第十一話 共同探索【1/2】
湿り気を帯びた朝の空気が、街ルーメンベルに静かに広がっていた。
ダンジョン第二層《滴る迷路》の攻略から一夜が明け、ブックメーカーの面々はギルドでの報告を終えて一日を休養にあてた後、事務所の会議室に集まっていた。
「──第二階層も攻略し、次は第三階層《闇祀の殿》の攻略ですね」
セオドアが作成したダンジョンの簡易マップを指差しながらそう言った。
フィオナが腕を組んで眉をひそめる。
「第三階層ってあれよね......アンデッド系のモンスターが出るって言う......」
「アンデッド気持ち悪いから嫌だね〜......」
ノエルも顔を引き攣らせる。
「おそらく、アンデッドかそれに準ずるモンスターが出るでしょうね」
セオドアも少し顔を引き攣らせる。
「第三層は祭壇構造が各所に点在するって噂もある。生き物の気配が薄くて、冷えた空気がずっと漂ってるらしいよ」
ノエルはそう言って、身をすくめるように首をすぼめた。
「それに加えて、第二階層の下にある事から、湿気もあるでしょうね」
セリカは小瓶に入った香草の束を差し出した。手製の魔除け香だった。
「これは死霊やアンデッドに対して“拒絶反応”を示す香りです。気休め程度かもしれませんけど……」
セリカの取り出したアイテムに一同は表情を明るくさせる。
「ありがたいです。音爆弾みたいに、ピンチの時に役に立つかもしれないですからね」
セオドアは受け取った瓶を丁寧に布で包んでバックパックにしまう。
「音爆弾......そう言えば、さっき2階層のフロアボスも魚類型のモンスターだと仰ってましたね?」
セリカが思い出したかの様にセオドア達に質問する。
「はい。ギルドではラド・モーラと名付けられていました。フロアボスの出現エリアは湖の様になっていて、そこを泳いでいました」
セオドアの話にセリカは真剣に考え込む様に顎に手を当てる。
「道中、マッドフィッシュに第一階層のフロアボス、グラバルの喉袋を使って追い払ったりするのに活用できていたのなら......そのラド・モーラにも活用できるのではないでしょうか?」
セリカの提案にフィオナは身を乗り出す。
「確かに!ラド・モーラが水中に潜ってる時はこっちも手出しができないし、不意打ち喰らう前に音爆弾で攻撃できれば......!」
フィオナはセオドアを見る。
「もっと安全に退治できるかもしれませんね!さすがセリカさんです!」
「いやいやいや!みなさんの機転を他に転用できればって考えただけで......」
照れた様にセリカは両手を広げてぶんぶんと振るう。
「第二階層のラド・モーラの攻略法ですね!早速今日試してみましょう!これから更に深層に挑むにあたって、何度も往復する事になりますからこれはすごい発見ですよ!」
セオドアの後押しにセリカは照れながらも頷く。
「そ、それでしたら、グラバルの喉袋だけでなく、他にも代用が効くものがないか、私の方でも作ってみますね」
「おぉー!それなら爆発させ放題だね!」
ノエルは目を輝かせる。
「ラド・モーラにも音爆弾が有効だったら冒険の書にも掲載できる有用な情報になりますね!」
順調に進んでいるセオドア達をみて、マックスが笑みを浮かべる。
「ダンジョン攻略が順調に進んでいる様で私も安心ですね。
このルーメンベルを起点に冒険の書の近隣の街への流通も滞りなく進めています。売り上げも上々です。この調子ですとアトラス商会立ち上げ時の借金を返済する日もそう遠くないでしょう」
マックスの言葉にセオドア達は顔を見合わせる。
「やったー!!一生分の負債が完済よー!!これからはじゃんじゃん稼げるわね!」
「やったよ〜!!」
「マックスさん本当ですか!?」
「ええ、他の街ではかなりの売り上げです」
セオドアはマックスの“では”と言う言葉に引っ掛かりを覚える。
「他の街では......?」
「このルーメンベルでの売り上げは他の街に比べて、芳しくありませんね。理由ははっきりしていますがね」
セオドアは窓の外に見えるグランベルを見つめる。
「この街にいる冒険者の目的はダンジョン攻略......」
「はい。やはりルーメンベルではダンジョン攻略を目的とした冒険の書の作成が必須と言う事ですね」
「わかりました」
セオドアはマックスの言葉に力強く頷き、フィオナ達アトラス商会の面々がそれに続いて頷いた。
ルーメンベルの街の中心。ダンジョンの入り口には人だかりができていた。
「何でしょう?いつもの活気とは違う様な......」
「そうね。情報市がごった返してるのは変わりないけど、ダンジョン前がやけに騒がしいわね」
セオドア達は疑問に感じつつ、ダンジョンの入り口を目指すと人だかりの中心が見えた。
「げ。あれって......」
フィオナの顔が引き攣る。
人だかりの中心にはある冒険者パーティーが立ち並んでいるのが見えた。
その冒険者を囲んだ他の冒険者達が口々にそのパーティーについて話しているのが耳に入る。
「あれがクローリングのダンジョン攻略メンバーか......」
一人の冒険者が唸る様に口にする。
「あの兎獣人の男は槍使い、クルム。兎獣人の脚力を活かした音速の突きは鉄をも貫くらしい」
次に狐の獣人の冒険者に目を視線を移す。
「隣に居る狐獣人の魔法使いはヴァンベッテ。攻略メンバーの紅一点。今じゃルーメンベル一の魔法使いって話だ」
そしてまた次の冒険者に視線を移す。
