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【013 ふたりの初陣(五)】


【013 ふたりの初陣(五)】



〔本編〕

 そうなるとその一拠点だけの戦況で済まなくなるのが、戦いの流れの妙味である。

 十人とはいえグラロス小隊の突出により、その左右にいる敵にも、グラロス小隊正面の敵と同じ動揺が走る。

 今までは、前面の敵槍兵を如何に突破することだけを考えていればよかったのに、いきなり自分たちのすぐ真横が逆に突破され、敵がそのまま横を通っていく。

 ただ、横を通るだけであれば、さしたる問題ではないが、その敵が、自分の味方を一方的に潰走させている。

 つまり、その敵がいきなり反転し、今度は自分たちの背後から攻めかかるという可能性が、頭をよぎるのは自然の発想といえよう。

 そのようなミケルクスド國の兵たちが、今まで通り漫然と、目の前のソルトルムンク聖王国の兵だけに集中できようはずがない。

 その結果として、グラロス小隊に真横を通過された左右の敵も、グラロス小隊に、背後に回り込まないよう後退を開始したのである。

 後退を開始したと表現すれば聞こえはいいが、ツヴァンソとグラロス小隊に背後を突かれる危機感を念頭にしての後退であるから、それは全速力での後退であり、その後退に戦術的な意図がない以上、全速力の退却となんら変わるものではない。

 そのような敵の退却といって差し支えない後退が目の前で起こっているのに、そのまま指を加えて見守っている兵は基本いない。

 当然、敵の後退に合わせ、グラロス小隊の両左右に配備されていた小隊もそのまま攻めに転じた。

 むろん、その現象がその三小隊だけで済むはずがなく、その流れは一気に左右両方に等しく波及し、結局、グラロス小隊を含む十五の小隊が、守りから攻めに転じ、退却する敵の背を大いに攻め立てたのであった。

 小隊が十人規模の軍組織であるので、計百五十人の兵にその影響が出たということになる。

 五十人規模軍組織の中隊三つ分相当に影響を及ぼした。


「ツヴァンソ様! ここまでです!! 今すぐ、お引き下さい!!」

 付き人であるムロイの声がして、ツヴァンソの騎乗するホースの手綱が、後ろに強く引っ張られる。

 ツヴァンソが左に顔を向けると、そこに鬼のような形相のムロイの顔が見えた。

 ムロイは自身の騎馬を駆り、やっとツヴァンソの乗っているホースに追いつき、その真横を並走しながら、彼女の乗っているホースの手綱を握り、思いっきり引っ張ったのである。

「ちぇっ! 爺に追いつかれたか! もうちょっと暴れたかったのに……」

 ツヴァンソはホースの走りを緩めながら、物足りなさそうに呟いた。

「ツヴァンソ様の独走で、今でこそ敵は追い散らされておりますが、そろそろ敵も冷静に陣形を変化させてきております! このままでは、敵の包囲に囲まれます! すぐに爺の後ろに乗って下さい!!」

