第4話:静寂なる盛況
完全予約制を導入してから、二週間が経った。
『Farm Cafe Katze』の空気は、劇的に変わっていた。
「いらっしゃいませ。ご予約の佐藤様ですね、お待ちしておりました」
落ち着いたトーンで出迎える俺の声が、店内に穏やかに響く。
かつてのような喧噪はない。
一日に受け入れる客数を制限したことで、店内には常にゆったりとした時間が流れている。
お客様は皆、事前に注意事項を読み込み、わざわざ予約を取ってまで来てくれた人たちだ。当然、マナーもすこぶる良い。
「わぁ……本当に動画のままだ。静かで、空気が美味しくて……」
「料理も絶品だね。これが採れたて野菜の味か」
店内の撮影は料理の手元のみ。
そのルールのおかげで、以前のように立ち歩いてシャッターを切る者もいない。皆、目の前の食事と、窓から見える田園風景を純粋に楽しんでくれている。
「孝文、3番テーブルのお客様、デザートの追加オーダーです」
「了解。ほなみ、季節のフルーツタルト一つ頼む」
「はーい、喜んで!」
厨房のほなみも、以前のような殺気立った様子はない。
一つ一つの料理に丁寧に愛情を込められるペース配分。それが彼女にとって一番の喜びなのだろう。お腹の子への負担も最小限に抑えられているはずだ。
まさに、理想的な回転。
「スローライフ」と「商売」の両立。
俺たちは、ついに最適解を見つけた――そう思っていたのだが。
その日の閉店後。
片付けを終えて一息ついていると、裏口から「ごめんくださーい……」と遠慮がちな声が聞こえた。
顔を出したのは、お隣の猫村さんだ。
「あ、猫村さん! こんばんは。どうしました? 野菜の差し入れなら、いつもすみません」
「いやいや、今日は違うんだよ。あのなぁ、喜多くん……」
猫村さんは帽子を脱ぎ、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「実は、孫が遊びに来ててな。喜多くんの店のカレーが食べたいって言うんだが……サイトを見ても、来月まで『満席』ってなっててなぁ」
「あ……」
俺はハッとした。
サクラコが作った予約システムは優秀だ。優秀すぎて、予約開始と同時に枠が埋まってしまう。
その結果、ネットに張り付いている遠方の熱心なファンは来れるが、猫村さんのような地元の年配の方々が、ふらっと立ち寄ることができなくなっていたのだ。
灯台下暗しとはこのことか。こんなにも重要な事が頭から抜けていたなんて、情けない限りだ。
「す、すみません! 猫村さんならいつでも大歓迎ですよ! 今すぐ作りますか?」
「いやいや、ルールを破るわけにはいかんよ。みんな我慢してるんだから」
猫村さんは寂しそうに笑って、帰っていった。
その背中を見て、俺は胸が締め付けられるような思いがした。
俺たちを守ってくれたのは、誰だ?
あの騒動の時、鍬を持って駆けつけてくれたのは、猫村さんたち地元の人々じゃなかったか。
その恩人たちが入れない店なんて、俺たちが目指していた『Katze』なのだろうか。
「……孝文、難しい顔してるね」
いつの間にか、学校から帰ってきたサクラコが隣に立っていた。手にはタブレットを持っている。
「今の話、聞いてた。……システムの欠陥だね。ごめん、私が『効率』を優先しすぎた」
「いや、サクラコのせいじゃない。予約制にしたおかげで店が守られたのは事実だ」
俺はサクラコの頭を撫でる。彼女は高校生になっても、こういう時は素直に甘えてくる。可愛い奴だ。
「でも、このままじゃダメだ。俺たちは『世界への扉』を開いたけど、そのせいで『足元の扉』を閉めちまったのかもしれない」
「じゃあさ、こうしようよ」
サクラコがタブレットを操作し、画面を見せてきた。
そこには、予約システムの管理画面が表示されている。
「『地元民優先枠』を作るの。予約サイトを通さなくても、電話や直接来店で受け付ける席を、毎日必ず二席確保する。その代わり、住所確認はさせてもらうけど」
「なるほど……アナログな枠を残すわけか」
「うん。それと、テイクアウトも始めよう。店内で食べられなくても、ほなみちゃんの料理を楽しみたい近所の人は多いはずだから」
サクラコの提案に、厨房から出てきたほなみも目を輝かせた。
「それ、素敵です! カレーやサンドイッチなら、テイクアウトでも美味しく食べてもらえますし!」
俺たちの「スローライフ防衛戦」は、守るだけじゃない。
大切な人たちを受け入れるための、攻めの改革が必要なのだ。
「よし、善は急げだ。サクラコ、システムの改修を頼めるか?」
「任せて! 今夜中に終わらせる!」
「俺は猫村さんに電話してくる。『明日のランチ、空けときましたよ』ってな」
静寂と熱狂のバランスを取るのは難しい。
でも、俺たちならきっと、一番心地よい場所を見つけられるはずだ。
だって俺たちには、最強の頭脳と、最高の料理と、温かい仲間がいるのだから。
⚫︎あとがき
クロエ「うぅむ、便利すぎるのも逆に不便よね……」
烏骨隊長「そうであるな。今の時代だからこそ、昔ながらの慣習ややり方は大事にするべきである」
クロエ「にしても、サクラコも凄いわね。すぐにシステム改修できちゃうなんて」
作者「私もwebデザイナーとして働いてるからある程度分かるけどさ、システム改修なんてすぐに出来ないよ?」
烏骨隊長「そこは才女っぷりを発揮しているであるな」
作者「そうだね。もう知識を隠してないから、思うままに楽しんで欲しいね」




