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02 ふて寝するにも限界はある

 アウローラのふて寝が8日目に入った頃、とうとう変化が訪れた。


 カワイイ面会人が現れたのだ。


 カワイイは教えてくれた。

アウローラの罪状がまたひとつ追加されたことを。


なんと、脱獄をしたらしい。


絶対王政から議会制へ、その政権移譲(せいけんいじょう)の際に所有権がうつった古代遺物を盗んで。


旧王家の所有していた最重要国宝…現在は円卓の管理下におかれたその古代遺物を許可なく持ち出し、数十年ぶりに発動させたあげく、忽然と消えたという。


じゃあ今おとなしく牢にいる私は何者なのか、と反論したい。

ぜひしたい。


円卓に乗り込んで、この自慢の高音域と音量を駆使して耳元でわめいてやろうか。

鼓膜ぐらい一撃だぞ。


 ひきつる口元をごまかすためアウローラはむりやり笑みを作った。

貴婦人のほほえみ。

得意だ。


対してカワイイは憤りながらも涙目だ。

 「なにもかも全部おかしいよ! アウローラは悪いことしてない、だつごくもしてない。

ちゃんとこうやって良い子でおへやにいるのに。

ほとんど僕と一緒にいたじゃないか。おでかけしたことないって、離宮から一歩もでてないって知っている人いっぱいいるのに、僕が言ってもレルムが怒っても誰も目も合わせてくれない。

 

 偽物が好き勝手していたらしいけど、そんなの許していたみんながおかしいって僕らはずっと言っているのに、誰も聞いてくれない。

 レルムもどこかに連れていかれちゃった、アウローラ、どうしよう。僕、どうしよう…


なんで笑ってるの、僕ら困ってるんだよお!」


 牢と面会室を区切る華奢な飾り細工の鉄格子にすがり、懸命に報告してくれる王太子アルフレッド(9)。

本当カワイイ。

あどけないくりくりのお目目と高い声、頻繁に起こす大泣きと癇癪は激しいけれど、根はやさしく勤勉で、気まぐれな猫のように極端な甘え方をする健気で愛しい我が夫。



 結婚した当初、王太子はまだオムツをした四歳児だった。


アウローラは老若男女問わず常に人であふれた公爵家で育ったが、幼いこどもに会うのは初めてだった。


何故かオムツしか身に着けておらず、小汚いけど、ちんまりとしたフォルムのこの生き物が、私の夫。


…最高じゃない! とてもかわいいわ!


珍しいぬいぐるみを手に入れた気分で喜んだアウローラだが、その興奮はものの数分でおさまった。


 何故なら夫となった幼児はまともに話せず、抱っこしようとしても身をよじって嫌がったからだ。


おもちゃみたいな見た目だけど、そういや意志ある生き物だったわね。


反省し、ぬいぐるみのように愛でるのを諦めたアウローラが、いったん離れようとしたとたん、彼はとたんに声をあげ暴れだした。


ならば、と、構おうとすれば、その小さな手足で意味なくアウローラをぶち、おろしたてのデビュタントドレスに緑がかった黄色い鼻水をなすりつけ、挑戦的な目つきでこちらを睨みつける。


何とかなだめて一緒に遊ぼうと声をかけ続ければ、唐突にオムツを脱ぎ、パンパンに濡れて重いそれを力強く投げつけてきた。


アウローラの顔に。


 真正面から顔で受け止めてしまったアウローラは今でもあの時の匂いと不快さを思い出せる。


 絶望しながら、全裸で逃げまわる夫を眺めていたアウローラに、さらなる驚愕がもたらされる。


 なんと彼は奇声をあげて漏らしはじめたのだ。


走りながらあたりにまきちらす液体、そして、嫌な予感どおりに濡れた床で足を滑らせ、幼児は頭から転んだ。

なんなら十センチほど滑走した。

数秒の沈黙ののち、凍り付いた場に響いた泣き声は、とてつもなくでかかった。

そして悲痛な響きをともなっていた。


我こそ被害者なりといわんばかりに。

 


 可愛いのは見た目だけ。その正体は理解不能な魔獣である。


 初日でそう悟ったアウローラは、即座に公爵家へ助力を願った。

さらに、自分つきのメイドや王太子妃護衛隊をも巻き込もうとしたものの、そのほとんどに「幼児の扱いなど知らない、職務ではない」と逃げられてしまった。


 アウローラは逃げ遅れた若い護衛の腕をひっつかみ、その場で彼を護衛隊の筆頭に任じたうえで毅然と告げた。


 わたしたちで魔獣を人間にするわよ。逃がさないわ。


 かくしてふたりは、魔獣いやさ王太子を人間にすべく、奔走することとなった。


 公爵家から一時的に派遣されたベテラン乳母に教えをこい、渋る下働きのメイドに頭をさげ、報酬を嵩ますことで勤務時間外の雑用をこなしてもらい、無理なら自らの睡眠時間を削ってなんとかした。


 目がくらむ忙しない日々が一年ほど続くと、ふと気づけば魔獣は人間の言葉らしきものを使い始めており、アウローラたちとコミュニケーションがとれるようになっていた。


 これはきっと我々が魔獣育成スキル(そんなのないけど)を取得したからに違いない、などと筆頭護衛と冗談を言いあえるほど日々に余裕がうまれる頃には、魔獣は完全に人間となっていた。


 ぎらついていた目は、きらきら輝く瞳に。

あせもと爛れで血が滲んでいた肌はふくふくと健康的に。

美しい金色の短い巻き毛にふわふわと風をふくませ、よく笑い、よく甘え、おしゃべりを好む。


 とびきり愛らしい王太子アルフレッド殿下がそこにいた。


 アウローラは魔獣でも人間の幼児でも王太子を変わりなく愛でたし、王太子はアウローラに大変よく懐いた。褒め、ともに遊び、学び、諭し、なだめ、叱り、あげく取っ組み合いになっては有能な筆頭に引きはがされる。

そして飴をそれぞれの口に放り込まれ、始まるのは仲直りの握手と称した忖度なしの腕相撲。

勝者が得られる二個目の飴は常にアウローラの物だったが、最近ちょっと厳しくなってきていた。

小さな手が大きくなって、逆に負け続けになっても、ずっと一緒にいるつもりだったのに。


 正直、どうしようはこちらもそうだけど、優先すべきはこの子の健やかな成長だ。

まずは褒めよう。


 「ごめん、説明がうまくてびっくりしたから。おかげで状況がよくわかったわ」

 実家である公爵家がどうやらかん口令を布いたようだ、と。


円卓との交渉が難航しているのだろうか。


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