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20 ソレが姪に惚れるとは賢王だって想定外

 気づくと、レルムは円卓の議会室の底で立っていた。


左の利き手には誰のものかもしれぬ剣。

右手には国宝とおぼしき、古い石板。


周囲は城兵だけでなく円卓の人間とおぼしき死体にあふれ、特にレルムの傍にある台の横で崩れ落ちている男にいたっては、顔を損傷しており、もはや誰かもわからない。


(…ミスった。想像以上にあの妙な眼が強くなっている。それに今回は声までおかしかったな。殿下に自覚はなさそうだったが…、ともかくこれはさすがにやりすぎた)


 アウローラは自分に効かないせいかアルフレッドの奇妙な能力に気付いていない。

最初に気付いたのはレルムだ。他は誰も気づいていない…はずだ。


アウローラから「これ以上はだめよ」とおねだりを断られると、小さなアルフレッドは周囲の人間を誰彼構わず見つめて、甘えた泣き真似をしてみせることでその力を磨き始めた。


彼の見た目がひどかった頃は目をそらして近寄りもしなかったのに、最近の周囲はやたらちやほやしているな、とのんきに見守っていたときに、レルムも初めてこれを食らった。

油断していた。

そして混乱した。

はっと気づくと、すでに喜んで要求に応えた記憶をもつ自分と、ほおをもごもご動かしにっこり笑うアルフレッドがいたのだ。


それを見たアウローラが愛らしく怒った顔をしてみせて、腰に手をあて「レルムまで甘すぎるわ。いくらアルフレッドがかわいいからって、そういうの、よくないのよ!」…怒られて幸せを感じたのもあの時がはじめてだ。


すげぇ…新婚夫婦の初めての子育てみたいだ…妃殿下が妻。おれが夫。最高かよ…と思ったことは墓場にもっていく。


(あの頃はまだ効果が薄かった。そもそも目的が菓子だ、大した問題はなかったが…年々強くなっていることに気が付いてはいたが、ここまでになると手に余るな)


むせかえるような死臭と血の匂いで気が高ぶる。実際、酔ったからこうなったのだろう、とレルムは自己嫌悪から舌打ちする。どんな理由だろうと、結局は己を制御できなかった自分の未熟だ。


び、と、ひきつり声が台の横から聞こえた。生存者か、とレルムが介抱しようと身を屈めると、ビビィと潰れた喉で悲鳴を上げて男が後ずさるようにもがく。


(…だろうな、怖いよな。おれがやったんだろうし。うーん…困ったときの隊長)


どっか近くにいないかな、などとレルムが思ったとき、男が潰れた喉の奥から絞り出すようにガサついた声で「何故だ、おまえ、何故まだそうなっている…!」と言いだした。

おや? と男の言い様に疑問がわいたが、ともかく潰れた喉でこれ以上しゃべれば完全に声を失う。レルムがなだめようとするが、ビ、ビ、と悲鳴をあげられる。

抜けた腰をひきずるように逃げ、近づけない。


「…女が儀式で力を失えば狂戦士も強靭な身体を失い、ただびとにもどるはずだ…! そう確かに書いてあったのに、どうして…おまえはまだ狂戦士なんだ…!」


レルムは黙り込んだ。思いついたことがあったが、それより痒くて、先に頭をかく。ねばついた返り血が固まり始めてボリボリ音がした。


「ああ…と、おれは妃殿下の狂戦士ではないです。()()()()()()()()()でして」

「…!?」

「あれですよね…狂戦士。おれのあだ名の方でなく、歴史上の軍の方の。大陸全土を恐怖に陥れ、国々を蹂躙した不死身の歩兵……そいつらを全員お仕置きで舎弟にしたあげく、ついでに連戦連勝に頭が沸いていた当時の王も退位させた功績で、この国の子爵位をもらったのが、おれの先祖です」


「…、…!?」


レルムはおもむろに頷いた。

「そうです、「勇者」の家系です。かっこいいですよね、響き。


実際は、遺物に力を捧げ無力になった姫たちとその恋人の元・狂戦士たち…新たな王いわく不良債権たちを引き取って管理する対価として叙爵の栄誉を賜った山の民にすぎなかったようですが。