「犬獣人の弓使いはグウェンだ。獣人パーティーの中でもグウェンの嗅覚と聴覚は飛び抜けているって話だ。目を瞑っても匂いと音で獲物を仕留める事ができるってよ!」
更に次へと視線を移す。
「そして......新進気鋭のクロー・リングの副クランマスター......双剣使い、黒豹のザガン!!攻略組のエースだ!クローリングに入ってメキメキと頭角を表して副クランマスターまで上り詰めた実力者だ」
「へぇ〜!大したもんだな」
そして一同はザガン達の中央で一際大きい牛の獣人へと視線を向けた。
「あの真ん中に居るのが、クランマスター......そして、ルーメンベル最強の大楯使いのベルザ・ドルグだ!ほとんどダンジョンに篭ってるらしいから滅多にお目にかかれないぞ!」
冒険者の解説に一同が感嘆の声を漏らす。
「へぇー、てっきりあのクロー・リングの行進だとかで他の冒険者からヘイト買ってると思ってたのに、人気者なのね」
周りの野次馬の反応をみてフィオナが声を漏らす。
「そうですね。ダンジョンの街とも言われていますから、ダンジョン攻略のトップとなると羨望の的なのでしょうね」
セオドアはそういうと、フィオナは「そんなもんかな〜」と納得いかない様子であった。
「さぁ、僕らはダンジョンに向かうとしましょう」
セオドアがそう言って人混みを縫って歩き始めると、ザガンの声が聞こえた。
「おー、いたいた!待ってたぜ」
セオドアが振り向くとそこにはザガンが立っていた。
「ザガンさん......おはようございます。“待ってた”って言うのは、僕たちをですか?それともフィオナさんのことですか?」
セオドアの言葉にザガンは目を点にさせる。
「フィオナ......?誰だそれは?」
「私のことよ!」
ザガンの返答にフィオナは噛み付く様に言い放つ。
ザガンは驚いた様に目を丸くさせる。
「おぉ!レディ!!今日も美しいな!そういや、レディの名前を聞いてなかったな!フィオナと言うのか!これまた綺麗な名前だ!!」
プロポーズまでしてきたザガンであったが、フィオナは名乗っていなかったからか、名前すら知らなかったのであった。
「そういや、こいつに名乗ってなかったわね......墓穴掘った......」
フィオナは頭を抱えるとじろりとザガンをみる。
「それで?もしかして私に用なの?そうだとしたら、そろそろストーカー被害を出すわよ」
フィオナは呆れた様にザガンをみる。ザガンは焦った様に取り繕う。
「待ってくれ!レディ......いや!改め、フィオナ!君を探していたってのも嘘じゃないが......ブックメーカーを待ってたんだ!」
セオドア達は顔を見合わせる。
「僕たちをですか?」
「そうそう!」
ザガンはそれが言いたかったとばかりに指を指す。セオドアとフィオナはしばらく互いに首を傾げるとセオドアがザガンに疑問を投げかけた。
「えっと、何か用ですか?」
「昨日ギルドにダンジョンで拾った手帳を提出したのはあんたらだろ?」
セオドア達は昨日、ヴェロニカギルド長に提出した冒険者の手帳を思い出す。
「はい。確かに」
「それでだ。ギルド長から直接ベルザさんに声が掛かった。ベルザさんが手帳を見つけたあたりの調査をしたいって言っていてな。手帳が見つかった場所を把握しているのは......?」
そう言ってザガンはセオドアの表情を見る。
「僕たちですね」
「そう!つまり俺たちクロー・リングとあんたらブックメーカーの合同でのダンジョン探索の申し入れって事だ」
ザガンはそういう時誇った様に腕組みをする。ザガンの言葉にフィオナとノエルが顔を見合わせる。
「合同!?」
「そう!合同だ!ただ、調査の案内をさせるだけってのは筋が通らねぇから、第三階層の攻略を俺たちがサポートする事を条件にあんたらには第二階層のその手帳が見つかった付近まで案内してくれりゃあいい!」
「第三層の攻略を一緒に......!」
セオドアはザガンの提案に目を見開いた。
「どうする?」
フィオナがノエルとセオドアの肩を抱いて声を下げて相談する。
「クロー・リングの攻略組って全員プラチナ以上なんでしょ?こんなに心強い事ないんじゃないの?」
ドランが静かに頷いた。
「......強者から学べるいい機会だ」
ドランの言葉にセオドアも頷く。
「そうですね。あの手帳の情報共有はこれからのダンジョン攻略にとって重要なことかもしれませんし、協力を惜しむ理由もありません。
ドランさんが言うように僕たちとしても、高ランク冒険者から学べるいい機会です」
一同の意見が一致したところでセオドア達はザガンへと向き直る。
「分かりました。こちらとしても、ルーメンベル最強の冒険者がどうやってダンジョンに挑むのか、興味があります。協力させてください」
「そうこなくっちゃ」
セオドアの返事を聞いたザガンは笑みを見せた。
クローリングとブックメーカーの合同探索に了承したセオドア達にクロー・リングの攻略組が合流する。
「ブックメーカーの諸君、今回の合同探索を快諾してくれてありがたい限りだ。是非道中にでもあの手帳について聞かせてほしい」
「えぇ。こちらもクロー・リングとダンジョンをご一緒させて頂き、ありがとうございます。若輩ながら学びの場とさせて頂きます」
「君達ほどの冒険者パーティーに教えられる事はそう多くはないと思うが、よろしく頼む」
ベルザはセオドアに手を差し出す。セオドアは差し出された手を取り、硬い握手を結んだ。




