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王様は魔法使い  作者: 萩野満月
第一部 名前を憶えてもらえない系女子
11/12

10.願うは簡単、望むは難しい


「これは、一体?」


 マリーがそうつぶやくのも無理もなかった。


 金の刺繍が施された絢爛豪華な赤い絨毯は泥まみれ。洗礼された家具は散乱し、壁やカーテンの側面には、まるで水没した後のごとくくっきりと半分だけが黒くにじんでいる。そして、令嬢であるエリザベットは、ベットの上ではなく、子猫のようにキャストの上で縮こまっている。


 新しく入ったばかりのマリーには、この惨状は手にあまるものだった。


 とりあえず、ぐらぐら揺れているキャストに登っていたエリザベットを救出し、他のメイドたちに状況を報告しよう、そう思い至ったマリーは立ち上がり、家具をかき分け、エリザベットの救出に向かう。頭を抱え震えるエリザベットに手を差し伸べ、抱きかかえるようにゆっくりとキャストからおろした。よほど怖いめにあったのだろうか、愛らしいお顔は真っ青で、震えていたせいか手足はひんやりと冷たくなっている。


 マリーは、エリザベットを一旦、部屋と廊下の間にある控えの間にある椅子に座らせた。そして、夜番の時に使う刺繍のブランケットをエリザベットにかぶせる。


「お嬢様、大丈夫ですか。」

「えぇ、私は大丈夫です。」


「今から、私はこの状況を皆にお伝えしにまいります。申し訳ございませんが、しばらくお嬢様はこの場でお待ちくださいませ。」


 お嬢様を一人置いていくのは、心もとないが一刻も早く知らせなければならない。


 エリザベットを置いて、マリーは人を呼びに廊下を出た。エリザベットの私室は、旦那様や奥様、アリス様が使う本館より離れた別館にある。これは、亡き奥方様のご静養のために造られたた建物のため、広い割には本館よりも人数が少ない。今回はそれが裏目にでてしまったようで、周りに気づいているものがいないようだった。救援のためにマリーは急いで人を探した。


 2階の廊下を横切り、玄関前の階段を急いで降りると、入口近くで先輩のマリアが掃除しているのが見えた。


「マリアさん!エリザベットお嬢様が大変です。」


 マリーは急いで事の次第を話す。マリーのあまりの剣幕にマリアは驚いた顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻し、マリーに案内をすすめた。



「あれ?」


 そこには、以前と変わらない風景があった。


 泥まみれだった赤い絨毯は、まるで新品のような鮮やかさで足元を飾っていた。散乱していた家具はいつもの通りにそこに佇んでいる。水没した後のごとくくっきりと黒くにじんでいた壁やカーテンも汚れ一つない。


 そして、何より子猫のように震えていたエリザベットは、ベットの上ですやすやと吐息を立てて眠っている。


 マリーは信じられないという顔で、まじまじと部屋を見渡した。


 その後、アリアに厳重注意されながらも、マリーはどこか納得がいかないもやもやを抱きながら部屋を後にした。控えの間の椅子の上にはブランケットが乱雑にたたまれていた。




 マリー達が部屋を後にしたことを見計らい、目をぱちくりと開き、勢いよく起き上がった。


「危なかったわ。」


 マリーがいなくなった後、エリザベットは急いで魔法で部屋を片付けた。部屋がきれいになったあと、急いで言い訳を考えたが、皆を納得させられるような案が見つからない。そうこうしているうちにマリーとマリアの声が廊下から聞こえてきたので、苦肉の策として狸寝入りを選んだのである。


 叱られているマリーには申し訳ないのだけど、なんとか乗り切ったエリザベットは脱力した。

マリーの待遇が悪くならないよう、あとでマーサに頼まなければならない。


「疲れたわ。」


 それにしても、魔法というのはこうも使い勝手が悪いのだろう。呪文を唱えれば何でも叶うが、本人の希望通りに使えないのでは意味がない。もっと頭の良い人が使えば、役立つかもしれませんが、あいにく頑張って使いこなそうするほどやる気も興味もない。


 そもそもエリザベットには、願いごとがない。


 やりたいこともなければ、夢もない。できないこともあるが、できなくても困らないことの方が多い。自分のできないことは、できる人に任せればよいのだから。


 そもそもエリザベットに求められているものといえば、世間一般の令嬢と同じく、貞淑なレディとして恥をかかないよう過ごすこと。そして、将来お家の繁栄のために、貴族の殿方と結婚し子供を産むこと。この2つだけなのだ。


 小さい頃は、お空を飛びたいとか、宝探しにいきたいとか、そんなことを考える時期もエリザベットにはあった。でも、そこは物語を読めば事足りる。空想の世界から抜け出して、現実でやりたいとまでは思わない。


 一番無難なところでは、亡くなったお母さまに会いたい、というもの。


 幼い頃から母親というものがいないエリザベットは、ことあるごとにお母さまという存在を意識せざる負えなかった。貴族の小さなレディたちが出席するお茶会やパーティは、母親がいないせいで一人お留守番させられる日々。少し大きくなった頃も、お友達の作り方ががわからず、いつも一人ぼっち。ミランダ夫人がお父様と再婚した時は、どこか自分の存在を否定されたようで言いようもない寂しさと焦燥感にかられたこともあった。


 しかし、今は不思議と母親に会いたいとは思わなかった。


 魔法で人を生き返らせることはできるかもしれないが、半端な呪文を唱えてまで会いたいとは思えない。それが今のエリザベットの正直な気持ちだった。どうしてそう思うようになったかはわからないけれど。もしかしたら、これが大人に近づくというものかもしれない。


 結論のない答えを導き出すことを早々に放棄して、エリザベットは起き上がった。そして、昨日まで指していた刺繍の続きをしようと、サイドテーブルの引き出しから裁縫道具を取り出すのであった。


こんにちは。私はメイドのマリアと申します。

本日は、トランティニャン家の別館についてお話したいと思います。

トランティニャン家の別館は、通称「駒鳥の集落」と呼ばれる一角にございます。

農村に見立てたこの小集落は、

人工湖の周りに農場、製粉所、漁業、酪農場、見張り塔といった建物で構成されています。

家の外装こそ田舎の建物と呼ぶべきシンプルなものですが、

インテリアは高品質で豪華な内装というギャップがすごい建物です。

静養なさっていた奥様の心の慰めになるよう故郷の村を模して建立された建物で、

マクシミリアン様の愛を感じますわ。

私も、いつか私のためにお屋敷を立ててくれる殿方と結婚したいものですね。

(by 乙女はいつも夢見るメイド)

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