第2話 朝食は王子と共に
「ど……っ! どうして王子がここにっ!?」
朝食の席に王子が姿を表し、驚いた私はガタタッと席を立って後ずさった。
「どうしてって……。一人で朝食をとるよりは、二人の方が楽しいだろう? 私の分もここに運んでもらったんだよ」
「運んでもらったって……そんな、断りもなくっ」
こっちにもこっちの都合というものが……!
「え? 迷惑だったかい?」
「めっ……いわく、ってワケじゃ、ない……です、けど……」
「そう? ならよかった」
満足げな笑みを浮かべると、王子は私の正面の椅子を引いて腰を下ろしてしまった。
……うぅ。
この人って、どうしてこう……。
「それよりサクラ。今日は、神様のところへいくという話だっただろう? いつ頃出かけるんだい?」
「へ?……あ、ああ……。できれば、早めに出かけたいとは思ってますけど……」
「そうか。では、朝食が済んだら出かけることにしよう。昨日のように遅い時間では、危険過ぎるからね」
「……は、はあ……」
う~ん……。
やっぱり、なんだかんだで王子のペースだなぁ。
私は複雑な気持ちになって、じとっと王子の顔を見つめる。
陽の光の下で改めて見ても、王子はまぎれもなく美形だった。
ビターチョコレートのような濃い茶色の髪。凛々しく整った眉、くっきり二重のまぶた。
瞳の色は、光の当たり方で変わって見えるみたい。昨日はイエローブラウンに見えたけど、今はライトブラウンにライトグリーンが混ざったような、微妙な色合い。
そして、高く通った鼻筋と、引き締まっていて形の良い唇……。
……ん? 唇?
「~~~っ!」
昨夜の『おやすみのキス』の記憶が蘇り、私の顔と体は沸騰したかのように熱くなった。
――バカ!
何考えてるのよ、朝っぱらから!?
……あんなの、この世界ではきっと常識なのよ!
特別な意味があるワケじゃない!
日本人から見た、欧米の人たちの挨拶のキスのような……文化や習慣の違い。ただそれだけ!
絶対絶対、特別な意味なんてないんだからっ!
私が気持ちをかき乱されている間も、王子は涼しい顔で給仕の様子を眺めている。
そしてふと、何か思いついたように私に顔を向けると。
「そうだ。神様と言えば、私もひとつ思い出したことがあるんだ」
「……思い出したこと?」
「そう。君は、神様が〝力を使う時だけ〟花を咲かせる……という話を、聞いたことがあるかい?」
「――へ?……え、ええ、まあ……。ありますけど」
……って……ん?
あ……あぁーーーっ、そうだ!
すーっかり忘れてた!
「そうだよ、エレンさん!」
「――っ! は、はい? いかがなさいましたか、サクラ様?」
私がいきなり大声を上げたものだから、給仕をしていたエレンさんはビクッと肩を震わせた。
王子もキョトンとした顔で私を見つめている。
「あ……。ご、ごめんねエレンさん。いきなり大声出して」
「い、いえ……」
「王子の話を聞いて、私も思い出したの。カイルさんがルドウィンに向かう前に聞いたっていう……エレンさんの、神様のいる辺りが白っぽく光ったって話」
「え? あれをエレンも見たのかい?」
王子は目を見開いて、エレンさんに視線を移した。
「『エレンも』?……って、じゃあ王子も!?」
私は両手をテーブルにつき、ガタッと立ち上がった。
「そうなんだ。昨日、サクラから、リアの行方についての推察を聞いて、私もいろいろ考えてみたんだが……。リアがサクラと入れ替わりで、サクラのいた世界にいってしまったのだとしたら……そんな奇跡が起こせるのは、やはり神様しかいないと思ってね」
「ですよねっ? 神様の力しかないですよねっ?」
「ああ。そうとしか考えられない。……そこで思い出したんだ。昨日の明け方……いや、それより少し前だったかな。国境の丘の上から、城の方角を眺めていた時……ほんの一瞬だったが、森の辺りが白く光ったように見えてね」
昨日の明け方頃!?
――エレンさんと一緒だ!
「そう、明け方! エレンさんが見たのも、そのくらいの時刻だったんでしょ?」
「え?……あ、はい! そうです。私も見ました。神様がいらっしゃる辺りが、一瞬、白っぽく染まったんです」
ああ……やっぱりそうなんだ。
やっぱり姫様は、神様の力で……。
……ん? でも、待って?
白っぽく染まったってのが、神様が力を使った時――つまり、花を咲かせた時ってことだったら、花びらはどこにいったの?
花が咲いて、すぐ散っても……花びらは周りに落ちるはずだよね?
でも、昨日行った時には……神様の周りに、花びらは一枚も落ちてなかった。
……どういうこと?
花びらも消滅しちゃったの?
それとも――……。
「――サクラ?」
ハッとして顔を上げると、王子が心配そうに私を見つめていた。
「どうしたんだい? 深刻な顔で黙り込んで……」
「あ……。いえ、あの……。ちょっと気になることが……」
「気になること?」
「……ええ。昨日、王子とエレンさんが見たのが、神様が咲かせた花だったとしたら……。そして、すぐ散ってしまったんだとしたら。神様の下とか、その周辺には……花びらが落ちてるはずですよね?」
「ああ、そうか。そう言えば……花びらはどこにも落ちていなかった。……とすると、あの白い光のようなものは……いったい、何だったんだ?」
王子は考え込むように腕を組み、私はストンと腰を下ろして頬杖をついた。
神様は力を使う時にだけ、花を咲かせる。
だから、王子とエレンさんが見たものが神様の咲かせた花だったとしたら。
姫様が消えた時間帯とも重なるし……まさにその瞬間、姫様は私がいた世界に飛ばされた――ってことで、まず間違いないと思う。
……でも。
花が咲いた後、花びらがどこにも見当たらないなんて、おかしいよね?
花は咲いた。なのに、花びらはどこかへ消えた?
それとも、花は咲かなかった。だから花びらもない。……そういうこと?
でも、だとしたら……王子とエレンさんが見た白っぽいものの正体は……何?
王子も私もすっかり考え込んでしまい、沈黙が長く続いた。
すると、セバスチャンが。
「サクラ様、ギルフォード様。お気持ちはお察しいたしますが、そろそろお召し上がりくださいませんと。……ご朝食が冷めてしまいますぞ?」
――あ、そっか。
まだ朝食中だったんだっけ。
取りあえず、食べ終わってから考えようということになり、私と王子は慌ててフォークとナイフを手に取った。




