04 芋姫さまの混乱
「…アウローラ?」
独り言ちたきり黙り込んでしまったアウローラを、王太子は困惑して見上げた。
不安げな視線に気づき、アウローラは慌てて「大丈夫」とうなずいてみせた。
「ライリーはレルムの居場所を知っているかしら? 聞いてみてくれる?」
「ライリー…」
「は。我が国軍の第一隊、離宮警備隊に所属する「元」王太子妃専属護衛官レルム卿は、ただいま平民牢にて謹慎中と」
「?! 元って…降格…まさか除隊じゃ…どういうことなの。あの温和で真面目な人が何をやれるというの…!
しかも平民牢ですって? 騎士爵をもつ子爵家の三男を?!
もう、何もかもむちゃくちゃじゃない!」
利用価値があって王家に嫁がせたはずの王太子妃を勾留する。(偽物のせいと明らかなのに)
次代の円卓にして次期王たる王太子を城へ連行し、ひとりきりで軟禁する。(脱走して、こんなとこいるけど)
代々軍属で名をはせる辺境一族の出で、「剣豪」の称号を保持する若き精鋭を、わざわざ平民牢に留置する。
さらに、高貴な囚人の無聊を慰める世話係を兼ねているはずの貴賓牢の牢番は、その暗黙のルールを知らされないまま杜撰に配置されている。
よく考えれば、司法官憲が直接出向いて逮捕することがあるなんてアウローラは聞いたことがない。
正しく兵が配属されていないことも含めて、どれも明らかな秩序の破綻だ。
(…想定外なことが連続して起きた?
原因はバラバラに事件か事故かが連鎖していて、もしや誰も、円卓ですら場のコントロールができていないのでは。
だから公爵家も混乱を収めるべく、かん口令を敷くしかなかった…?)
アウローラは途方に暮れて浅く息を吐いた。
唐突な政権移譲で、王政から議会制へ統治方法が替わって今年で19年。
この国の不安定さに気づいているつもりで、本当の意味ではわかっていなかったのかもしれない。
「…どうなってしまうの…」
◆
現在、この王国は、議会「円卓」により統治されている。
王朝最後の王は血を残さず、生きている直系王族はたったひとり。そのひとりである王姉は降嫁していた。王朝は「旧王家」と呼ばれ、彼女は最後の王女として記録されている。
議会による統治に変わっても、民は王国であることを望んだ。
王国を名乗るためだけに、名目上のみの王が円卓により選ばれた。傍系王族といえなくもない血筋をもつ高位貴族、フレドリク。アルフレッドの実父だ。
現王フレドリクは宣言した。
政権移譲は旧王家の意志により成された。クーデターでも革命でもない。
王は我ら円卓の理念に賛同し、身をひいたのだ。
故に円卓は絶対正義の象徴である。…と。
現王と貴族ら、そして名誉市民で構成された「円卓」は、アウローラの産まれた年に制定され、国の明日を決める議会として華々しく誕生した。
旧王家の王女を擁する公爵家は、議席をもたない。
現王は議席を持つが、特別扱いはなく、あくまで円卓の一員であるという姿勢を貫いている。
後は、下級貴族と、援助を行った商人たちが名誉市民の称号を受け、議席を埋めていた。
円卓討議法により何でも決める。全会一致が原則だが、叶わなければ多数決で決める。
彼らの発する公布があれば、法律も変わる。税も変わる。ほんの少しずつ上がったり、種類が増えたり。
円卓に申し出れば困りごとの仲裁もしてもらえる。減税や免税もしてくれる。
そのための煩雑な書類を整えてからも、百戦錬磨の受付が機械的に行う水際作戦とあの手この手で戦い、手続きをする必要はあるが。
さらに受理日が記載された申請書の控えを必ず受け取り、丸裸になるほど詳しく生活の詳細を記した日報を定期的に提出し、辛抱強く待つ必要もあるが。
そうすれば、早くて来年再来年あたりには、円卓から回答が届くんじゃないかな。多分。
だといいね。
