千切られ、力なくぶら下がった足。


 見覚えがあった。


「……ヴァンベッタ……さん?」


 絞り出すような声が漏れる。


 クロー・リングの紅一点で魔法使いを務めていた狐獣人の女性。


 フィオナとノエルと笑い合っていた顔を思い出すが、今目の前でミノタウルスに捕食されている彼女の顔は虚で、ミノタウルスが咀嚼する度に身体が揺れているだけであった。


 咀嚼音。骨が砕ける音。ぐちゃり、と肉が潰れる音が、静かな闇に響く。


 その時、テントから犬獣人のグウェンが顔を出す。同時に他のテントからドランも顔を出した。


 二人は目の前の光景に一瞬固まる。何が起こったのかを理解した。


 グウェンの表情は恐怖へと変わったかと思うと憎悪を露わにし、牙を剥き出した。


「ヴァンベッタ!!!!!」


 グウェンは剣を引き抜き、ヴァンベッタを咥えるモンスターへと駆け出した。


「グウェンさん駄目です!!止まって下さい!!!」


 セオドアは咄嗟にグウェンを引き止めようと声を発する。


「よくもヴァンベッタを!!!!」


 グウェンが剣を振り上げたかと思ったその時、ミノタウロスは彼らの存在すら気づいていないかのように、ゆっくりと手を上げた。


 ドゴォンッ!


 グウェンの体が、まるで紙くずのように地に叩きつけられる。肉が潰れる音があたりに「ビチャビチャ」と飛び散る。


「くそ!」


 ドランが大楯を構えて、ミノタウルスの前に出る。


「ドランさん!!やめ──!」


 ミノタウロスは大楯を構えるドランをものともせず、鷲掴みにする。その動きは素早く、ドランも一瞬の事に目を見開く。


「あぁ......やめて......やめて下さい......」


 セオドアが絶望した様に呟く。


 ミノタウルスは手に掴んだドランの胴体を、貝でも開くかのように握り潰した。


 ミシ……ミシミシミシッ……


 甲冑が悲鳴を上げる。鈍い音と共に血が噴き出し、ドランの叫びが喉の奥で潰れた。


「──ドランさんッ!!」


 セオドアの叫びは虚空に吸い込まれていく。


 火の粉が舞い上がる。赤黒く濡れた地面に、仲間の命が転がった。


 それは、戦闘ではなかった。虐殺だった。


 ──理不尽。それ以外に、言葉はなかった。


(なんで……ここに……?)


 目の前の存在は明らかに、通常の階層に出現するような相手ではない。


 セオドアは息を呑んだ。


 そして、恐る恐る呟く。


「……第五階層の……フロアボス……?」


 セオドアは、目の前の現実を理解しきれずに立ち尽くしていた。冷たい汗が首筋を流れ落ちる。呼吸すらまともにできなくなる。


 ミノタウルスはドランから血を浴びる様に飲むとドランだった肉塊を無造作に放り捨てる。


 肉塊が地面に転がる「グチャリ」という生々しい音と鎧の破片が地面に転がる音が胸がこれでもかと締め付ける。


 寡黙でいつも前に立って僕を支えてくれていた大きな背中は、鎧の残骸と肉片が入り混じり、跡形もなかった。


「あ......あぁ!!ドランさん!!そんなぁあああ!!!」


 セオドアが絶望して膝をつき、絶叫する。


 圧倒的な死の気配。仲間の命が、たった一撃で奪われた。


「ドランさん……ドランさん……!」


 膝が震える。握った斧に力が入らない。


 それでも、彼は目を逸らさなかった。逸らしてしまえば、何もかも終わると分かっていた。


 そのとき、もう一人の影がゆらりと立ち上がった。


「──第五階層の……フロアボス……」


 ベルザだった。


「間違いない……あれは……本来なら、ここに出てくるはずのない……第五層の、ミノタウルスだ……!」


 ベルザも気が動転しているのか狼狽えている。


「なんで、こんなところに……!」


 騒々しさから休憩を取っていた仲間達は悪夢から目を覚まして、ぞくぞくとテントから出てくる。


 フィオナとノエルも目の前の惨状に一瞬固まり、そのうちにドランの鎧と肉塊を見つける。


「いやぁああああああああ!!!!!!」


 ダンジョン内にフィオナの悲痛な叫びがこだました。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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