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8(終) 神はこっちだよ

 エルミナ軍国境警備基地は、一瞬で血塗れの光景となった。室内で筒の兵器の利便性は活かせず、出会い頭の斬りつけにより次々と死体は量産された。

 三人だから手際がいい……。姫はそんなことを考えてしまい、慌てて頭を深刻に戻した。

「で、どうしよう、髪……」

 掛けてあった鏡に顔を映して、香は嘆いた。

「私が帝です、でいいだろもう」

「どうしてそんな嫌なんです?」

「……人の上に立つ自信がない」

 銀髪の上をどんより雲が覆った。

 一同が呆れる中、姫が前に出て言う。

「香、自信がどうとかじゃなくて、それが貴女の役目なのよ。わたしは……うん、女王になるなんて糞食らえだったけど、正直国がなくなって助かったって気持ちもかなりあるけど、でも、あなたは、王女に生まれたからにはその務めを全うしないと」

「説得力ないし!」

「姫も大分染まってきたな……」

 香は髪の毛を掴んで、全部抜いてやるー! などと言い始めた。全員が何も言わず見ていると、「やっぱ女の子だし……」思い切りのなさを露呈させた。

「香、烈しい現実はどこにいったの」

「えっ……」

「そんな緩いことをしてたから、帝一族は滅びたんじゃなかったの?」

「いやその……」

「そのネタまで持ち出すのか」

「容赦ないですね」

「ネタとかじゃないわ、本気よ!」

 ばんと壁を叩いた。基地会議室は僅かに揺れた。

「来なさい、香」

 縮こまる香の手をとって、廊下に出る。「わたしは、色々諦めたわ。両親のこと、国のこと、目の前で見てきた沢山の死。どれも、仕方がない。あなたが言った世界の法則は、確かにあるかもしれないから。アズマの人が自殺して、内乱をして、それが戦争で解決するならそれは正しいんだと思う。——でも」案内表示を辿って、二度、三度曲がった先の浴室にやってきた。

