クロバネとルル
サリルリ妃は、ふかふかのベッドの中で目が覚めると飛び起きた。
「ハ……、夢……?」
途中までは素晴らしい夢だった。自分が女王になろうとしていた。最後の戴冠式が中止となったのが残念だ。それもユウキ王子に邪魔された。
今でも悔しい感情が止まらない。
「これは正夢? それとも……警告? どちらにしてもユウキの存在が私を苦しめる。私の夢を実現するには、彼は邪魔でしかない……」
覚悟を決めたサリルリ妃は、クロバネを呼んだ。
「ご機嫌いかがですか、お姫様」
「クロバネ!」
やってきたクロバネにサリルリ妃が縋り付く。
「お願い! ユウキ王子を……」
ユウキを失うのは悲しくもあるが、すべてはニーナのためだ。
「そう言われると思っていました。もう手を打っています」
「そうなの?」
「はい」
クロバネは、前からユウキに目をつけていて、何度か命を狙ってきた。
ユウキが社交界デビューした日。
クロバネは、一般招待客に混じってサリルリ妃を見ていた。ユウキと踊ったのも知っている。
その時にピンときた。あの男をサリルリ妃が気に入りそうだと。
危険な芽は早めに摘むに限る。
それで命を取ることにした。
ゲーリー・ソースを利用しようとしたが失敗。
自ら街中で狙撃したが、護衛に邪魔された。
「王の時のようにやりますよ」
王の暗殺もクロバネが手配した。
大金を積んでプロのスナイパーに依頼。2㎞彼方から王の頭部を狙って打ち抜いた。
「お願いね。あの……、あまり苦しみを与えないでね」
「承知しました。では……」
クロバネは出て行った。
(サリルリ妃の命令がでた。これでいろいろな手段を使えるな)
サリルリ妃に頼まれたということは、大金を動かせるということだ。
周囲の人間を買収したり、高性能の銃を手に入れたり、殺し屋を雇ったり。それらが容易になる。
(王子殺しなら、今まで以上のお金が使えるだろう。あの邪魔な護衛も買収できるかもしれない。腕が鳴るな)
自然と張り切る。
廊下で銃を持つルルとすれ違った。
「……」
「……」
ユウキを狙ったスコープの中に、偶然入り込んだ女。どこかで見た顔だと思っていた。
「……ユウキ王子の近くにいたのはお前だな」
「……」
ルルは、あの夜と違って、今は髪色をピンクから目立たない黒にして、化粧もしていない。
ユウキといた夜とは全く違う姿だから、気付かれていないはずだった。
逆に、そのことを知っているクロバネが狙撃手ということだと、ルルは判断した。
「人違いですね。女の顔を見間違えるなんて、クロバネ様らしくないですね」
「……」
認めないまま、行こうとしたが、クロバネが強引に止めた。
「ちょっと、待て」
ルルの腕を掴む。
(このままでは、どこかに連れ去られて殺される!)
警戒したルルは、容赦なく銃口をクロバネに向けた。
「暴行するなら、ここで撃ち殺す」
「おい、私に銃口を向けたら、それだけで反逆罪だぞ」
「向けただけで反逆罪なら、殺しても同じ結果ということだな」
「この!」
ルルは、引き金を引いた。
クロバネが銃を力づくで動かしたので、発射された弾は天井を撃ちぬいて穴が開いた。
邸内に響いた発射音を聞きつけて、護衛たちが駆け付けた。
「どうした!」
「暴漢か!」
ルルの銃を掴んでいるクロバネに向かって銃口を向けようとしたが、リーダーが止めた。
「全員、銃を下ろせ!」
クロバネに銃口を向けることは許されていない。
彼の身に何かあればこちらが怒られる。
「クロバネ様、何があったんですか?」
「驚かせてすまない。彼女の銃が暴発したんだ」
「ルル、そうなのか?」
「はい。暴発です」
「暴発ということは、銃の手入れが不十分だったということ。当面、警護の任務から外れるように」
「分かりました」
ルルは、銃を仲間に渡すと連れていかれた。
「クロバネ様、お怪我はございませんか?」
「私があのような小娘にやられると思うか?」
「失礼いたしました」
クロバネは、自分を撃とうとしたルルのことが気になった。
(あの派手な女はやはりルルだ。何か隠しているに違いない)
ユウキも王子となったからには、何かしらの手立てを周辺が考えていてもおかしくない。
ルルをユウキの近くで見かけたということは、ルルは仲間なのだろうか。
(警戒すべき相手が増えたようだな)とクロバネは考えた。




