【204 不可侵条約(後)】
【204 不可侵条約(後)】
〔本編〕
「むろんです!」カヴァーロは、表情も変えずに言葉を続ける。
「貴国のその軍事行動を我が国が咎める正当な理由もなく、また、咎めるつもりもありません!」
「カヴァーロ殿! 外交の使者として、さすがにそのご発言はいかがかと……。そのご発言は取りようによっては、聖王国が同盟国であるジュリス王国を見捨てるように聞こえてしまいますがいかがか?! 自国の利益のために、同盟国を生贄に差し出すかのようなご発言とも受け取れますが……」これは帝國重臣一人の発言。
「いえ、私の発言は貴国がジュリス王国に攻め入ることに関して咎める理屈がないことを客観的に申したに過ぎません。ブーリフォン聖王陛下の統治下にある聖王国は、固い絆で結ばれたジュリス王国のそのような国難に対しては、全力を持ってそれにお応えいたします! 貴国におかれましては、そのことを良く念頭に置かれた上で、軍事行動を起こされることを願ってやみません!」
カヴァーロのこの発言に、帝國の重臣は皆一様に顔色を変え、中にはカヴァーロに詰め寄るのではないかと思われる者すら出かかったほどであった。
バルナート帝國との不可侵条約を望んで帝國に赴きながら、帝國の動き次第では一戦も辞さぬことをはっきりと示唆した発言に他ならないからであった。
「ガハハハハハハハッ……」突然、ドラゴンが咆哮しているかのような大きな笑い声が、広い帝王の間に響き渡る。皆がその方向に目をやると、レアンハルト帝王が一人大笑いをしていた。
「気に入ったぞ!」ひとしきり笑い終えた後、帝王がカヴァーロに言の葉を投げかける。
「カヴァーロ! お主と、お主を差し向けた新聖王ブーリフォン聖王をわしは大いに気に入った!! よかろう! 聖王国の望む通りの不可侵条約を結ぼうぞ! 詳しい取り決めについては、宰相と詰めておけ! 宰相! 後は任せる!」
「ハッ! 帝王陛下、それはご英断であります! 後は万事、私にお任せ下さい!」
ここに、ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の不可侵条約締結の確たる道筋が見えたのであった。
「陛下、ただいま、戻りました!」
龍王暦二一〇年二月一〇日、聖王国の外交官カヴァーロがソルトルムンク聖王国王都マルシャース・グールに戻り、ブーリフォン聖王との謁見を果たした。
「カヴァーロ。よく、条約をまとめてきてくれた。礼を言う!」
「勿体ないお言葉! 役目を十二分に果たしたわけではありませんので、お叱りを受けてもいたしかない心持でありました!」カヴァーロが聖王の言の葉に対し、地面に頭をこすり付けるように平伏した。
「五年の期限付きであることを言っているのか? そのような些末なこと! 帝國の宰相がなかなかの曲者であったということだ! お前に全く落ち度はない!」ブーリフォン聖王が笑いながら、カヴァーロを労わるよう、そのような言の葉を投げかけた。
「聖王陛下のおっしゃる通りだ! カヴァーロ」ブーリフォン聖王の横に座っている巨漢の宰相が、聖王の言の葉にそう言葉を添えた。
「逆に、それほどに頭の切れる現実的な男が帝國宰相であれば、我らがしくじらない限り、条約を一方的に破棄されることはない! むしろ、これから五年間は絶対にバルナート帝國が攻めてこないという確約を得たようなものだ!」
「それに我が聖王国にも、その帝國宰相に負けず劣らずの曲者宰相がいるから安心しろ。カヴァーロ!」ブーリフォン聖王が笑いながら、今度はヴァハフント宰相の言葉に、そう言の葉を添えた。
「バクラ地方の割譲という好条件でありながら五年という期限付きの条件とは、なかなかウルペースという帝國宰相もふっかけたな!」聖王国のヴァハフント宰相が、そう発言する。
「致し方あるまい!」ブーリフォン聖王が言の葉を紡ぐ。
