第十四話
「雪也さんは、あの時の白蛇さんですか?」
「はい…。」
「もしかして、その雪也って名前の由来は…。」
「昔好きな子に雪みたいに白いって言われて嬉しくてそう名乗り始めました…。」
あの後、落ち着いた雪也さんと私は椅子に座り、顔を合わせていた。尋問みたいになってしまっている感が否めないけど、私も雪也さんも、お互いの腹を割って話す気になっていた。しかし、雪也さんは気まずいのか、両手で顔を覆ったままぼそぼそと喋り続けていた。
「あの日、俺は心に誓ったんや…この子のことは俺が幸せにするって…。」
「でも、あの時の雪也さんって本当に普通の白蛇さんでしたよね?」
「そうや…だから俺は…蛇神になれば人の姿を得られる、蜜葉と対等に話せる、この手で、蜜葉を幸せにできるって…。」
「俺が蛇神になれた頃には、茅吹家は無くなってて、蜜葉もおらんくなって…!」
「他の人と結婚して幸せになってるんならそれでええと思ったんや!蜜葉を笑顔にできるのは俺じゃなかったってだけやって言い聞かせた!」
「でも…この階級社会で生きていても、茅吹家の…蜜葉の話は全く聞かんかった。もしかしたら亡くなったんやないかって最悪なことも想定した!」
静かに話していた雪也さんは、熱が篭って段々と声を荒げて話すようになった。顔をあげた雪也さんに、私は強く抱きしめられた。突然のことでびっくりしたけど、私はされるがまま彼の背に手を伸ばして、彼を受け入れた。少しだけ見えた雪也さんの顔は酷く憔悴していて、彼がどれだけ私のことを想ってくれていたのかを実感させられた。
「そんなある日、紺に誘われて行った料亭で、蜜葉を見つけた。あの時のことは二度と忘れられん、俺が見間違えるはずがない、あれはあの時の女の子やって!」
「その後、蜜葉が料亭を辞めさせられたことを知った。これは機会やと思った。」
「ゆ、雪也さん、ちょっと苦しいです…。」
「…はっ!すまん、1人で熱くなってしもて。」
強くなる雪也さんの包容にギリギリまで耐えていたけど、私はついに根をあげてしまった。熱くなっていたことに気が付いた雪也さんはパッと私を解放し、申し訳なさそうにしながら皺になった衣服を整えてくれた。
「…幻滅したか?」
「どうしてですか?幻滅されるなら私の方です。勝手に私物に触れてしまったのですから。」
「そうやなくて、俺が、ずっと付き纏いみたいなことしてたん…。」
雪也さんは私の肩を両手で抱えながら、小さくなって項垂れている。
彼の言う付き纏いとは、所謂ストーカーというもののことだろうか。最近覚えた言葉だけど、雪也さんは私を怖がらせたり害になるようなことはしなかった。実害が出ていたら、嫌悪感を抱く事になっていたかもしれないけど、今の私には全くそんな気持ちはなかった。
「幻滅なんてしてません。」
「ほんまか?ほんまにか?」
「はい。全てを失って、母と共に死ぬかもしれない運命にあった私を救ってくださったのは、紛れもない事実ですから。むしろ、感謝しないといけません。」
「そんな、そんなこと…。」
雪也さんは感情の行き場を失っているのか、頭を揺らしながらキョロキョロと視線を彷徨わせている。そんな彼の顔を両手で抱え、動きを止めて視線を合わせてみる。私の行動が予想外だったのか、雪也さんはきょとんとしたまま私と顔を合わせている。いつもはひんやりとしている彼の肌が、今は少しだけ暖かいような気がした。
「雪也さん、気付くのが遅くなってすみません。そして、ありがとうございます。こんな私を好きになってくれて。」
「み、蜜葉…。」
「愛しています、雪也さん。」
そう言うと同時に、私は顔を寄せ雪也さんに口付けた。
唇の端に一瞬だけ、確かにそこに温もりを残した。
「…はっ!すみません勢いでつい!私ってばはしたないことを!」
顔を話した途端に冷静になり、私は勢いよく雪也さんから離れた。雪也さんは惚けたまま、ゆっくりと自分の手を唇の端に這わせている。
「…かい。」
「え?」
「もう一回、口付けしたい…。今度は俺から、してええか?」
「ど、どうぞ…。」
そう言って私たちは、二度目の口付けをした。ぎこちなく、お互い力が入ってしまってそれどころではないけど、お互いの存在を確認し合うように顔を寄せあった。
◇◇◇
その日の夜。
私たちはいつものように、同じ寝室の同じ寝台で横になった。冬の一番寒い時期は通り過ぎたけど、まだまだ空気はひんやりしていて、2人で身を寄せ合って同じ布団に入る。
