19 息子は父親より強くなるって相場は決まっている…
フューセル父ちゃんが自邸に戻った後くらいの時間軸です。
そのころ、平民牢で足止めくらっているヒーローは…
特別室を解体しはじめて、どれくらいたったのか。レルムは石床をベリベリ剝がしながら、ふと思った。
腹は空いている。しかし飯がこないので、3時間はたっていないはずだ。
(妃殿下は食事ができているだろうか。…この剥がした石が飴だったら、妃殿下のかわいい口に(ついでにアルフレッド殿下にも)そっと入れて、「ありがとう、レルム」って笑顔でお礼を言ってもらえるのに…あ、でかすぎるか。あの小さい口には無理だな。…こんなもんか?)
レルムはさっきまで床だった石の破片をひょいと拾って親指と人差し指で割り砕き、こすって削り、サイズを調整する。そして一口大の板飴の大きさにした石をしばし眺め、ふっと飽きてそれを捨てる。
そして、石床の下から現れた鉄板を殴りつけはじめる。
(腹が空いたなぁ…妃殿下のところに帰りたいなぁ…鉄板さえなければな…もう少しな気がするんだが。早くこれ割れないかなぁ…)
さて、レルムを他の収容者の野次から守るべく善意から特別房へいれてあげた看守だが、8日経った今、看守室から出られず、ガタガタ震えて響き渡る爆音に怯えていた。
(…あれは、なんだ…本当に人間か!? 素手であんな音だせるものなのか…?)
他の牢も静まり返っている。特別房から聞こえてくる破壊音に怯えているのは何も看守だけではないのだ。
(…人のはずだ。何も道具は持ち込んでいない。どうやって手錠を壊したんだ。それに、なにより、あいつ…飲まず食わずで…なんでまだ元気に生きていやがるんだ…!?)
破壊音は気まぐれに止み、またはじまって爆音が続き、止み、そして時に大胆に激しくなる。
最初こそ、楽観視していた。この爆音に驚いた他階の看守たちとともに、かわるがわる特別房の扉のすきまから様子を覗き込みつつ、「すっげぇな」「なにあれ魔獣?」などと野次馬気分でいたくらいだ。
魔獣だろうとあの特別房にいる限りは無力だ。何故か勝手に囚人が動けなくなる魔法のような牢だ、絶対に破けまい。
そう高を括って「まぁ放っておけばそのうち衰弱して死ぬだろ」という方針のもと、食事も水すら与えていないにも関わらず、何故かいつまでたっても破壊音が元気に響き渡る。心なしか慣れて効率よくやっていそうな雰囲気すら漂わせて。
(怖ぇぇよぉ…、どうすりゃいいんだよ、あんな魔獣。円卓に頼りたくても、おれら円卓に訴えるなんてやったことねぇぞ。確か申請書をだすんだろ、色々細かく書くことがあるんだとか…冗談じゃねぇよ、家族の名前くらいしか書けねぇよ…平民なめやがって、どうしろってんだよお…)
年老いた看守は少し痩せてしまった。音から逃れようと頭を抱え、机につっぷす。仕事はたまっているが、それどころじゃない。
そんなとき、唐突に肩がとんとんと叩かれ、驚いた看守は椅子から転げ落ちた。
「な…な…っ!」
「あー。すまない、聞こえていないようだったから。申し訳ない」
両手を自分の肩の横に掲げて「何も持っていません。無害です」とポーズをとっていたのは、身なりの整った貴族らしい城兵だった。
その後ろには、城下街でよくみる制服を着た警ら兵の男と、明らかにやんごとなき雰囲気の美しい少年が並んで立っている。
「…?」
目を白黒させる看守に手を貸し立たせてやりながら城兵は名乗った。
「私は王国軍の近衛に所属する離宮警備隊隊長のサージェントと申す。うちの護衛官が誤ってこちらにお世話になっているため、迎えにきた。名はレルム。若い男で、髪は青みがかった黒。そこここ鍛えているから体格がいい。おとなしいが逆鱗に触れると暴れだす悪い癖がある。お手数だが、8日前の入牢手続き関係の書類を探って見つけてくれないか、この階にいるらしい」
看守は目を見開いた。「助けにきてくれたのか尊きお方! さすがお貴族さまだぁぁぁっ!」
「!?」
サージェントは、突然叫んで抱き着いてきた老齢の看守に驚く。看守は喜びと安堵に満ちた顔で涙を流しながらすがった。
「早く、早く連れて帰ってください! あっちの、ちょっと出っ張った位置にあるあの特別房です! すげぇ音させている、あの部屋です」
「え、…この音、まさかひとりで出してんの…?」警ら兵の男がぼそりとつぶやいた。
「レルムならやるかもね」やんごとなき風の少年が答えた。
