フロイフ
思考をやめて歩いていると、周りの木々がいつのまにか忙しなく歩き続ける人々へと変わっていた。自分にとって見慣れた光景だ。この人の流れに逆らって歩いても、誰も気にも留めない。その疎外感を求めて歩いている節もあった。
だが奇妙なことに人々は執拗なまでに自分を見つめながら歩いている。自分の横を通り過ぎた後も、首をフクロウのように曲げてこちらを見つめてくる。
人間である以上、向けられた視線には過剰に反応してまう。自分の体が自分じゃないような疎外感さえ感じてくる。今までの空間の中では一番分かりやすい。ここにいる人間、もしくは神は視線を恐れていると考えられる。
これは探すのに手間が掛かると考えた矢先、道の先に通行人が円状に並んでいるのが見えた。そしてその円の中心には一人の男が顔を塞いだ状態で蹲っていた。群衆を掻き分けて円の中へ侵入する。
「き、君は…ジムだね…?」
男はガチガチと歯を鳴らしながら、震えた声で言う。
「見えてるのか?」
「見たいわけじゃない…なのに、目を瞑ってても見えるんだ…君の今までと、これから…」
「これから…?」
「う、うぅ…」
苦しんでいる男の首筋がパックリ割れ、隙間から目玉が飛び出る。
「あっ…ぐ…!うぅ…」
それに気付いた男は慌てて首筋の目を自分の手で潰す。すると今度は目を潰した右手の甲に目が現れる。それを潰すとまた次の、それも潰すとまたもや次の目がどこかに現れる。
「うぅ…なんでこんな目に…」
「気持ちは分かる。巻き込まれた全員がそう思っている」
「分からないよ…人の心が分かるわけない…できるのは憶測だけなんだ…」
男はゆっくりと顔を上げてこちらに顔を向ける。
「……!」
男の顔には目がなかった。代わりに瞼の隙間から暗闇が覗いている。それにもかかわらず真っ直ぐにこちらを見つめている。
「見てないものを見たと言って、分からないものを分かると言う。本当はそんなことはないはずなのに……」
「分かった気になって…決めつけて…真偽を確かめることなく吐き捨てるんだ…」
男の体の至る所に目が開いてくるが、もはや潰そうともしない。
「放っておいてほしいのに…わざわざ衆目の元に引き摺り出して、寄ってたかって糾弾するんだよ。ちょうど…石の下にいる虫を踏み潰すみたいにね」
この男の過去に何があったのかを聞いてみたくなったが、下手に刺激すると襲われるかもしれないので黙ったままでいる。
その様子を見た男はまた蹲って目を潰し始める。
「う…ぐ…」
これ以上ここにいても仕方がないので彼に背を向けて円から抜ける。
「ま、待って…」
すると、男に引き止められた。どことなく嫌な予感を感じながら振り返る。男の全身は目で覆われ始め、開いた口の中にも目がビッシリとついていた。
「最後に…最後に良いことがしたい。今までやったことがないことを…」
男は手を震えさせながらこちらに伸ばす。その瞬間、目に強い光が走る。じりじりと目が焼けるような痛みに襲われるが、苦痛と光の先に誰かの顔が見える。笑顔と…小麦色の髪…
「がっ…!くっ…!?」
もう少しでハッキリと見えそうだったが、目が溶け落ちそうになって目を瞑ってしまった。それでも、ほんの少しだけ何かを掴んだような気がする。
目から流れ続けていた涙がようやく止まって始めて、目の前の男が力尽きていることに気づいた。そして男を取り囲んでいた人々がこちらを見てきている。歩いていた人々も立ち止まってこちらを見てきている。
「………」
突然男の体を突き破るように目が現れ、それは地面へと広がり、建物へと広がり、人々に広がってゆく。なんとなくこの事態を予想していた体が一気に走り出す。後ろからは激しい瞬きの音が聞こえてくる。
どこに行けばいいのか悩みながら無我夢中で走り続けていると、自分の足が勝手に自分の部屋へと走っていたことに気付いた。一瞬躊躇したが、他に行く当てもないのでより一層足を動かして部屋へと向かう。
到着してすぐに扉を乱暴に開け、思いっきり閉じて鍵を閉める。扉を閉じて初めて、自分の心臓が暴れ回っていたことに気付いた。少し息を整えようと振り返ると、一足先に自分の椅子で休憩している者がいた。しかも、紅茶まで飲んで自分の部屋だと言わんばかりの様子だった。