 …え? ああ、口伝にしか残らない話もそりゃありますよ。

大昔のことですし、もしかしたら当時書かれた資料のほうには載っているかもしれません。…あ、古語なんでしたか。読めませんか…うーん…


まぁ、ともかく。今でも地元にはかつて狂戦士だった男たちと姫の繋いだ家系がごろごろ続いています。だからおれに限らず村の男たちの女性への対応や価値観は、確実に狂戦士のそれに影響をうけていますが、…残念ながら狂戦士ではないのです。


 妃殿下とおれでは絶対にありえないのです…あれは基本的に心身ともに恋人である必要がありまして。ほかにも色々な条件付き発動らしいので…残念ですが…はぁ…」


レルムは、やるせない気持ちがこもったため息を吐く。そして「失礼しました」と敬礼し、さらりと告げた。


「おれはあれです、いわゆる先祖返りです」

男はもう声を出さなかった。無理に声を張り上げたせいで本格的に喉が潰れたのかもしれない。レルムは立ち上がって、優しく告げた。


「…勇者の先祖返りなのですよ、おれは。

愛する妻を守るためとはいえ血に酔いやらかした先祖の武勇伝の数々を、親どころか村中から吐くほど聞かされて育ちました。…お前ならやりかねない、ちゃんと心を保て、と。隊長の指導が優しくて居心地が良いくらいに、一族から丁寧に心因的な枷を嵌めてもらっているのです、これでも。」


手にした石板に欠けがないか、一応まじまじ確認する。…大丈夫そうだ。


「おれも酔った状態で暴れることを好みません。好きな女の子がこっちを全然見ることなく毎日元気いっぱいに過ごしているのを指くわえて眺める、そんな平凡な男でありたいと常々思っています。

フレドリク王、あなたは多分好き勝手にやりすぎました。アルフレッド殿下に悪い見本を見せましたね。この現状は、不条理にさらされた幼子が必死にあがいた結果です。

 とはいえ安易に正気を失ったおれが悪いのですが。お互いに反省して次に活かしませんか……あ、そのお姿では、もう次はないかもしれませんね。

 やりすぎました。申し訳ありません。」


 フレドリク、アルフレッドの妙な力は恐らく王家の血のせいだろう、とレルムは察していた。


かたや勇者、かたや王家。

かたや人間兵器になりうる強力な物理攻撃力。かたや不可侵であるはずの心の核にまで干渉し、思想や言動を支配しうる魔法の力。


ひとりの異性に執着する性質も似通い、とても気が合う幼い親友アルフレッドを思いかえす。その父親がどうやら今回の迷惑をしでかしたらしいと察して、レルムはとても残念に思った。


「…、…と、ヤバいな。まだくるか…本当いつの間に腕あげたんだ、殿、下は…」

くらり、とまた抗えない衝動が襲ってくる。


アルフレッドの魔法のような眼は、彼の存在を意識するだけでその効力を強めてしまうようだ。円卓を倒し、国宝を手に入れ…後は、なんとお願いされたんだったか。


「…申し訳ないが、このまま、失礼す、る。救助、は、ご、自身で、頼める、だ、ろう…か…っ」

何とか言い残したその直後、またレルムの意識は飛んだ。









 次に気づいたとき、レルムは、公爵家の本邸の玄関ホールで怒鳴られていた。


「台無しにしてくれたなぁ…っ!」

フューセルは、半裸だった。

上半身、特に腕にはしっかり筋肉があるものの腰まわりには輪のように脂肪がのっている。下半身はひょろりと細く、いつも見る楕円の体型との違いに思いをはせたレルムは、(普段は着ぶくれをしていたのか)と納得した。