「鍵はこちらにあります! 後はお好きにどうぞ! お願いします、どうか…早く…!」
鍵を渡すというより、もはや隊長のほおに食い込むほど押し付けた看守は、隊長が鍵に触れるやいなや、さっと飛び退り、そのまま階下へ走り去っていった。
唖然とその姿を見送った3人の男(うちひとり少年)は、次にそっと特別房へ視線を向けた。少しすると、激しい破壊音が唐突にやみ、またしばし短い静寂が訪れる。
隊長は少年を見た。少年は頷いて、元気よく告げた。
「行こう。大丈夫、僕がついているから」
にっこり笑って軽快に歩き出す王太子アルフレッド。
そのあとを慌ててついていく男は平民牢で知り合ってそのまま世話係になったライリーだ。
サージェント隊長は深くため息をついて、覚悟を決めると、おもむろに歩き出す。
身体も大きいが歩幅も大きい彼はすぐに王太子を追い越し、特別房の扉を開けた。
開けて、見えた中の状態にとっさに閉めそうになるも、踏ん張ってこらえて、そのまま道を開ける。
「…わぁ」アルフレッドが中に入りながら声をあげた。
「これすごいね…遺跡みたい」
「それをいうなら廃墟です」
「それだ。はいきょ。覚えた。ありがとう、サージェント」
「どういたしまして」
レルムは、鉄格子の向こうでこちらに背を向ける形で横たわっていた。
頭を抱えているところも、まるで、ふて寝した僕みたい、とアルフレッドは思ったが、口にださず歩み寄り、鉄格子を掴んでゆすってみる。
「ねぇ、サージェント。この棒はどうやったら外せるの?」
「これは鍵で開けます。外れません。ここが、…こう開きます」「おおー」無邪気な声が楽しそうに、パチパチと拍手の音ともに響く。
「何してんだ、レルム。殿下の前だぞ。だらしない真似さらしてないで、早くでてこい」
「たい、ちょう、い、まは、う、ごけま、せん」
「…は?」
「て、つごう、し、に、な、にか、し、か、けが」
「…ふむ」顎をこすり、隊長は考えをめぐらした。
何もわからないことがよくわかり、よくわからないなりにこの全裸が動けないことだけを把握する。そして、
「…てめぇ…よくも勝手に暴れてくれたな、ああん…?」鬱憤を晴らすことにした。
「てめぇが暴れてしょっぴかれてからこちら、俺は各方面へ謝罪行脚だ。頭下げすぎて腰やるかと思ったわ。どう落とし前つける気だこんクソガキ」
牢の中に乗り込んで、喜々として蹴り飛ばす。
その治安の悪すぎる風体に、ライリーは「この人、昔やんちゃだったタイプか…」と王太子の目をふさぎながらそっと自分も目をそらした。
しばらくの間、レルムをおもちゃのボールのように蹴りあげながら説教をしていた隊長だが、されるがままであったレルムからの反撃の蹴りが来たのを「おっ!」と避けて飛び退った。
しびれがおさまった挨拶がわりに蹴りを繰り出したレルムだが、しかしそれ以上はせず、そのまま身軽に立ち上がると改めて敬礼し、報告した。全裸で。
「隊長。その鉄格子、俺がさわると行動不能になります。具体的にいえば痺れがきます」
「いいな、それ。欲しい」隊長が真顔で答えた。
「レルム、さわっちゃったの?」アルフレッドが心配そうに近寄ってくる。
「はい、殿下。腹が減りすぎて、よろけて、うっかり」
レルムは大きくため息を吐き、言った。「もしかして食事の時間ですか? ということはあれから3時間たったということですね」
「ううん、8日たっているよ」アルフレッドが答えた。
そして、腰にぶらさげたオモニエールから焼き菓子をいくつもとりだし、レルムに差し出す。「どうぞ」「感謝します」レルムは敬礼で感謝を示した。
そして無造作に受け取ったそれを次々に口に放り込み、咀嚼する。全裸にかまわず。
「隊長、水ほしいです」
「てめぇの血でもすすってろ」
「それが…無傷なんですよね…」
「やめろ。残念そうにするな。怪我あったらマジすすれたのに、みたいな反応するな! ライリー、すまんが飲み水を分けてもらってきてくれないか。このクソガキのために動くのは心底ごめんだろうが、水を求めて勝手に動きやがったら可哀そうなのは看守らだ。どうか、頼む」
「…おおお…いや、もちろん、はい、すぐ戻りますんでっ」
ライリーは駆け出した。
自分以外は全員貴族のはずなのに、多い血の気を抜いてもらえと軍へ放り込まれた自分よりも、平民の自分よりも、言動が荒い。
しかも全員が平然としていて、まるでこれが日常ですと言わんばかりに和やかで…とても、とても…治安が悪い。
(貴族、怖ぁぁっ!)