「…蜜葉は。」
「はい?」
「いつから俺のこと、異性として意識してくれたん?」
「…雪也さんに、思い出の人がいるって知った時です。」
私は素直に言葉を繋いだ。
数ヶ月前に雪也さんが酔い潰れて帰ってきた夜。あの時のあの言葉で、私は彼への気持ちを自覚したことを、正直に話した。
「でも、あれって仕事のお師匠様のことだったんですよね。」
「…いや、あれ嘘や。」
「…え?」
「俺酔っ払っても記憶残るタイプやねんけどな、目の前にいる蜜葉を蜜葉と認識しないまま、蜜葉への感情をこぼしとったんや。」
「…と、言うことはつまり…。」
「言わせんなや、あほ…。」
雪也さんはもぞもぞと動くと、私の胸に顔を埋めて沈んでいった。暗がりでよく見えないけど、多分耳まで赤くなって照れているのだと想像がつく。
そんな彼が愛おしく思えて、私はそっと流れる髪に手を這わせて撫でる。彼はくすぐったいのか少し身を捩ったけど、されるがまま私の手を受け入れていた。
「その…雪也さん、こんな状況で言うのもなんですけど。」
「…どうしたん。」
何かを察したのか、雪也さんは頭を撫でている私の手をゆっくり退かし、元の姿勢に戻った。私の左薬指に光る指輪の宝石と同じ赤い瞳が、私の目をじっと見る。
「そろそろ…あの、どうかと思って…。」
「おん?」
「どうでしょうか…赤ちゃん…とか…。」
「………。」
私は恐る恐る、その単語を口にした。契約結婚という言葉に縛られることのない、素直な気持ちを伝えた。
結婚した最初の方に、勢いに任せた子作りを提案したことはあった。だけど、あの時は雪也さんに嗜められ、そのまま時が流れて今に至る。
「確かに子供は欲しい。けどな。」
「はい…。」
「今はまだ、子供はいいかなって思ってるんや。しばらくは夫婦2人の時間を楽しみたいやん?」
「そ、そうですか。」
「でも…。」
雪也さんはむくりと起き上がり、ゆっくりと私に覆い被さるような姿勢になった。そのまま口付けをされ、私はされるがままそれを受け入れた。
「こういう言葉もあるやん、据え膳食わぬは男の恥ってな。」
「あ…。」
「蜜葉からお誘いしてくれるの、俺がどんな気持ちで聞いてるか分かるか?年甲斐もなく舞い上がってんねん。」
雪也さんは不敵に笑い、私を寝台に縫い付けるように抱きしめた。
2人の影が、夜に溶けていく。
◇◇◇
「…ん。」
気だるげな微睡の中、私は目を覚ました。早朝の冷え込みに身震いをし、布団を手繰り寄せる。が、そんな私の思惑を察するように、誰かの手によって私の体に布団が寄せられる。
「…雪也さん、おはようございます…。」
「ん。おはようさん。」
私は目を擦りながら、彼の声のする方向に視線を動かした。雪也さんは横向きで寝ながら、私の寝相を観察していたらしい。そんなことをしている彼に少し恥ずかしさを感じ、私は布団に潜っていく。
「何照れとん。昨晩は…」
「わっ!わっ!」
「あはは、言わへんわ!無粋やろ?」
「うう…。」
雪也さんの手の内で弄ばれている感は否めないけど、そこには確かに愛情を感じた。私は潜った布団から顔の上半分だけを出し、こちらを見つめている雪也さんの目を見つめ返す。
「…春になったら。」
「…はい。」
「祝言、あげよか。」
彼の口から出たのは、意外な言葉だった。
確かに私たちは祝言を挙げていない。書類のみで夫婦になり、人によっては私たちの関係を知らない人もいると思う。私自身も、契約結婚であることしか頭になかったし、夢を見ている訳でもなかったから必要性は感じていなかった。
「そんな大袈裟なものやなくて、親しい人だけ集めた祝言。あんま仰々しいのは合わん気がしてな。」
「………。」
「何より俺が見たいんや、蜜葉の白無垢姿。それに照さん…蜜葉のお母さんも病気治って、祝言に参列できるようになったやろ?」
「…あ、結婚当初に祝言を挙げなかったのって…。」
「蜜葉の晴れ姿、お母さんに見せたいやん?それに、どうせなら暖かい春に桜の元で挙げる方が綺麗やろうなって。」
雪也さんにそんな思惑があったなんて、私は今初めて知った。
それもそうだ。彼はそんなことを表に出すことなく、私との過去の出来事すら私が思い出すまで言わないつもりだったみたいだし、などと私は心の内で考える。
「まあ、春までまだ時間はあるし、ゆっくり考えていこうや。」
雪也さんはゆっくり起き上がると、私の頭に手を伸ばし、髪を梳くように撫でた。
微睡の中に沈むように、私は再び目を閉じた。




