【206 第一次西部攻略戦(二) ~地下牢での密談(前)~】
【206 第一次西部攻略戦(二) ~地下牢での密談(前)~】
〔本編〕
さて、ツァイトオラクル王の佞臣のうち、中心がマルダーという名の人物である。
マルダーは今年三五歳になる青年だが、雪のように白くきめ細やかな肌を持つ美男子であり、見た目は二十代前半と言っても差し支えないほどである。
ツァイトオラクル王が最も気に入っている家臣で、セミケルンを失脚させた後、セミケルンの後釜として宰相となっている。しかし、宰相として國を束ねていくような能力は皆無であった。
マルダーの美点は、政治などに積極的に関わろうとする暗君ツァイトオラクル王に一切反論せず、むしろ王の発言を美辞麗句で飾り立てて誉めそやすことだけであった。
つまり、今回のような国難に対して一切何も手を打つことが出来ないのであった。
そして過去に一度、他の佞臣たちと共に王都から逃げ出したが、結局は聖王国によるセミケルンを失脚させようとする謀略が功を奏し、王都に返り咲く。
しかし今回、同じ手は使えない。仮に今回も王都から逃げ出したとしたら、さすがにツァイトオラクル王のマルダーに対する信任は失われ、セミケルンが宰相の座に再び返り咲くであろう。
セミケルンにしても同じ轍は踏まない。敵国への対応と同時並行で、マルダーたち佞臣についてどこまでも腹心を使って追跡させ、捕らえた後は、国難に際し王都から逃げ出したことについて、敵前逃亡の罪などで断罪するはずである。
いずれにせよ、容姿が優れているだけのマルダーに王都を逃げ出して生き残れる術はない。それはいくら無能なマルダーであっても、一度の経験でよく分かってはいた。
むしろ自己の保身のみに執着しているマルダーにとって、こういったことに対して人一倍敏感であったといえる。
そのようなマルダーがとった行動は、ある意味驚くべきものであった。そしてそれは、本人は全く意識していなかったことであるが、彼が取った手としては奇跡的な妙案であったといえる。
つまり自分にこの国難が解決できないのを十分に認識しているマルダーは、この国難を解決できる人物から策を引き出そうと思い立ったのであった。
マルダーは極秘裏で、地下牢に投獄中の元宰相セミケルンの元を訪ねた。
「マルダー宰相閣下! どうなされたのですか?! このような場所にお越しになられますとは……」
元宰相セミケルンが囚われている獄舎を見張る二人の牢番が、目を丸くして、マルダーに尋ねる。
「少し、セミケルンの哀れな姿を見てみたいという戯れからだ! この件、絶対に他言するな! もし、噂でも漏れたとしたら、お前たちの首は胴から離れると思え!!」
「「ハッ! むろん誰にも言いません!!」」二人は揃ってそう答えた。
「よし、しばらくここを外せ!」そう言うとマルダーは、二人に金の入った袋を渡す。
二人は恐縮しながらも、嬉しそうに詰め所まで去っていった。
「セミケルン! 生きているか?!」二人の牢番が去った後、マルダーが柵越しに、牢獄のセミケルンに話しかける。
「おお、マルダーか! お前がこのような所に来るなど、どういう風の吹き回しか? どうやら、俺の命も今日限りということか?」
「フッ! 明晰な頭脳をお持ちのセミケルン殿も、こと自分のことに関しては、その知恵も曇るものだ」
「それは嫌味だな、マルダー! 俺は全体が見える分、自身の足元が見えなくなるのだ。そうでなければ、お前たち佞臣が王都に帰還したことに全く気付かず、獄舎に放り込まれる事態にもなってなかったであろう」
セミケルンは自虐的にそうは言ったが、それについて悔やんでいる様子は無かった。そもそも自己の保身に気を遣うような性格であれば、現王にここまで嫌われることもなく、また現王に嫌われている自分自身を気に入っているセミケルンであるから……。
「ここに足を運んだのは、お前の身を案じてのことだ!」マルダーがセミケルンに話しかける。
そのマルダーの言葉に対し、セミケルンは全くの無言であった。
マルダーがどういうつもりでここに赴き、そのような見え透いた虚言を言っているのか、その意図が全く読めない故からの警戒であった。
まあ、それとは別に牢獄生活で体力も消耗しているので、言葉を発するのも億劫だったという側面もあったが……。
「これから話すことに何らかの助言をお前が出せれば、俺は王にそれを取り次ごうと思っている。そして、場合によっては王にお前の助命を請うつもりだ!」明敏なセミケルンは、マルダーのこの言葉から全てを察した。
「バラグリンドル地方が奪われれば、敵は続いて、奪還した海洋を守るために、周辺地方に侵攻してくることになるだろうな!」
「何!」
セミケルンの呟きに、マルダーが思わず発した一言は、彼の正直な気持ちが前面に出ており、その声色は思いっきり裏返っていた。
「取り繕うな、マルダー! つまりは、イーゲル・ファンタムに敵が迫ってきているという国難に、今、誰も具体的な対処が出来ないということなのであろう。つまりは俺にその方策を求めにきたと……」
「……い・いや、今後聖王国がそのような行動に出るかもしれないと思っての、さ・先を見据えての手として、お・お前の助言を求めているに過ぎない! そ・それにその手についても、ほぼ俺の中で固まってはいるが、一応、お・お前の意見にも耳を傾けてみようかと思ってのことだ! そ・それ以外に他意はない!!」
「……」マルダーのこの強がりには、セミケルンも呆れて二の句が継げなかった。
それでもセミケルンは、どこまでもミケルクスド國を行く末を憂いるだけで私利私欲のない清廉の士であり、自身の保身のためのそれを曲げるのを最も嫌う性格であった。
「そうか、ではお前ももう考えついているとは思うが、バラグリンドル地方を攻略した聖王国が、その海岸線を完全制覇するために取り得るべき手は、分断したミケルクスド國の北部地域に南北から同時に攻め込むこと。これが聖王国として取り得る最良の手といえるな!」
「そ・そうだな! そ・その可能性は十分に予測し得る!!」
「そして聖王国が、その手を取り得るに最も強力な手駒を使い仕掛けてくるであろう。北方はジュリス王国と共同戦線を再び編成するとして、おそらく切り取った北部地域の領土は全てジュリス王国の領土にするという約束を結ぶはずだ。同盟国のジュリス王国の国力が上がるのは、聖王国にとっても大いに好ましいからな! 聖王国の強力な手駒といえば、マデギリーク将軍であるが、マデギリーク将軍を北部に配置した場合、南方の将を誰にするかだ! そう考えると聖王国筆頭のマデギリーク将軍が南部側の指揮官で、北部側は別の指揮官を誰か派遣することになるか!」
「いや! 北方がマデギリーク大将軍で、南方がヌイ将軍だ!」
「何……?!」
「……いや、い・今のは俺の推測だ!」
「そうか……、お前の推測か!」セミケルンは、マルダーのこの言葉に獄中で笑いを堪えるのに精一杯であった。
〔参考一 用語集〕
(人名)
セミケルン(ミケルクスド國の元宰相)
ツァイトオラクル王(ミケルクスド國現王)
ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。大将軍)
マルダー(ミケルクスド國の宰相。ツァイトオラクル王のお気に入りの家臣)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)
(地名)
イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)
バラグリンドル地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
〔参考二 大陸全図〕