 (フューセル)は適当に掴んだといわんばかりに皺のあるトラウザーズしか穿いておらず、しかも裸足だった。

 まるでレルムから守るように裸の胸板に薄着の女性を大切に抱きこみ…もがいているのは恐らく奥方のオルテシア夫人。王姉。レルムは頷いた。


 これは知っている。こういうとき、気が利く男はどう言うか。


「申し訳ありません、フューセル殿。()()とお邪魔しました。出直しますね? …一時間で足ります?」

出来れば早めにお話したいことが、などと敬礼しながら言う青年に、フューセルは脱力した。


「…全裸で出直すんじゃない…ご近所迷惑だろ…」

「あ、先にコレだけ渡していいですか。おれの妃殿下を取り戻すために必要かと」

「!? え、ええ…」

「夫の目の前で妻に直接話しかけるって君、いい度胸しているな…それは僕に寄こしなさい。それから、早く人間に戻っておいで」

フューセルは石板を受け取りながら、集まっている侍従に指示を出した。

レルムに湯を使わせて身なりを整えるように、と。


「あと今おれのとか言った? うちの娘(アウローラちゃん)は君のじゃないよね」

「ご厚意に甘えます。ありがとうございます、閣下」

「……君って子は…」

レルムは感謝を伝え、震える侍従から渡された布を腰に巻きつつしみじみ思う。


(慣れたら楽すぎて、つい忘れるなぁ裸だってこと。隊長のコートどうなったんだろう。…隊長といい、フューセル殿といい、なんだかんだおれを気遣ってくれる。本当に優しい人たちばかりだ。これも妃殿下がおれを逃がさないおかげだ。


妃殿下がいるから、おれに居場所ができた。

傍にいるのに誰もおれに怯えない。

妃殿下なんて笑顔で寄ってきてくれる。

のんびり会話できて、一緒に笑いあえる人ができるなんて想像もしてなかった。

頼ってくれて、感謝してもらえて、おれを相手に相棒だって喜んでくれて…本当に…だいすきだ)


絶対に一生仕え続ける。どこにいたとしても。



 前王朝の中期の話。

 あるとき、突然あらわれたひとりの男がいて、ちょっと普通じゃない形で恋を実らせ結婚しました。

 ふたりは山の中に住まいを定め、小さな広場に家を建て、愛妻とふたり楽しく暮らしていたのに、急に略奪者がきたので、男(未来の勇者)はメッとしました。

 聞けば、略奪者は隣国の脱走兵であり、狂戦士の軍から逃げてきたという。

死にたくないからここにいますと、脱走兵が愛妻の手料理を食らいながら言うので、愛の巣に入り込んで欲しくない男は、嫌がる脱走兵を引きずって戦地に降りると、狂戦士らをメッとしました。

 聞けば、狂戦士らはかわいそうに、愛する姫らを人質にとられ暴れるよう王に命じられたのだという。

帰ってイチャイチャするため早くお仕事おわらせたいんですと、狂戦士らが泣いて訴えるため、それはそうと共感した男は、脱走兵を隣国の国境にペイっとするや、狂戦士の案内でちゃっちゃとお城へ行き、王をメッとしました。

 聞けば、大陸を統一するのが夢だという。この地の全ての美女をゲットして、狂戦士を操るための娘をガンガン増やしたいですと王がドヤるため、ハーレムは邪道だろ派の男がついうっかり王のお顔をメッとしてしまい、誰かわかんなくなっちゃったので、牢屋にそっとナイナイしました。そして狂戦士らに手をふりふり愛妻の待つおうちに帰りました。

 後日、新しい王さまから何かいろいろ届きました。狂戦士たちと姫たちも来ました。

今日からここに住みますねと言って広場をさらに広げて勝手に村をつくり始めました。

 どさくさにまぎれて家族を引き連れた隣国の脱走兵も住み着きました。脱走兵は一族郎党とともに国外追放されたそうで、畑を作るのが得意ですと言ってせっせと開墾に勤しみます。勝手に。

 しかし愛妻がたくさんの女友達を喜んだため、勇者の称号を押し付けられた男は泣く泣く受け入れることにしました。

 気付けば貴族になっていたようですが、勇者は変わらず愛妻と楽しく村で暮らし続けます。

ちょっと折々に色々メッとする機会は他にもたくさんありましたが、勇者はその一生を愛妻の傍で幸せにイチャイチャしてました。めでたしめでたし。

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