24 字が書けなくても能力が高い人はいるし、能力が高いからって王サマになるとは限らない
あとがきで、この回の簡単な要約を載せます。
ヒーロー再登場は次の回なので、読まなくても影響ないです。
フューセルが聞く。
「名前は書けるんだよね、それはどうやって?」
ライリーが制服の首元を緩めると、紐を手繰り寄せて、ネックレスのように首から下げていた木の板をフューセルに見せた。指一本分ほどの木の板にライリーと名が彫られている。
ライリーは言った。
「成人したら、適当に小さくした木の板を持って近所の修道院に行きます。その時にお祝いついでに尼さんが墨で書いてくれるんです。で、家に帰ってからなぞって彫ります。紐を通して、こうして常に持ち歩いて、必要になったら取り出して書き写すって感じです」
「……待って、……それが一般的だったりする?」
「? はい。どこもこんなもんですよ…? 古くなったら自分で同じものを作り直せますし。あ、もちろん、持ってない人も珍しくないですが」
フューセルは言葉を失った。
サージェントが聞く。
「日報はどうしている?」
「名前だけ先に書いておくんです…仲間の字が書けるヤツに報告して単語を書いてもらって、それを班長に持っていくと清書?してまとめてくれます」
「…なんだそれは。それで読み返して内容はわかるのか?!」
「読み返す機会なんてないです。そも読めません」
「警ら中に頻繁にもめごと起こすヤツはマークするだろう、そいつの前歴はどう調べている?」
「特徴や内容を暗記しているので、みんなで共有しています」
「…担当区域の要注意人物は何人いる? 暗記している人間の数は」
「日中の警らで市街地にはほぼいません。夜に捕縛するのは酒場ひとつにつき1~5人くらい。下町に規模は小さいですが13グループ、それぞれ10人前後で徒党をくんで隙あらば喧嘩するので構成員がまとまって歩いていたらすぐ応援を呼びます。あ、若いやつらのお遊びの集まりはつど解散させますが、またすぐ集るので、それは顔を把握するだけでカウントしていません。犯罪組織は1つで、俺が所属する12班の担当区域以外にも縄張りが広がっています。そちらに関しては一切手出しするなと班長から命じられています。なので、全員の顔を覚えて…まぁ大体60人くらいですかね、要注意人物は」
「…計算がおかしくないか…?」
サージェントの困惑に、ライリーは眉尻を下げて「苦手なんです。けど、顔も特徴もちゃんと把握できていますので」と答えた。
「12班…確かにその担当区域は、他と比べ治安が良いときく」
「光栄です」ライリーがはにかむ。
読み書きがほぼできないという発言に驚いた上流階級出身の男ふたりにより、それからもライリーは根掘り葉掘り聞きだされていた。
そして、とうとうフューセルが頭を抱えて叫んだ。
「…全ての民の意見が反映される議会の実現は不可能だ…! この国にはシステムがまだ早すぎたんだ…!」
ソファに座り込み、頭を抱えたままブツブツと独り言を始める。
「…なんてことだ! 辺境であれば、未だそれもやむなしと覚悟していたが、この王都ですら本当にこうなのであれば、実際の識字率はぼくが思っていたよりずっと低い。
議会制にしたところで、声を届ける能力そのものをもたないとすれば、円卓は、沈黙を強いられる大多数の民の期待を裏切り続けていたということだ…っ! 円卓のイメージが低迷し続ける根本原因はそれか…!
