第55話︎︎ 体育祭の、とある提案
その日の昼休み、いつもの空き教室。
四人で机を寄せて昼飯を広げる。麻貴の前には、相変わらず汐織お手製の二段弁当。汐織の前にも同じ意匠の弁当箱があって、沙子と隼太はそれぞれ弁当と購買のおにぎりだ。
誰からともなく、体育祭の話になった。
「沙子は当然リレー?」
なんとなしに訊いてみる。
沙子は弁当の蓋を開けながら、肩を竦めた。
「うん。あと借り物競争にも一応入れられた」
「うわ、被ったわ」
思わず声が漏れた。
学年代表の〝王子〟と同じ種目に出るとは、なんだか分が悪い気がする。まあ、沙子が目立ってくれるなら、それはそれでいいかもしれないけど。
「箕島くんも借り物競争出るんだ? 意外」
「枠余ってたんだよ。で、このバカに無理矢理やらされた」
麻貴が隼太を顎でしゃくって言うと、すぐさま「人聞きが悪いことを言うな」と反論が飛んできた。いや、実際にほぼこいつのせいだろう。
「ああ、そういうことね」
沙子はそれ以上は何も言わず、ふっと小さく笑った。涼しげな目元が、ちょっと面白がっているように細められる。
彼女は箸を取り、横並びの汐織のほうへ視線を流した。
「汐織は?」
「えっと、私は……長距離走と、玉入れ」
「えっ。お前、長距離行ったの?」
意外な選択に、思わず麻貴は身を乗り出した。
汐織はばつが悪そうに、お弁当の卵焼きをつついている。
「うん。短距離、あんまり得意じゃなくて……」
「いや、長距離の方がしんどくね?」
隼太が訊いた。
その疑問は尤もだっ。持久力がない麻貴からすれば、長距離など最も避けたい種目だ。
しかし、汐織はきょとんとして首を傾げた。
「えっ、そうかな? 自分のペースで走れるし、楽じゃない?」
「そういう考え方もあるのか……い、いやいや、絶対しんどいだろ!」
汐織の意見に隼太がツッコミを入れると、汐織が苦笑いを浮かべた。
そういえば榎島の階段地獄でもけろっとしていたし、案外彼女は持久力があるのかもしれない。
(まあ、もともと我慢強い性格だしな)
その我慢強さが彼女を生きづらくしている気がするのだけれど、それは言うまい。
そこで、麻貴はふと当日のことに思いを馳せた。
いつもの四人で集まってはいるけれど、体育祭当日になれば、こうはいかないだろう。クラスの女子は女子で、男子は男子で固まる傾向がある。応援団の集合も、リレーの控えも、競技ごとに男女別だ。四人で並ぶ時間は、当日になればぐっと減るはずだった。
そんなことを考えていると、隼太が箸を止めて、思いついたように口を開いた。
「あー、そういえばさ。体育祭、四人で固まらね?」
「固まる?」
「うん。応援とか、待機時間とか。もう毎日昼一緒なんだしさ、当日もこのほうが楽じゃん?」
軽い口調の、軽い提案。隼太らしいといえば、隼太らしい。ただ、麻貴はそこでぴんと来た。
ちらりと沙子のほうを窺うと、ちょうど沙子もこちらを見ていた。〝王子〟の目が、ほんのわずかに細められる。お互い、無言で頷いた。
隼太は「楽だから」とだけ言って、その奥にある本当の理由は口に出していないが──これは隼太なりの、麻貴と汐織への気遣いだ。
例年通り男女別で固まれば、麻貴と汐織のそれぞれが、また質問攻めに遭う可能性がある。あの月曜の朝のことをこいつはちゃんと覚えていて、その上で「楽だから」と表現を選んでくれているのだ。
ふたりの微妙な空気を読んで、明文化しなかったのだろう。敢えて気を遣っているように見せないところが、益々ずるい。こいつのこういった側面を見ると、どうも自分が幼く思えてならなかった。
「あたしも構わないけど。汐織は?」
沙子が、柔らかい声色で隣の汐織に話を振った。
急に話を振られた汐織は、「えっ」と声を漏らし、それから少し迷ったように箸を止める。麻貴の方をちらりと窺ってから、おずおずと口を開いた。
「沙子がいいなら、私もその方がいいかな……」
「あたしがOKしたの、汐織のためなんだけど?」
沙子は呆れと笑いを半分ずつ混ぜたような顔で、肩を竦めた。
こらこら、何を言ってるんだこの〝王子〟は。隼太が何のために伏せたと思っているのだ。
「えっ、私のため?」
「ううん、なんでもないよ」
あっさり流して、〝王子〟はおかずに箸を伸ばした。
汐織もそれ以上は突っ込まず、麻貴の方を向いて遠慮がちに訊いてきた。
「……麻貴くんも、それでいいの?」
「まあ、断る理由もねーしな」
なるべく、いつもの調子で答えた。
男女で分かれて、それぞれが質問攻めに遭うよりはまだマシだ。そんな状況になれば、汐織はまた、無理のある誤魔化し方をしなければならなくなる。
ただ、体育祭という公の場で、汐織のそばに自分が当然のようにいる――その光景は、今の状況を考えると、あまりよくないのかもしれない。
それでも、隼太と沙子が一緒なら、見え方は少し変わるはずだ。ふたりが間に入ってくれていれば、麻貴と汐織だけが目立つことはなくなる。ただの仲のいい四人組と見える可能性もあった。
「よっしゃ、それじゃ決まりな」
隼太はぐっと拳を握り、小さくガッツポーズをしてみせた。
なんで隼太が一番嬉しそうなんだか。そう思うものの、この四人で過ごせると思うと、いつもは退屈な体育祭が、少しは楽しみに思えてきた。
窓の外から、グラウンドからの掛け声が聞こえてくる。
どこかの部活が、昼休みも惜しんで練習しているらしい。トラックを蹴る足音や誰かの号令が薄く重なって、別棟の二階まで届いていた。
弁当箱の蓋を閉めながら、麻貴は一度だけ、駅前の赤いポスターを思い浮かべた。
花火大会は、体育祭の翌日に開催される。四人で過ごせるなら、誘えるタイミングもあるかもしれない。
(四人で行くっていう手もあるよな……)
一応、それも手としてはある。四人で花火大会に行くのは、高校生男女としてはごく自然なはずだ。
無論、そんな提案をしようものなら、この二人からどんなことを言われるかわかったものではないが。
(まあ……なるようになる、と思うしかないか)
麻貴は大きく溜め息を漏らし、汐織の表情を窺った。
目が合うと、彼女はいつもみたいに困ったように笑って、小さく小首を傾げたのだった。