「あなたが信じたことが、あなたの中で揺らいでいるのは許せない。信じるなら貫きなさい! あなたの信念で、大勢の人が死んだのだから!」

「えっ、ええ?」

 軍服の胸を掴んで、突き飛ばした。びりびりと見事に服は破け、香は全裸でタイルに転がった。

「ひゃっ、や、やだやだぁ!」

「うるさい!」

 懐から短刀を抜く。銀の髪を引っつかんで、刃を押し当てた。

「いやーーーーーー!」

「……あのー、普通にありましたけど。エルミナ兵の髪染め」


 タイルの入口に立てかけられた二本の短刀、畳まれた二着の少女服、一着の軍服。綺麗に並んだ靴が三足、放られた靴が一足。

 湯気に満ちた浴室内の、シャワー個室が並ぶ奥、それほど大きくないバスタブに、特務の四人はすし詰めになっていた。

「誰だ、入ろうって言い出したの」

「香」

「桃山さん」

「だって髪が完成するまでの間、名案じゃん。だいいち忍もいいねーって言ってたし」

「砂まみれでしたもんね」

「シャワーだけでよかったんだよ。何が好きでお前と裸で密着しなきゃいけないんだ」

 まぁまぁそう言わずに、と香は手を伸ばして、側に置いていたオレンジジュースの瓶を四本取った。

「お、いいですね」

「仕事終わりの乾杯か。未だ最前線で何してるんだって感じだが」

「ごめん、あたしもう飲んでる」

「……」

「狭い」

 隅で最も窮屈な思いをしている姫。

「みんな姫の為にもう少し寄ってあげてー」

「……だから一人でも出ればいいだろ。この狭さで四人は無理なんだよ」

「なら忍が出ればいいのに……」

「ですよね」

「…………。桃山が出ろ」

「なんでぇ! あたしが言い出したのに!」

「……香が出て。染液臭い」

「あ、私もキツイなって思ってました」

「そういうわけだ。出ろ、桃山」

「ひどい! あたし帝なのに」

「滅びていいわよ」

 香は泣く泣く髪を洗いに行った。

 綺麗な黒髪になって戻ってきた。

「またお邪魔しまーす」遠慮がちに湯に入る。

「……で、本隊の指揮権も実質私たちにはある。だがあくまで形式上のことで」

「行使しようと思えばできますけどね」

「手続きも要るんでしょ」

「そう。大体今みたいな作戦中は物理的に無理」

「でも本国で待機してる一名を使うぐらいなら」

「できますよ。あ、桃山さんお帰りなさい」

「お帰り香。へぇ、興味深いわね。それで——」

「お帰り桃山。でな、つまり——」

「……髪色に触れてもらえないし。ハブにされてるし……」

 しばらくして忍が気づき、香が会話に入れられた。

「というか位置が入れ替わったことで私は桃山に背後をとられる形なんだが」

「大丈夫。忍意外と胸あるね〜もみもみ! とかしないから!」

「あっ、ジュースこぼしました。ごめんなさい」

 湯中に広がる橙色。

「え、どれぐらいだ?」

「えと、瓶ごと落としました」

「それこぼしたって言うか?」

「いいじゃん。もうどうせ姫がおしっこしてるお湯だし」

「し、してないわよ!」

「そういえばいましたね、ここにおもらし女が」

「え、ちょ、ちょっと…………、わたし、もう上がる」

 赤面して上がりかけたところを、香に引っ付かれた。

「姫知ってたけど胸ないね〜。でも揉ませて!」

「おもらしさん肌白いですよね」

「おもらしさんて何!」

「おもらし虐め、軍学校時代はよくあったな……。でもおもらしする奴も悪いんだよな」

「んー、流石におっぱい揉まれてもらしはしないよね」

「当然でしょ!」

「あ、腋をくすぐったとき少し怪しかったと思います。ちょっと攻めてみましょう」

「いやあーーー!」


 酷い目に会った。もう二度と、その……トイレ以外のところで出すものかと姫は固く誓った。国境基地から斜面になっている砂漠を下りる際、乾いた風が吹き上げて香の黒髪を靡かせた。彼女は気持ち良さそうに目を閉じた。

