03 ぷんすかぷんぷんカワイイの暴力
離宮にいるのは全て公爵家ゆかりの使用人と行儀見習いばかり。
棟梁娘の誤認逮捕という真実を知る彼らに沈黙を強いられるとしたらそれは当主だけ。
実際に彼らが口をつぐんでいるということは、つまり命令が下っているからにほかならない。
それにしても。
公爵家の名誉を守るためには徹底的に抗議する必要があるだろうに。
なのに、なぜ、わざわざかん口令を。
冤罪の被害者側が自ら不利にするようなことをする理由とは?
手紙ひとつ来ない意味も含めて、当主たる父親には何かしら考えがあるんだろう、とアウローラはひとまず棚上げすることにした。
「みんな話をきいてくれない、というより、わかっていても、そうするしかないだけよ。
不条理がはびこれば保身が重要になるの、味方と信じている相手から命じられたら、自分にとっても都合がいいことだと錯覚させられてしまう。
わたくしが牢にいるのはきっとこの国にとって都合がいいことなのかもしれない。」
「なにそれ、おかしい!」
王太子は叫んだ。
「何も関わっていない人間のせいにしたら、この国が良くなるの!? わかっているのに目をそらして、おかしいことをみんなで許して、それっていつかは自分の番がくるってことなのに、それでいいの!? そんな国が本当にみんなの都合がいい国なの?!」
まくしたてる王太子に、何事かと牢番が様子を覗きにきた。
アウローラが視線で、問題ないわ、と合図すれば、牢番は困惑したようにそわそわとポケットを探りだす。何も入っていなかったらしく、誠に遺憾ですと言いたげに神妙な顔をした。
…さては飴をさがしたわね。こども好きなのかしら。
「悪いことしたらごめんなさいだし、悪いことした人だと間違えて、だけど本当は悪いことしてないって気づいたのなら、それもごめんなさいでしょう!?
偽物はアウローラにごめんなさいせずに消えたらダメだし、間違えてアウローラを牢にいれちゃったのが誰かわかんないけど…
とにかく間違えた人はアウローラにごめんなさいしないとダメなんだよ! ぼく、探してとっちめてやる!」
「…素振りはやめてちょうだい。
アルフレッド、あなた、最近とても力がついてきているからシャレにならないわ。
痛いし、ちょっと怖いのよ。」
「レルムのパンチのほうが怖いし痛そうだよ!
軽く当てただけでドンって音がしてフワァって倒れてくし、熊みたいに大きい兵士もポイポイボキボキ投げ捨てて、足あげてグルって回ったら、いっぱいグエエバタバタって飛んでいくんだ。
ブンってされてもガキンってして、ゴッでボッでドカッとした後すぐたくさんザクザクして、すごく怖かったから誰も近寄らなくなっていたよ」
訓練中の姿でも見たのかしら、剣戟にしては変な擬音ね。
首をひねりつつ、アウローラは興奮している王太子の背を撫でてなだめた。
「彼は護衛だから、そっちが本職というか…とにかく、私が牢にいるのは円卓の判断だから、牢から出るには円卓を動かさなきゃ。
公爵家の助力は期待できそうにないし、他の味方を探して…どちらにせよ私が牢を出るには時間がかかるし、もっと情報がいると思う。
だからまず、あなたのこと考えなきゃ。早急に私に代わる世話役を見つけましょう」
彼はまだ歯磨きが十分にできない。
たくさんがんばれる子だが、その分疲れやすいようで元気なまま唐突に高熱が出る。
本当にたまにだが、おねしょもする。
悪夢をみて夜中や明け方に泣き出すこともある。
頑丈なレルムですら気力がもたず、ひとりで長く面倒みきれたためしがない。
最低あとひとりは、親身になってくれる乳母のような人が絶対に必要だ。
「可能なら、レルムと相性いい人が世話役になってくれたら話は早いけど、そこまではね。
とにかく世話役のメリットを示して、交渉して…」
「よくわからない。つまり円卓をとっちめればいいってこと?」
「とっちめないで。
円卓には現王もいるから、本来ならあなたの味方なの…よ…」
そういやいたな、親。
アウローラはすっかり忘れていたが、円卓のメンバーである現王は、王太子の実の父親である。
そしてクズである。
権力闘争に忙しいのか、体が弱かったらしい妻を亡くすや、乳離れしたかしないかの息子を離宮にひとり放置して、入れ替わりの激しい使用人らに丸投げできるくらいのクズである。
アウローラは現王をクズと断じている。
改善願いを幾度も奏上したが、要約すると「妻のお前が好きにしろ」といった内容の手紙しかもらえないため、もはや交流も不要なクズだ。
実戦力にならぬクズに用はないアウローラだが、実害をこうむっている王太子にはクズをとっちめる権利があるような。
「…とっちめるかどうかはおいておくとして、なにより今すぐあなたの世話役が必要で」
忙しなく考えを巡らせながら、ふと思い出す。
アルフレッドはさっき、レルムと引き離されたようなこと、言わなかった…?
「待って。レルムが一緒じゃないの? 今、誰があなたの護衛についているの?」
「誰もいない。ひとり」
「じゃあどうやって離宮からここまで来たの。
本城を挟んだ裏側にある、こんな目立たない棟に、どうやって?」
「レルムが連れていかれちゃってから、護衛隊のみんなが僕をお城の部屋に連れていってくれたんだ。
お仕事片づけてくるからそれまでここにいてくださいって言われたけど何日たっても誰も戻ってこないし。
寂しくて、鍵開けてって言ってみたら、外からふつうにあけてくれたから、探検したんだ。
みんなすごく忙しそうだったし、こっち気にしてなかったけど、優しそうな人たちを見つけて、アウローラに会いたいって言ったらこの場所を教えてくれたよ。」
「王族に尋ねられたら本当のことしか言えないけど…
え、なに、なのにひとりってことは、その優しそうな人たち、あなたをそのまま放置したの…?
9歳を? あの広い城内で?」
唖然とするアウローラの表情をみて気が緩んだのか、「ここの入口も通してってお願いしたら開けてくれたよ」といって、王太子はふりかえり、元気よく手をふった。
はにかみ笑顔かわいい。
アウローラが視線をやれば、無表情の牢番の手がひらりと軽く応えかけて、止まる。
気まずそうにそっと腕ごと後ろ手に組んでごまかしていた。
やはりこども好きか。わかる。かわいいよね、アルフレッド。
「…あなた、所属は?」
「囚人との会話は禁止されております。お許しを、尊きお方」
「じゃあ僕が聞く。名乗って」
「はい、殿下。第8隊12班、黒5番歩兵のライリーと申します」
「だいはちたいじゅうにはん…? アウローラ…」
「軍の組み分けよ。第八隊は城下の周辺警護が主な仕事」
平民が所属する警ら部隊である。
確か入城は許されていなかったのではなかろうか。
それなのに、棟の格が低いとはいえ城内の貴賓牢に、畑違いの兵が配置されている…アウローラははっと顔をあげ室内を見回した。
通常であれば見張りは二人体制が規則のはずだ。
最初はそうだった。
しかし、アウローラが入牢してから頻繁に顔ぶれが変わり、そういえば、ここ二、三日はずっと彼ひとりだ。
アルフレッドも城の人間が忙しそうだと感じていた。
…何かがあったのか。
「城内も混乱しているの…? なのに、わざわざ王太子を離宮から連れ出す必要があった…」
アウローラは嫌な予感がした。
公爵家が支配する離宮から円卓のテリトリーである王城へ王太子の身柄を移す。
その意味は、もしかしたら。
公爵家はすでに王太子の後ろ盾でない可能性が、ある。