円卓の人数を増やして担当部署を割り振り、申請から公布までの速度を上げるよう陳情しているが…沈黙の層は放置されたままだ。
訴えれば国が変わると国中の人間が信じている以上、申請することができる平民…裕福な名誉市民層と、訴えることすらできない大多数の平民の間ですでに階層があるとみて間違いない。
今は貴族の言いなりだろうが、いずれ経済力を持つ商人の発言権が強まるはずだ。対立構造は必要だが派閥ふたつでやりあえば泥沼化する。もしくは利害関係を結びだして制度そのものを腐らせ大多数の民を虐げかねない。円卓のイメージは改善されない。いずれ信頼を完全に失い、革命の時代がくる。
個人単位での自力救済が横行すれば犠牲になるのはこども、女性、武力を失った老人…ただでさえ死にやすい層が実質的に奴隷化する…それも透明化した奴隷だ。我が国に奴隷制がそもそも無いせいで、奴隷と同じ扱いをされていても名目上は同じ平民だ、単なる役割として定着すれば、透明化した実質的な奴隷らは、商品になりうる。危険だ。治安が一気に悪化するぞ。
革命を防ぐには円卓のイメージの根本的改善が急務だ。国民全てに最低限の教育を与え沈黙の層をなくす。そして裕福でない元沈黙の層が円卓に選出されて初めて改善のスタートラインに立てる。
それはつまり円卓内に一定数の平民枠を確保すること…貴族らの理解は得られるか? 難しそうだな…しかし円卓の最初の理念はそうだったはず。
最終的に、貴族、名誉市民、それ以外の平民で派閥をつくり…円卓内で3すくみさせてパワーバランスを整えて国内の安定を図る…たどりつくまで何十年かかるんだ…そもそも教育を広めようにも、まず食うに困らない層を厚くする必要が…」
独り言を垂れ流したまま、紙を手繰り寄せ、控えていた侍従が差し出した鉛筆でガリガリなにやら書き始めるフューセルをぽかんと眺め、「…何もわからん…頭よさそうとしかわからん…」とつぶやくライリーに、びっくり眼のアルフレッドがそっと声をかけた。
「あの…僕…字なら教えられると思う。しまつしょ?を書くことになったら、一緒にやろう」
「それは助かります、殿下」
ライリーはほっとした。
連座刑もない。
字も教えてもらえるらしい。
なんとかなりそう、良かった、と。
サージェントはフューセルに声をかけた。
「閣下。…それはつまり閣下が円卓を率いて王になって下さるということですか?」
鉛筆が走る音が止まる。
「人脈が広く、高位貴族の若手の教育にも携わり、平民への理解を深めることを厭わない。公僕も貴族も困ればまずはあなたを頼ると聞いている。我ら軍人の扱い方も心得ており…恐らく、あなたの人柄に惹かれて直接に忠誠を捧げた者も多いはず」
公爵家の優秀な侍従たちを見回しながら、サージェントは告げた。
「あなたが王となり円卓をとりまとめれば、無学な平民をどうにかするより早急に国は安定します。それは妃殿下の冤罪を晴らす日が近いことも意味します。全てにおいて良い事だと自分は感じました」
「サージェントくん、ぼくは短命だ。陳情はするが考えを強いるつもりはない」
「…存じております。しかし、誰もが明日も生きている保証などありません。今生きているならば条件は同じで…」
「君は知らないのか」
フューセルはサージェントをひたりと睨んで告げた。
「死期を知る人間が遺すものの厄介さを。自分事として捉えられないことが、人間をどれだけ冷酷にするかを」
サージェントが眉根を寄せた。若い彼にはまだピンとこないらしい。
「…君の憧れに応えられず申し訳ないが、この国の行く末を僕が主導するわけにはいかない。自分が死ぬまでの一時的な安寧のため、問題を上に放り投げるような時間稼ぎしかできないからだ。」
「閣下がそれをするとは思えません」
「するかしないかじゃない。それしかできないんだ。恐らく誰であっても」
フューセルが断言した。
「墓の下にいる人間は、遺した厄介ごとの責任をとらないぞ。復讐も不可能だ。
…上に放り投げられた問題は必ずいつか落ちる。そのときには速度を増して、数倍の威力となり未来のこどもたちの頭上に降り注ぎ、甚大な被害を及ぼすだろう」
「それは…予言ですか?」
サージェントの恐れるような声音に、フューセルは表情を緩めた。
「ぼくに魔法は使えないよ。王家の血が入る余地もない下位貴族の三男坊だからね。どちらにせよ」
フューセルはサージェントの背後に片手をあげて「了承」の合図を送った。サージェントが振り返ると、背後の扉が開いており、侍従が美しいお辞儀をして去って行くところだった。
「本格的な円卓の選定に僕は関わる気はないよ。もちろん王などありえない。政策の結果に責任を負えない人間に未来は背負えないからね。
さぁ時間切れだ。この話はおしまい。
君は部下の新たな門出を、ぼくと妻は娘に貢ぎ物を…どうせなら楽しく送り出そうじゃないか。きっと未来からすれば、今回の何もかもが一行の文章に収まってしまうのだから。」
要約すると、
平民ほとんど読み書き計算が苦手かまったくできないまま暮らしているよ!
だからそもそも円卓に訴えること自体できない事実を今初めて高位貴族が知ったよ!
大変だ!みんなに知らせなきゃ! 慌てるフューセル父ちゃんを見たサージェント隊長が「能力あるんだから命令しちゃえば早いよ、王サマになろ?」って誘って「無理(真顔)」と断られる回です。