「バルナート帝國からすれば、我らの富国強兵に付き合うという立場であるので、どこまでいっても我らの方が立場的には下。帝國からすれば、こちらと不可侵条約を必ずしも結ぶ必要がないのであるから……。 バクラ地方割譲とはいっても、元々バクラ地方の北半分は帝國が既に実効支配しているので、彼らにとっては一地方の半分を獲得したに過ぎない。彼らからすれば、聖王国の領土などいくらでも簡単に奪えると思っているのであるし……。そのような状況下において、カヴァーロ! 良くこの条件で話をまとめてくれた」
「陛下、もったいないお言葉でございます。確かに陛下のおっしゃられるように、帝王も帝國宰相も、バクラ地方の割譲の条件につきましては、あまり関心がない様子でありました。むしろそれより、パンドラーイ将軍を対バルナート戦線から異動させることの方に非常に関心を示されました。パンドラーイ将軍の異動先を気にするほどに……」
「成程! 局地戦とはいえ二〇三年のバクラ地方でのバルナート帝國大敗は、彼らにとって一大重要関心事なのであろう。帝國側の徹底した情報封鎖や情報操作により帝國民たちには、“我が帝國はミケルクスド國の要請に付き合い、聖王国に攻め入ったに過ぎない。これはあくまでもミケルクスド國への付き合い程度の侵攻なので、どちらかというと軍事演習的な意味合いが強かった。従って、一通り兵への練兵が済んだ時点で、自国に引き上げたという”体裁にしているらしい。バルナート帝國がソルトルムンク聖王国に大敗を喫したという事実は、帝國の立場からすると絶対に公には出来ないことだ! パンドラーイ将軍の性格からも、なるべく自分が表舞台に立たないよう画策したらしいが、さすがに二〇三年の勝利で、バルナート帝國ではそこそこ名前の知られた敵将軍ということになってしまった。皮肉なことだが、聖王国民の方がパンドラーイ将軍のことをあまり知らないぐらいだ」ヴァハフントがそう説明した。
「それでも帝國の四神兵団が出撃すれば、そのパンドラーイ将軍も一蹴できると、帝國宰相は豪語しておりました!」カヴァーロはそう言った後、さらに続けた。
「しかし、バルナート帝國最強軍団である四神兵団を、弱小国のソルトルムンク聖王国に差し向けること自体が、帝國の威信を傷つけることになるでしょうし、その上、仮に四神兵団を出撃させながら、パンドラーイ将軍に負けるようなことにでもなれば、それこそ帝國の威信が地に堕ちてしまいます。そのような高リスクの賭けは、ウルペース殿は絶対になさらないでありましょう」
「そうだな。いずれにせよ、朕はこの条件での不可侵条約締結は出来過ぎと思っているぐらいだ! カヴァーロ、早速締結の正式な話を進めてもらいたい」
「はい聖王陛下にそう言っていただけて、私は救われた思いです。早速、使者を行き来させ、条約を正式に締結させます」
こうして同年二月一五日、ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の不可侵条約が正式に締結される。これにより、いよいよブーリフォン聖王による聖王国が本格的な富国強兵の歩みを進めるのであった。
それは新たな時代の幕開けであった。
〔参考一 用語集〕
(人名)
ヴァハフント(ソルトルムンク聖王国の宰相)
ウルペース(バルナート帝國宰相)
カヴァーロ(ソルトルムンク聖王国の外交官)
パンドラーイ(ソルトルムンク聖王国の将軍)
ブーリフォン聖王(ソルトルムンク聖王国第六代聖王)
レアンハルト帝王(バルナート帝國第八代帝王)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
バクラ地方(ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の国境にある地方。北側がバルナート帝國領、南側がソルトルムンク聖王国領であったが、両國による不可侵条約により全てが帝國領となる)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)
(その他)
言の葉(言葉のこと。人を超える神々や人の頂点である王の場合にのみ用いる表現)
四神兵団(バルナート帝國の最強四軍団)
〔参考二 大陸全図〕