「分かった! 今日はこれで良い!!」

 普段はムロイの言うことなどあまり聞かないツヴァンソであったが、さすがに戦場における今のムロイの迫力には、ツヴァンソといえどもこれ以上逆らう気は起きなかった。

 ツヴァンソは、素直に乗っているホースを乗り捨て、ムロイの後ろに跳び移った。

 ムロイも、ツヴァンソがホースに跳び移るやすぐホースを百八十度方向転換させ、味方の陣へ戻っていく。

 ツヴァンソの初陣初日はこれで終わったが、とにかくツヴァンソは五人の敵を倒し、そのうち二人については命を奪ったわけであった。

 これは、ツヴァンソとしても、上々の初日であったと自ら満足するほどの戦果であった。



 さて、荒れ地の戦いの二日目が始まった。

 マデギリーク軍としては、聖王国中央軍の援軍を待つ立場であるため、軍全体の方針は初日と同様、時間稼ぎの守りの陣形であった。

 クーロの所属するヘルリン小隊も、基本昨日と同様に前面に槍兵を並べ、後方がそれをフォローする陣形であった。

 その中で二日目、クーロは後方の四人のうちの一人という役割を、小隊長から任じられた。

 初日の働きが認められ、初日より重要なポジションであった。

 しかし、クーロの気持ちは落ち込んでいた。むろん、原因は昨晩のツヴァンソである。

 昨晩、ツヴァンソに会うまでは、自分は小隊長のヘルリンに認められたことについて、喜々としていた。

 自分が足手まといどころか、一戦力として小隊長から認められたからである。

 しかしツヴァンソは、同じ初陣初日で五人を負傷させ、そのうちの二人を殺したという。

 自分の、初陣の初日を生き延びた、そして小隊の役に立ったというレベルとは、全然違う大戦果であった。

“やはり、将軍を目指す者は、最初からそのぐらいの戦果を残さなければいけないのか!”

 クーロはツヴァンソによって、自分にはその器がないことを実感させられたようで、昨日の喜びが嘘のように落ち込んでいたのである。

「クーロ様!」

 今日は共に後方支援を任され、クーロの右横にいるヨグルが声を掛ける。

「ツヴァンソ様が戦果を挙げられた話は、昨日、それを直接見た者から私も聞き及んでおります! クーロ様が、それをご自身の初日と比べられ、心が沈んでおられるのも理解できます! しかしながら……」

 ヨグルが続ける。

「クーロ様は、ツヴァンソ様と争っておられるのではありませんぞ! クーロ様が争うべき相手は、目の前のミケルクスド國兵であります。

 クーロ様が今のお気持ちのままで戦われますと、クーロ様のお命どころか、隊全体の危機にも直結してまいります! 今は前面の敵に全てを集中し、今のお役目を全力で全うされますよう……。

 クーロ様のお働きは、このヨグルが十分に認めております!」

「……」

 さすが、クーロが十歳の時にマデギリークに引き取られて以来、ずっとクーロのことを見守ってきたヨグルの言葉は、クーロの心に深く響いた。

「ありがとう! ヨグル!」

 やっとクーロの声が出た。

「ツヴァンソと自分を比べてもしようがない! それを悩んで戦果が挙げられるわけでもないのに……。今は昨日同様、生き残ることを第一に、与えられた任務を全うできるよう最大限努力する!」

「はい! そこがクーロ様の良きところでございます!」

 ヨグルは、これ以上クーロに言葉をかける必要はないと思った。


 二日目の戦いも、特に大きな進展もなく終わった。

 クーロはヨグルから言われたよう、自分の役割に全力を尽くし、それは自身のみならず、隊の全員が認めるほどの働きであった。

 昨日同様、何度か敵の騎馬兵が、前列の槍兵を突破し、防御陣の裏を取ろうと試みたが、それは後列のクーロやヨグルを含む四人の働きで阻止された。

 いくつかの小隊が、前列を破られた上、裏を取られ、さらに後方に控えている他の隊の応援がなければ大事に至ったかもしれないという状況が各所で起こった中、クーロの所属するヘルリン小隊は、後方の隊の応援を全く必要とせず、終日、防御陣の一つとしての機能に徹しきったのであった。

 敵であるミケルクスド國軍も、その防御陣形を切り崩そうと、初日より攻めが厳しくなっている状況からかんがみるに、初日同様、防御に徹しきれたヘルリン小隊は、昨日より防御態勢が高くなったことを意味し、それは、クーロが後方支援に配備されたからであった。

 昨日より戦いに慣れたとはいえ、むしろ昨日より重要な役目を任されたクーロは、昨日とはまた質の違う気疲れで、その夜を迎えた。

 そして、クーロは疲れているにもかかわらず心が落ち込み、なかなか夜、寝付くことができなかった。

 またツヴァンソが自分の隊を離れ、クーロにその日の自慢話をしに来るかと思うと、せっかく朝、ヨグルから激励されたにも関わらず、それ以前の沈んだ気持ちに戻っていく自分を抑えることは出来なかった。

 しかし結局、この二日目の夜、ツヴァンソはクーロの元を訪れなかった。




〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子)

 グラロス(ツヴァンソの所属している小隊の長)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)

 ヘルリン(クーロの所属している小隊の長)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。将軍)

 ムロイ(ツヴァンソの付き人)

 ヨグル(クーロの付き人)


(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)


(その他)

 小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)

 小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)

 中隊(小隊五部隊で編成される隊。五十人規模の隊)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

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