【014 ふたりの初陣(六) ~不完全燃焼~】
【014 ふたりの初陣(六) ~不完全燃焼~】
〔本編〕
ツヴァンソにとって二日目の戦いは、終始、イライラするような展開であった。
昨日のツヴァンソの活躍が、敵ミケルクスド國兵にとって、かなり衝撃的であったようで、二日目である今日は、ツヴァンソの所属するグラロス小隊に、敵騎兵が全く攻撃してこないのである。
その現象は、グラロス小隊だけでなく、グラロス小隊の左右二小隊、都合五小隊に起こった。
この五小隊の前の敵は、全く攻めてこないのである。
これは、初日のツヴァンソの活躍が功を奏した結果であり、守りを固め援軍を待つマデギリーク軍からすれば、一か所とはいえ敵側が攻めてこない箇所があるのは、理想的な展開であったが、ツヴァンソからすれば、全く戦功を挙げることが出来ない最悪の展開であった。
むろん攻めてこないとはいえ、グラロス小隊を含む五小隊の前に昨日同様敵兵がおり、聖王国の槍兵が並んでいる防御陣の前を陣取ってはいるが、敵はその横陣から二十メートルほどの距離を保ち、待機している状態なのである。
そしてその五小隊以外の横陣には、昨日同様、敵騎兵による攻撃が絶え間なく続いているため、グラロス小隊を含む五小隊の前面で一切戦闘が行われていないからといって、ツヴァンソが攻撃を受けている別の小隊の加勢に向かうわけにはいかない。
仮にツヴァンソがそのような行動をとれば、ツヴァンソが小隊を離れた直後、グラロス小隊に対し、敵騎兵の攻撃が開始されるのは火を見るよりも明らかであり――それも今まで待機している分、猛攻であるのに間違いなく――、それでグラロス小隊の前面の槍兵が突破されれば、ツヴァンソが抜けた後方支援の兵だけで、その猛攻を受け止めきれるはずもなく、最悪、グラロス小隊の崩壊が、マデギリーク軍全体に及んでしまうことにもなりかねない。
当然、ツヴァンソの付き人ムロイが、そのような離脱行為をツヴァンソに許可するはずもなく、ツヴァンソにしても、自分の行動でグラロス小隊が崩壊することは、さすがにあってはならないと思っているので、別の小隊の援助に向かうような愚行はするつもりない。
「ムロイ! もう我慢の限界だ!! 敵が攻めてこないのであれば、こっちから前面の敵に攻めかかろう!!」
朝から始まった二日目の戦いが、正午を過ぎ、六時間ほど経過しようとしている午後四時頃、顔を真っ赤にしたツヴァンソが、ムロイにこう詰め寄っていた。
ムロイに詰め寄るのは、今日だけで既に十回は超えていたが……。
「それはなりません!」
ムロイは、ツヴァンソの怒りを受け流しながら、それでも口では、はっきりと否定した。
「ツヴァンソ様が前面の敵に攻めかかれば、先ず間違いなく敵は引きます。そして、ツヴァンソ様がそれを追えば、さらに敵は引き、このグラロス小隊のみが前進することになります。敵はそれを待っているのです! グラロス小隊が前進したことによって出来た隙間に、別の敵兵が全力で攻めかかるのに相違ありません!」
「グラロス小隊が前進した隙間は、両隣の小隊が埋めれば良いではないか! あるいは、両隣の小隊も共に前進すれば……。どうせ、そこの敵も様子見をしているのであるから……」
「ツヴァンソ様!」
ムロイは少し呆れた表情で、ツヴァンソに語る。
「ツヴァンソ様は、個人的な戦闘能力につきましては非常に秀でておられますが、もう少し戦略戦術といった類も学ぶ必要がございますな! グラロス小隊が前進した後、両隣の小隊がその隙間を防ぐにせよ、共に前進するにせよ、そのようなことは敵からすれば、想定内でございます。
ツヴァンソ様の前面の敵は、ツヴァンソ様に合せて後退いたしますが、それ以外の箇所については、一気に敵が攻めかかります。それを、グラロス小隊が抜けた二小隊で受け止められるはずはなく、仮にグラロス小隊と一緒に前進したとしても、グラロス小隊以外の二小隊には、ツヴァンソ様のような突出したお力の兵士はいないので、逆にそのまま敵に包囲され、全滅するでしょう。
まだ一緒に攻めに出ない方が、二小隊の命運は多少伸びるかもしれませんが、それも時間の問題であり、結局二小隊とも全滅することになるでしょう。
いずれにせよ、グラロス小隊のところから、マデギリーク防御陣に大いなる綻びが生じることになります!」
「……」
「……さらに、突出されたツヴァンソ様も、敵陣奥深くに誘い込まれ、良くて生け捕り、最悪、命を落とします!」
ムロイのこの言葉に、ツヴァンソは言い返すことが出来ず、顔はさらに真っ赤になった。
「……それでは!」
しかしツヴァンソも、このまま大人しく引き下がるわけにはいかなかった。
「前面の敵に攻撃を仕掛け、敵がそれに乗ってきたら、横陣の前まで敵を誘うということであれば、どうだ!」
ムロイからすれば、あえてする必要もない攻撃と思いながらも、何もさせなければ、それこそツヴァンソが、とんでもないことをし始めるのではという危惧もあり、それについては渋々ながら頷いた。
「そのぐらいであれば、小隊長の許可さえいただければ、よろしいかと……。但し、馬への騎乗は禁じます。そして私からの撤退の合図には、直ちに従って下さい! それがお約束できるのであれば、私が小隊長から許可をとって参ります」
とにかく、ツヴァンソは攻撃をする許可を小隊長からもらった。
しかし、いざツヴァンソが小隊の前にいる敵に剣で切りかかっても、敵は槍でそれをあしらい乍ら、少しずつ後退していく。
昨日のツヴァンソの戦闘能力を目の当たりにしている敵からすれば、あえてツヴァンソと戦い、命を落とすことはない。
むろん、現場指揮官の命令でもあると思うが、ツヴァンソの誘いには誰も乗ってこなかった。
ツヴァンソも剣同士の戦いであれば、後退する敵であっても一気に詰めて倒すことも出来るが、相手は二メートルから三メートルの長さの槍を持っている槍兵である。
後退する槍兵を、剣で倒すにはホースにでも乗らない限り不可能である。
だからといって、後退する敵に合わせて一人進んでも、それこそ周りを敵の槍兵で囲まれてしまう。
むろん、ツヴァンソからすれば、そのような状況からでも、敵の槍を切り落としながら、何人かの敵を倒せる実力を持ってはいるが、当然、ムロイが、そうなる前にツヴァンソに対し、撤退の合図を出すのは、先ず間違いない。
結局、敵と戦う許可は得たものの、ムロイの思惑通り、その攻撃は何ら意味をなさず、日が落ち、辺りが暗くなり、両軍が引き始めるまでの三時間程度、ツヴァンソは敵の槍兵と戦ったが、収穫としては、三本程、敵の槍を切って、短くしたぐらいであった。
当然、こんな戦果ではクーロに自慢できるはずもなく、結局、この日はクーロの陣には赴かず、自らの陣でふて寝した。
イライラの気持ちが高まり過ぎ、結局、一睡も出来なかった。
ただ、夜半に一度、陣を一時間ほど抜けたが、それはムロイすら気づかなかった。
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(マデギリークの養子)
グラロス(ツヴァンソの所属している小隊の長)
ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)
マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)
ムロイ(ツヴァンソの付き人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(その他)
小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)
小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)




