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01 お呼びでない訪問者

近世ヨーロッパの雰囲気を取り入れただけで、まったくオリジナルの歴史観、世界観です。

出てくる建物や慣習、エピソードなどが現実にある名称と一致する場合がありますが、あくまでモデルにしているだけで、創作を加えております。

現実との相違に脳が混乱する方がいたら謝るしかないです。ごめんなさい。

ここと違う次元にはこういう歴史を歩んだ世界もあるかも、という解釈で楽しんでもらえたら幸いです。

 離宮の朝は早い。


主たる王太子はまだ就寝中で、夜勤明けの護衛隊はみな、日勤との交代に備えて詰所へ下がっていた。


異性の目のない時間に女たちの空気はゆるんでいる。

手を動かしながら口もよく動き、遠慮のない笑い声が飛び交っている。


 そのとき、アウローラは上座にある己の席で朝食をとっていた。


 若い侍女候補生たちはおしゃべりに夢中。

メイド見習いは食べながらも慣れた手つきでスープをおかわりする。

幼い行儀見習いはアウローラの隣で、せっせとパンばかりを口に運んでいる。滋養高い高価な香草を使ったスープは無視し、小さくカットされたフルーツを「次はお前だ」といわんばかりにみつめているが、あいにくそれを許すアウローラではない。スープの滋養は重要。一口は飲ませてみせる。


 アウローラの方針で、朝のこの時間だけは離宮全体がのほほんとした無法地帯になる。

階級は違うが、似たような年頃の集まりだ。

親元を離れて頑張る娘たちには、揃って素でいられる時間が不可欠なのだ。


 息抜きは大切と知っている。

管理者のアウローラだって親元を離れて頑張る娘のひとりなので。


 そんないつもどおり賑やかな朝食室に、突然現れた男は司法官憲(しほうかんけん)だった。


それも特別司法書記官を名乗った。円卓直属の事務官らの長で、一般には裁判でしかお目にかかれない存在。

 ともに現れた第1隊城兵が『誰も動くな』という鋭い号令を発し、荒事(あらごと)に無縁な令嬢らを怯えさせ、命令され慣れた平民の娘らも中途半端な姿勢のまま動きを止めた。

 幼い少女だけが、きょとんと男たちを眺め、口をモグモグさせている。


 不穏な空気のなか、一枚の逮捕状を回りにみせつけた男は、王太子妃たるアウローラへの挨拶もなく、彼女ひとりの速やかな移動を一方的に要求した。

 アウローラは内心の動揺を隠し、やたらとせかす男に対し威厳を保つことで応えた。

お飾りとはいえ王太子妃の沽券(こけん)というものがある。


 いくどかの応酬(おうしゅう)で何とか連行理由を引き出したものの、不可解がすぎると思考が固まるらしい。


 アウローラの罪は、王太子妃にあるまじき品性の欠落と、公務予算の横領だそうだ。

具体的にいえば、優秀で見目麗しい令息や一般市民を私的に独占支配し、公序良俗に反する無理を強いるなど秩序を乱した罪。


公務のための予算を名誉市民たる商人を通じて着服し、慣習を無視して職人見習いを直接雇ったうえ自らが売り子となって奇怪な商品を売りさばき、あげく国外への販売ルートを独自に開拓した罪という。


 なんのこっちゃ。


 ほぼ全員が唖然とした。

アウローラも唖然としているうちに、城兵の強制的なエスコートが行われ、流されるように身一つで貴賓牢に勾留されてしまっていた。


 牢にぽいっとされてから、何の音沙汰もない。

食事や体を拭く湯は運ばれてくるが、それ以外はほぼ放置されている。


 アウローラは王太子妃だ。

14歳でその身分を拝命してから五年、わりと頑張ってきた。

しかし今は罪人だという。

身に覚えがないが。


 そもそも横領なぞやりようがない。

結婚当初はともかく、ここ数年ほど円卓から予算などおりていないからだ。

離宮の運営費は全て実家である公爵家が賄っており、アウローラは月単位で詳細な報告書を父親へ提出しなければならない。つまり中抜きも脱税もできない。


 なにより報告対象は経費だけでない。預かって教育している少女たちの習得度合いから王太子の今日のご機嫌まで含まれている。


 朝食後から夕方にかけて分刻みのスケジュールに日々奔走し、夜は寂しさでぐずりがちな幼い見習いの少女を片腕に抱いてあやしながら、明かりの消えていない部屋のドアを次々ノックして早く寝るよう促して回る。

見回りが終わり、少女を寝かしつけてから寝室に向かい、うとうとしながらおしゃべりをやめない王太子に応えながら、深夜まで枕元で事務仕事におわれるアウローラに、商人になって一攫千金とかやっている暇は生み出せない。

商人街とか行く暇ない。

売り子はちょっと心惹かれるが、やらない。立場的に。


 それはそうと令息や一般市民の私的な独占支配とは何なのか。

気になる。

秩序を乱すほどの公序良俗に反する無理って何をしたらそうなるんだろう?

気になる。


 気になりすぎたアウローラは、想像にふけり、最初の一日をそれだけで消費した。

その後はほとんど寝ていた。

暇だったからというより、現実逃避だ。

なにせ打てる手がない。


 突拍子もない罪状は当然何かの間違いで、調査早々解放されると思いきや、そうならず。

逮捕した側の円卓はともかく、実家からの連絡どころか差し入れひとつないのだ。


牢番は黙ったままこちらに決して近寄らず、声をかける隙もない。


 (曲がりなりにも棟梁娘が捕らえられているのだから、公爵家は必ず動くはず。おそらく円卓との交渉が長引いている。

こちらからの連絡手段がない以上、ことが動くのを待つしかない。)


 慣れない孤独も耐え難いのに、不安まで抱えるのは心に悪いだけ。

だから寝る。

何も考えずにすむように。

焦って余計な事をしないように。


やっていられるか。



アウローラちゃんは19歳。

イメージとしては、離宮は全寮制の女子校。

5才(王太子の側室候補)が一人混ざっていますが、10歳~16歳の20人前後のこどもが共同生活をしています。3か月~1年ほどで教養を得た淑女と太鼓判を押されて卒業していきます。


建物の警備兵や掃除洗濯調理など下働きをしてくれる大人がたくさんいます。

が、平民のメイド見習いちゃんたちも、礼儀作法の時間以外は技術取得のためせっせと下働きを頑張ってくれています。

アウローラちゃんは、寮長 兼 教師(子守り含む)を務めているという感じです。



貴賓牢…貴族用の牢。

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