そんな何でも自分たちで決めたがる円卓は、常に喧々囂々としていて、しかし発言権は全員が同じ価値とされているために、決定までにとても時間がかかる。
平民に対する増税以外は亀の歩みのごとく。
ようやく公布に至っても「すでに手遅れ」がざらにある。
発足当初はそうでもなかったそうなので、まぁ…人間関係は常に円滑ではいられないということだろう。欲や思惑が絡めば、特に。
発足当初の円卓は、結束固く、理想高く、斬新で画期的なシステムだと、国中が諸手を挙げてもてはやしたという。
だが現在、その評価は著しく下がっていた。
愚かな前王(若年ながら優秀な研究者、しかし寡黙で人当たりが悪かったらしい)を排し、満を持して円卓が公布した政策は、短期的にはそれなりの成果を出した。しかし、それによって密かに貧富の差を広げてしまったのだ。
目立たずとも循環していた経済はじわじわ鈍化し、物価は上がり続け、首を真綿で締められ続けるような息苦しい生活に、平民は不満をつのらせていた。
うっすらと不安を内包した国内で、密やかに高まるのは前王朝への郷愁。
「あの頃はよかった」が流行語になりつつある頃、離宮で蟄居していた前王がはやり病で崩御した。
おりしも、彼がまだ王であった頃に指揮していた、主食になりうる穀物の品種改良がその成果を表し、たぐいまれな豊作を招いた年だった。
郷愁は憧れを超え、とうとう執着のような切羽詰まった空気を国内にもたらした。
円卓は民の心をなだめるべく、アウローラを王太子に添わせる決断を下した。
アウローラは王姉の娘。産まれる前から、前王の養子となることが決まっており、そのことは広く知れ渡っていた。
前王アレインの愛し子。血筋上、最後にして唯一の正統なる王族の適齢女性。
世が世なら王太女だ。世継ぎとなるはずだった高貴なる姫。
由緒正しい王太子妃の誕生を、平民は歓喜をもって祝福した。
円卓の反応は冷ややかだった。せっかく排したはずの古い血、それが今更、未来の円卓の席に混ざることを、本音では厭っていたのだ。
アウローラとアルフレッドの婚姻は、ほんの少しだけ景気の回復を招いた。
前王がもたらした新たな穀物の恵みを、王太子妃になった少女と結び付け、民は、アウローラを「芋姫」の愛称で呼んでいた。
(うん、いいのよ。
この新種のお芋、美味しい。いっぱい出来るし。いいんだけども。
年頃の娘として…もうちょっと何かこう…、ねぇ?)
アウローラの脳内は、明らかな現実逃避をはじめていた。
賢い王太子は、呆けてしまったアウローラを見て、腹をくくったようだった。これは自分がしっかりせねば、と。
王太子は言った。
「ええと、ライリー。これからどうなるか教えて?」
「…は。自分は、噂でしか存じ上げませんが」
ためらうようにいったん言葉を切った牢番は、しかしアウローラを見据えて、一息に告げた。
「円卓は、一連の事件を、尊きお方の罪と断定。明日の朝、刑執行を公布する予定、と耳にしました」
<アレイン王>
前王。故人。アウローラの母方の叔父。
かなり頭がよく未来を長期的に見据えており、年単位で具体的な計画をたてて50年後の国力の底上げを狙って色々仕込んでいたが、口下手が過ぎて周囲への理解を得る工程を省きまくったため、姉一家以外の中枢にいる貴族は誰も彼がやっていることの意味を理解できなかったのが敗因。
食料自給率をあげる目標のため穀物の品種改良が専攻であるものの、他国がもつ概念である栄養学や、初等教育の義務化、医療技術などなど広く興味をもち、国の発展に力を注いでいた。
友達がいないタイプだが、研究者同士の人脈は広いし信頼関係も強い。
彼が蟄居後も、公爵家の援助により多方面で開発研究実験が密かに行われていた。
数年ごしに成果がどんどん現れて次々に申請されているものの、公布待ちのまま長く公表に至れていない新技術が多数あり、今の国の闇深さが垣間見える。




