第20話 パニック!
王子に名前を呼ばれたとたん、何故だか急激に恥ずかしさが襲ってきて――。
気が付くと、私は大声で宣言していた。
「わっ、私、もう部屋に戻りますっ!」
急いでその場を離れようとすると、王子は焦ったように私の腕をつかむ。
「ちょ――っ、ちょっと待ってくれ! どうしたんだい、急に?」
「べ、べつにどうもしませんけど……。でも、もうここにいたくないんです! 離してくださいっ」
王子の顔を見ないまま、その手を振り払おうとした。
だけど、王子の力は思った以上に強く、振り払うことはできなかった。
「待ってくれ!――すまない。そこまで君を不快な気持ちにさせていたなんて……。許してくれるまで何度でも謝る。だからもう少しだけ……君の話を聞かせてくれないだろうか?」
王子は私の両肩をつかみ、真摯な眼差しで懇願する。
その眼差しが妙にまぶしくて、私は慌てて顔をそらした。
……なんで!?
さっきまで普通に見てたはずなのに……なんでなの!?
なんでいきなり、王子の顔が直視できなくなってるのーーーッ!?
心臓が息苦しいほど速く、大きく鳴り響き――急速な変化についていけなくて、私は完全にパニック状態だった。
「サクラ、どうしてこちらを向いてくれないんだ!……もう、顔も見たくないということなのか?」
違います!
そんなんじゃありません!
伝えたかったけど、言葉が出てこなかった。
私は答える代わりに、大きく首を横に振った。
「本当に? 怒っているわけではないんだね?」
ブンブンと、今度は縦に首を振る。
「……よかった。安心したよ。君を傷付けるようなことをしてしまったのかと思った」
王子は微かに笑みを浮かべ、私の肩からそっと手を離した。
「できることなら、もう少し話していたかったんだが……。今日はいろいろなことが起こって、君も疲れただろう? あまり無理を言うのも悪いしね。楽しみはまた明日に回すとして……戻ろうか」
その言葉に、私は無言でうなずいた。
「うん。ではいこう」
王子の右手が自然と私の肩に回され、優しく抱き寄せられる。瞬間、私はビクッと身をすくめ、ギュウ~ッとキツくまぶたを閉じた。
「――ん? どうかしたかい?」
ぶん ぶん ぶん ぶん!
右に左に、大きく頭を振る。……強く振り過ぎてクラクラした。
頭上では、王子がクスッと笑ったような気配がして――。
「明日は、また神様のところへいくんだろう? 君の落とし物も、無事見つかるといいが……。そして、リアについての手がかりも」
王子の口から姫様の名前が出たとたんに、ハッとなる。
塔にいる間中、彼女のことを少しも思い出さなかったことが、なんとなく後ろめたくて……。
私は王子の言葉に無言でうなずいた。
王子は『足下に気をつけて』と言って肩を抱くと、私の左手をそっと握り、階段をゆっくりと下りていく。
上る時は、あんなに意地を張って王子の申し出を拒否していたのに、今は、王子に守られるようにして大人しく階段を下りている。
こんな階段、一人で下りられるのに。
王子の手なんか借りなくたって、ちゃんと下りられるのに。
なのに、どうして……?
――いつの間にか、ぼんやりしてしまっていたらしい。
「どうかしたかい、サクラ? 部屋の前に着いたよ?」
王子の声で、私はようやく我に返った。
「……えっ?」
驚いて顔を上げると、王子の心配そうな顔が目に入った。
「あ――! す、すみませんっ!」
まだ王子の腕の中だと気付いた私は、慌てて体を離した。
「ごめんなさいっ! ほんっとすみませんっ! ボーっとしてましたっ!」
「……いや。そんなに謝られるようなことではないが……」
少しの間、王子はポカンとした顔で私を見つめていたけど、すぐに優しく微笑むと、
「では、また明日。今日はゆっくりと体を休めるといい」
穏やかな声で語りかけ、部屋のドアを開けて中に入るよう促した。
「……は、はい。では、おやすみなさい」
そう言って、王子の前を通り過ぎようとした瞬間。
「――あ、ちょっと待って」
「え?」
いきなり王子の顔が近付いてきて――。
「――っ!」
あっと思った瞬間には、おでこにキスされていた。
「……おやすみ」
ニッコリ笑った後、王子はそっとドアを閉めた。
私は固まって……しばらくその場から動けなかった。
私が固まっていた間。
セバスチャンは慌てて部屋の外に出ていき、王子が泊まるための部屋へと案内するため、アンナさんと一緒に王子の後を追ったらしい。
エレンさんは部屋に留まり、固まっている私に恐る恐る声をかけたらしいけど。返事がないとわかると、オロオロと私の側を歩き回り、セバスチャンたちが戻るのをじっと待っていたそうだ。
私は数分後にようやく動き出し、エレンさんに、
「私、もう寝る。……おやすみなさい」
とだけ言ってベッドにもぐり込み、着替えもしないまま寝てしまったらしい。
――この間の記憶は、一切ない。
たぶん、さっきのことは夢なんだと思い込みたかったんだろう。
今時、おでこにキスくらいで……と呆れられるかもしれないけど。
私にとっては、あれがファーストキスだったの!
場所がおでこだろうが頬だろうが唇だろうが、関係ないんだから!
ルドウィン国第一王子、ギルフォード。
やっぱり、彼は要注意人物だ。
(……これからは、もっと距離を置いて接することにしよう)
私は強く心に誓った。