隊長はレルム以外には腰が低くて優しいのが逆に怖いし、王太子は動じなさすぎてもう怖い。レルムはいうまでもなく怖い。あの人、人間で合っている?
ライリーが怯える看守に拝み倒して何とか話を聞いてもらい、大量に押し付けられた飲み水の袋と簡易食糧の瓶を両手に抱えて戻ると、3人は特別房からでて、扉を触りながら立ち話をしていた。
レルムは全裸のまま、借りたのか隊長のコートを頭からかぶっており、扉を触っては首をひねっている。
王太子はレルムを指さしてケラケラ笑っていた。ライリーがドン引きしていると隊長がレルムをどつく。
「腰に巻けって意味だよ、このアホ!」
「…おかしいな、この場所でも痺れたんだが…?」
「聞けよ。お前その姿で平然とできるのはおかしいからな。全裸に慣れるな。野生にかえるな。隠せ」
「ええ、こうやって隠してさしあげる予定だったんですよ、おれの計画では。貴賓牢から離宮まで、俺のコートをベール代わりにしてもらう…想像だけで滾る…」
「御名をださなきゃスルーされると考えたんなら大間違いだぞ。不敬罪だ。」
「たぎるってなに?」
「男の夢ってやつです、殿下。だって、隊長。あの破廉恥なクソ書記官やろう、連れ出すときに、妃殿下にベールも許さなかったようなんです…ひどすぎますよね…おれの妃殿下なのに…有象無象どもに顔をさらす羽目になるなんて…おかわいそうな妃殿下…早く救いだしてさしあげないと」
「レルムのアウローラ?」アルフレッドが首を傾げた。「まぁレルムならいいか。でも僕のアウローラでもあるからね」
「…、…まずは水のめ、水。
ああ、糧食も頂けたのか。ライリー、ありがとう」
隊長は、何か言いかけたものの話題をそらして、3人を看守室に移動させる。
未だ全裸のレルムが歩きだすと、隊長のコートがベールのようにひらめく。
げっそりしたライリーがそっと後ろからコートを取り、同じく歩きながら腰に軽く巻いてやる。
「ありがとう」
「どういたしま…え、そんなバクバク食えるんすね…」
「夜勤に備えて警備隊はみな歩き食いができるのです」
「お、おお…?」
もらってきた簡易食糧は香草を練りこんだ乾パンである。とてもマズい。
歩き食いができるか否かではなく、よくそんなのスナック感覚でいけますね? の意味だったライリーは、訂正する気力なく、そっと目をそらした。
看守室についてからも、レルムは仁王立ちで勢いよく水を飲む。
その姿を眺めていたアルフレッドが呟いた。
「…すっごい飲むね」
「まだ腹が減っているからですかね? 何故かいくらでも入ります。まるで何日も飲んでないみたいだ」
「多分、そうなんだと思う…」
年若ふたりの会話を聞き流しながら、これからさらに厄介になるだろう話題をいつ出すか、隊長は思案した。
言ったら暴れるな。間違いなく。どこで言うべきか。…まぁここでいいか。どこだろうと厄介なことは変わらないだろうしなぁ、と諦めとともに、隊長は口を開いた。
「…昼過ぎに妃殿下が公爵と王の迎えにより円卓の招集を受けたらしい」
レルムの飲み込む喉の音が止んだ。アルフレッドが振り返る。
「それって僕がライリーと部屋に戻ってからの話かな?」
「はい。…レルム、落ち着いて聞けよ。夕方の今も円卓は続いている。終わるけはいがないらしい。途中、休憩として議会室は一時無人になったが、妃殿下がでる姿を見た者がいない。部屋に入ったのを見た者は大勢いる。招集中は扉に隙間があったというからレディがいたことも確実だ。しかし、出てきておらず、また室内にもいない。行方不明…レルム、落ち着け。まだ続きがある」
隊長は動こうとしたレルムを静かに止めた。
「…公爵からは何も連絡はない。しかし、その後の早い時間にひとり本邸へ戻っている。おれは、ちょうど第1隊の幹部城兵を締め上げていて、その報告をたまたま聞くことができた…軍部を言い様に使っておきながら情報共有しないのは相変わらずだが、上できな臭いことが起きているのは確かだ。
