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銀色の光は、広大な草原の真ん中に出現した。
「ふう……一度来たことがあるだけだったから不安だったけど」
エマと息子のヒューが現れる。二人の身体を包んでいた光は、花びらが散るようにそっと消えていった。
「なんとか無事に着いたわね」
胸元のヒューは、父母の修羅場を知ってか知らずか、すやすやと良く眠っている。
親孝行な子だ。
この子を守るためにも、しっかりしなければいけない。エマは前を見据えた。
ここはレベルが高いモンスターが出る草原だ。エマが現役だったとき、勇者パーティーとしてここを訪れたことがある。
あまりにも広大で何も無く、迷いそうになったので引き返したのだ。
しかし、周囲には緑豊かな山々と、透き通った小川が広がっている。
風光明媚かつ、空気も美味しい。
「ああ……! 自由の匂いがするッ! なんて素晴らしいの」
花の匂い。草の揺れる音。鳥の羽ばたき。
全てが身体に染み渡る。
エマは大きく両の腕を広げて深呼吸をした。
もはや、いつ戻るか分からない夫のために、何時間もかけて料理をすることもない。
どっさりと深夜に出された洗濯物を洗うこともない。
理不尽な愚痴や文句、八つ当たりに付き合わなくていい。
ここには可愛い我が子と、穏やかに過ごす未来だけがあるのだ。
エマの目に自然と涙がにじんだ。
それは喜びなのか、覚悟なのか。
しかし、悲しみではないことは確かだった。
「よし、まずはマイホームを作るわよ!」
エマは抱いていた息子を背負った。
そして、近くに落ちていた小ぶりな丸太を一本持ってくると、だだっぴろい草原の真ん中にそっと置いた。
「増幅魔法、その後に、構築魔法! 単純だけど……うん、良い感じ」
あっという間に木材で作られた美しい家が建っていた。
「はぁ、久しぶりに、全部の力が自分に集まってきているのを感じる……すごく魔法がかけやすいわ。そうね、床は無垢材がいいから、マジカルプランツを拾ってきて、増幅しましょう……煙突は煉瓦にしましょうか。強度増幅魔法をかけて、と」
ウキウキと家を構築していく。
夕方になるころには、夫と住んでいた元の家の三倍、いや、五倍はあろうかというような、大豪邸ができていた。
「……二人だけなのに、大きくしすぎちゃったかしら? まあ、いいか。いつかヒューが大きなペットとか、飼うかもしれないし」
庭もあってもいいかもしれない。
その辺りに落ちていた鍋のフタを拾って、強化魔法をかけまくったエマは、凝った意匠の木製ガーデンテーブルを生み出すことに成功した。
「ふう。そろそろ休憩ね」
ふにふにと赤ん坊がぐずりはじめた。
エマは急いで昼食の支度に取りかかる。
「一応、念のために、魔獣が近づけないように多重防護結界もかけておこうっと。えっと……とりあえずはテレポートで買い物にいかなきゃ。今日は夜もお惣菜でいいわね。まとめて買っちゃいましょう。うん、……夫に気を遣わないでいいってすごくいいわ。ここからだと、あら、城下の市場があるわね。行ってみましょう」
無事に市場でヒューのミルクとミルク瓶、生鮮食品と惣菜、そして小さなティーポットを買ったエマは、高位テレポートを使い、幾つかの家具と共にホクホクと帰宅した。
「さ、このティーポットに、浄水機能と、自動抽出と、あとは~……ステータス値には関係ないけど、癒やしの波動を加えておきましょう。あと、幸せな気持ちになって、嬉しくて楽しくなる魔法! それと、良い夢が見られる魔法」
レオンはステータス値に関係ないことは効率が悪いとか意味が無いと言って嫌っていたけれど、ここでは自分がやりたいようにやればいい。
最高だ。
「よし、完成!」
ヒューのミルクはこのポットから作るのだ。