「あ、あー。……通信繋がりましたよ。こちら特務、国境を越えました」

 沙智が前に背負った大袋から、雑音混じりの声。

『了解。迎えを行かせます』

 見えかかった農村地帯から数人の兵が出てきた。特に道案内としての意味もなく、沙智の荷物を持たせたぐらいで、女子の会話ができなくなるという弊害しかなかった。

「農村に駐留されていたのですか」

 めくれ上がれば事だ。スカートをしっかりと押さえながら姫は訊いた。

「ええ。とても居やすい場所です。食べ物も美味しい」

 畑の間を通り、村に入った。村民は自由に歩いているが、表情が暗い。姫は感情をぐっと堪えた。

「王女様……」

「王女様だ」

 予想した通り、次第にざわめきが広がる。「処刑されたはずでは……」「しかしあれは王女そのものだ」「何故連中と歩いている……」駆け寄ってくる者もいる。

「王女様、なのですよね」

 姫は目を背けてしまった。

「何を、されているのです。王と王妃は、こ、殺されたのですよ……」

 覚悟はできていた。姫は聞き流すことができた。

「こんな奴らと、何をしていたのです。……まさか国を、裏切った……」

「……」

 信じた道を貫くこと。

 それが誰を傷つけても。

 ……例えちっぽけな喜びの為でも。

「わたしは帝国軍」

 音もなく短刀は抜かれた。

「特務隊の姫だ。貴様がアズマの制圧下にいることを忘れるな」

 手が震える度、村人の頬に刃が触れた。

「次は斬るわ」

 尻餅がつかれた。群がっていた人は家々へと引っ込んだ。

 本隊の兵を始め、香たちも唖然としていた。

「歩くたび王女に間違われるのは面倒ね」短刀をそのまま、自身の長い髪にあてがう。一気に引くと、彼女の後ろを金の風が舞った。

「姫……」

「覚悟の違いよ。わたしはもう、あなたたちとしか生きない」

 手に入れることは捨てることと同じ。アスレイに戻ってきてわかった。一人の自分でいるために、誰かに背を向けなければいけないこと。

 姫は選んだ。前だけを見て颯爽と歩いた。髪先が肩で揺れていた。

「姫、違う。……丸見えになってる」

 風が吹いていた。

 兵達は釘付けだった。


 王城、地下牢に幽閉された二人の男女に、特務隊の姫は会わなかった。

 臨時作戦室——元の玉座で、本国草村大佐よりの通信から、桃山香の今作戦の褒賞は無しとのことが告げられた。

 本隊隊員の何人かが、探るような視線を姫に向けたが、睨み返すと彼らは姿勢を正した。

「司令部の叢雲だ」

 若い、それも香や姫と変わらないぐらいの軍帽の男が、会議を切り出した。見ると香は目で怨念のようなものを送っている。

「これより本国の草村大佐、本国司令部を交え、本隊と特務隊の合同作戦会議を行う」

 複数台の通信機が置かれた円卓、座るのは他に特務四人と本隊隊長、副隊長。一般兵が数人壁に並ぶ形である。

「特務が包囲を突破して一日が経過したが、エルミナからの動きは未だない」

 叢雲は次の攻めを行うという軍全体の方向性を示した。

「次に敵の兵器についての報告を」

 特務一人一人が個人の所見を言うこととなった。沙智が事実をありのまま伝え、忍は冷静な分析も交え、次に香が、

「手強かったけど大したことなかったかな。筒はなんとなく避けろ、巨人は気合で倒せ! そんなとこですねーあたしに言えることは」

「桃山香、退室してよし」

 叢雲は姫に向いた。

「——はい。エルミナ軍の対人武器、鉄車両、鉄の歩行兵器について報告します」

 淀みなく話し出す金髪の少女に、室内の誰もが注目した。叢雲を睨みつけていた香も、雰囲気に負けて大人しく座った。

 姫の考察は、三種の新兵器から見える敵軍の技術力の高さを客観的に導き出した。話し終えた際、叢雲と目が合った。

「それに我が軍が勝てるか。貴様個人の意見を伺おう」

「勝てます」

 間髪いれずに言った。

 叢雲は視線を軍帽の鍔で遮り、姫を座らせた。

 言い切ることでしか始まらない。何故なら、この国と共にわたしも死ぬのだ。

 少女の瞳に、揺れない意思が宿っていた。

『ピ、ガ……ガ……——————』

 突如、部屋内にノイズが響く。数台置かれた本国との通信機からだ。

『——————————アズマ……軍の諸君。…………受けよう』

 音像が明確になった。

『アズマ帝国軍の諸君、宣戦布告を受けよう』

 叢雲が制止の動作を向ける。狼狽えた一般兵は統率された。

 姫は聞き覚えのある声に表情を硬くした。エルミナ、総統——、

『ランス・エリオン、エルミナ軍、総司令官である。貴君らが我が国で行った数々の暴虐を、神は決して赦しはしない』

 あらゆる感情を、怒りで噛み潰したような声。

『以降、予告なしの攻撃を行っていく。我々は貴様らを人間と扱わない。神に対する、悪魔の集団であると見做し、情けを一切かけず、裁きを下す。以上』

 訪れた静寂の中、副隊長が「電波を被せてきたようです」と言った。本国との通信は回復した。

「バーカ……。神はこっちだよ」

 香は、不敵な笑みを浮かべていた。

「これでダラダラ会議することもなくなった。世界が動き出した。アズマの一手で」

 椅子から乱暴に立ち上がった香に、今度は叢雲も何も言わない。

「当然負ける気はない。世界最大の技術国……返り討ちにしてやろうじゃん。ね、姫」

「——」

 リサ・サリア・アスレイが最後に城にいたあの日から、ひと月が経っていた。

 彼女には未来があった。抱えていた憂いを乗り越えて、少しずつ大きく美しくなり、女王として民と諸外国の為に力を尽くす未来。そこには夫と、子供の姿もあった。

 運命の歯車は大きく歪み、彼女は今ここにいる。

 最も多くの死に触れ、最も血に濡れた道。

ありがとうございました。

お疲れ様でした。

明日からは『PSYCHONATION URGE ーサイコネーションアージュー』という作品を掲載していきます。

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