妃殿下が行方不明の議会室には、国宝が持ち込まれていたという。恐らく、商人の娘と同じ現象が起きたのではないかとおれは推測している」
「…消えたってこと?」アルフレッドの問いに、隊長は頷いて答える。「…おそらくは」
アルフレッドがさらに問う。
「…消した、のかな? アウローラを。円卓が」
隊長は違和感を覚えて思わず幼い主君を見下ろした。
アルフレッドはまっすぐに隊長を見上げていた。
美しい目だが…やたらと魅力的に見える。頭がのぼせて、よくわからんがまずいぞ、と思う間もなく、隊長はぐわんとめまいを感じた。「…おそらくは」口が勝手に話し出す。
「…円卓が、魔法の再現を切望していたのは確かですので…詳細は不明ですが…噂では…かつての王家が処刑できない王族を一時保管する牢として使われていた…魔法の道具がそれだとも…妃殿下が…被験体になった…可能、性、が……」
隊長は頭をふって思考をとりもどすと、困惑しつつ姿勢を正した。
「なんだ、今…? いや、殿下、申し訳ありません。気が散っておりました」
「うん、大丈夫。何もおかしくないよ、サージェント。ありがとう」
アルフレッドが無邪気な笑顔を浮かべた。それを見ていたライリーが目を白黒させる横で、レルムが眉をひそめる。
「…アルフレッド殿下。それをしてはいけません。おれとの約束を破りましたね」
「だってアウローラがいないんだ」
アルフレッドがライリーを見つめ、ライリーの目から光が消える。またサージェントを見つめて彼の意識をかく乱し、茫然自失にする。
そして、あどけない顔にらんらんと輝くその瞳をレルムに向けた。
「我慢していい子にしていたのに、アウローラは消されたんだ。だから僕は悪い子になるよ。アウローラを取り戻すために」
レルムも頭がのぼせはじめるが、ぐっと目をそらして抵抗した。目さえ見なければアルフレッドの謎の能力には逆らえる。…何故か妃殿下は平気だったようだが。
「あのね、レルム。僕らのアウローラを消したのは円卓なんだろう」
あどけない、少年の声が聞こえる。…美しい声。
「今の円卓は悪いやつらだ。悪いやつらは倒さなきゃ。放っておくと、いい子にしているひとたちがまっさきにひどい目にあう。僕、わかったんだ。なにをするべきか。王太子として、円卓のじだいとして、どうしたらいい子が平和にくらせる国が作れるか」
おかしい。レルムは焦った。目を見ていないのに、効いている気がする。
「本当はレルムを思い通りになんてしたくない。レルムにひどいことしているってわかっている。アウローラには効かないけど、効いたとしても、こんなこと絶対しないって誓う。だけど、ねぇ、レルム。お願い、これきりにするから。あとでいっぱい叱られるから。おやつもいらない。べんきょうもがんばる。取り戻したいんだ。どうしても。僕らのアウローラ…僕のおかあさま。お願い…協力して。どうか…お願い」
レルムは目を開けた。自分の意志で。
アルフレッドは破顔した。ありがとう、とささやくと、目に力をこめる。
「悪い円卓を倒そう。レルムならできる。僕の勇者…僕のおとうさま。国宝を手に入れて、何とかしてくれる人のもとへ届けるんだ」
受けいれてしまえば、レルムの意識が研ぎ澄まされ、アルフレッドの声だけが胸の内で反響し馴染んでいく。
「円卓を倒す。国宝を持って王姉オルテシアさまに会う。僕の名はアルフレッド、このお願いが叶うあいだだけ一時の主となる。
どうか救って、僕の世界を。僕らの平和な日常を。消えたアウローラを取り戻すために…国宝を持って王姉のもとへ…!」
レルムの意識が飛んだ。
王家に絶対服従だった前王朝の名残りから、軍部は議会制という新しい価値観についていけていません。
そのせいで、円卓を舐めていて、ちょっとフラストレーション溜まり気味の世界観です。
国への忠義心から今のところ黙って従っていますが、円卓への不信感と疑問はバリバリ持っています。
フレドリクがせっせと洗脳して軍部の離反を防いでいますが、それでも燻っています。