癒やされ、喜びに満たされ、良い気持ちで眠って欲しい。
エマはお昼寝をする息子を寝かしつけると、買ってきた物を入れていた箱の中から本を取り出し、ベッドに腰掛けた。
しばしの休憩時間だ。
魔法のティーポットが淹れた極上のハーブティーからは、芳醇な香りが漂う。
一口飲むだけで、ほわわわんと幸せが全身に広がった。
「はぁ……落ち着くわ……」
傍らからは息子のすうすうという寝息が聞こえる。
明日は家具を買いそろえよう。
魔王パーティーにいたときの戦貨を、夫には内緒で貯金しておいてよかった。
生活が落ち着けばまたどこかの冒険者パーティーに入ってもいいかもしれない。
レオンに魔力を貸していない、今のエマの魔力値ならば、十分ギルドの仕事を請け負うこともできるだろう。
攻撃魔法はできないが、それ以外は得意分野だ。
「金目竜の卵集めなんかはお金になるかしらね~」
また、攻撃ができる人材を発見して、こっそり能力を強化すればいい。最強のアタッカー作りは慣れている。
いや、しかし、プライドの高いレオンにはよかれと思って、それで失敗したのだ。
自分の成果が自分だけの能力だと、勘違いしてしまった。
次は事前に予告をして、強化したほうがいいかもしれない。
エマはお茶をすすりながら、優雅に本のページをめくっていた。ギルドの無料情報誌だ。
「ふーん、ポーションにラベルを貼るお仕事か~……託児所あり。こういうのもいいかもしれないわねぇ」
その時、異変が起きた。
「うん……? 地震?」
地鳴りのような地響きがした。
外を見ると、昼間のからりと晴れていた空が、赤く染まっている。
家の前の空にぱっくりと裂け目ができていた。
次元の裂け目のようだ。
そこから途方もない魔力が出てきている。
紫色の光と、白い煙がブショァァァと立ち上る。
「あら……」
エマが窓から見ていると、次元の裂け目から、禍々しいオーラをまとった男が出てきた。
漆黒の鎧、あらゆる物を射貫く鋭い眼差し、長い爪。
大きな兜には、闇のエネルギーが込められた大角が刺さっている。
「このような強大なエネルギーで我を討とうとする、身の程知らずの愚か者はどこだ? この魔王ディノスが、骨と皮も残らんくらいに焼き尽くしてくれるわ……!」
「なんだかまるで魔王みたいな格好……? いや、わざわざこんな何もないとこに来るわけないわよね……ああ、そっくりさんってやつかしら! ものまね芸人さんみたいな」
すると、その下側の草原に、また次元の裂け目が開いた。
地面に亀裂が入っており、そこから何かが出てきた。
今度は巨大な竜だ。
全身が硬い鱗で覆われている。
金色にぴかぴかと光る鱗は、一枚だけでエマたちの家の窓硝子ほどもある。
「愚かな人間め! 悪の元凶はここだな! 膨大な魔力で世界を塗りかえようとしているのだろうが、そうはさせん! この金目竜の長たる、ギオルグを倒してからにせよ!」
残念なことに、ここで赤ん坊がギャーンと泣き出したので、エマは後半を聞いていなかった。
ベッドに戻って抱きかかえる。
「あらあら、コリックかしら? 夕方のほうがぐずるのよねえ、はいはい、よしよし」
すると、今度は地面に次元の裂け目が開き、中からまた誰かが出てきた。貫禄のある長い銀髪をした壮年の男だ。
耳が長く、浅黒い色をした裸の胸は人間だが、大きな灰色の羽で浮遊している。弓を持っていて、すぐにでも攻撃しそうだ。
「我らが森に届くほどの膨大な魔力……不快だ。隠れ里に仇なす存在は、このダークエルフの王、グロアが粛正する」
「あう。あうあう!」
「あら……ヒュー、もしかしてちょうちょだと思ってるの? そうねぇ、ひらひらしてるものね」
エマは手を顎にあて、ふむうと考え込んだ。
エマは情報誌をベッドに置くと、素速くお盆に温かいハーブティーを三つ載せて、庭へと出て行った。




