第1話 ハズレ引き
「――右、五度。掘削角、もう少し下げろ」
白瀬創の声に応じて、目の前の土くれの塊が、ぎこちなく身体を動かした。
高さ一・五メートルほど。
人型には見える。だが、到底、人間とは呼べない不格好な姿だった。
腕の先には採掘用のピックが取り付けられ、太い関節が軋むような音を立てている。
ゴツン。
ゴツン。
鈍い音が坑道に響く。
「――違う。そこじゃない」
創は眉を寄せた。
「右に五度。掘る場所は、その少し下」
ゴーレムが止まる。
そして、ぎこちなく首を傾けた。
「……だから、そこじゃないって」
思わずため息が漏れる。
もう三度目だった。
創が指示を出し直すと、ようやくゴーレムが正しい角度でピックを振り下ろす。
ザラッ。
岩肌が崩れ、その奥から鈍い光を放つ鉱石の筋が現れた。
「――よし」
創は小さく頷いた。
採掘自体は成功だ。
問題は、そこに至るまでだった。
一度命令しただけでは、細かな動きまで伝わらない。
角度。
力加減。
タイミング。
一つ一つを、創が指示してやらなければならない。
しかも――。
「……あれ?」
さっきまで正しく掘っていたゴーレムが、また少しずつ位置をずらし始めていた。
「おいおい……」
創は頭を抱える。
昨日も同じだった。
その前の日も。
ゴーレムは、覚えない。
正確には、命令を受けている間は動けるものの、次に同じ作業をさせると、また細かな指示を最初から与えなければならない。
「右に五度。そこから下に三十センチ。ゆっくり」
ゴーレムが動く。
「そう、それでいい」
創は、もう一体のゴーレムへ視線を向けた。
こちらは運搬担当だ。
採掘した鉱石を運び、指定した場所へ積み上げる。
「お前は、その鉱石を運んでくれ」
ゴーレムが鉱石を拾う。
「……いや、そっちは違う」
創は慌てて止めた。
「昨日と同じ場所だって」
――これが、ゴーレムマスター。
探索者の間では、誰もが知っているスキルだ。
そして、誰もが知っている。
――ハズレ職。
理由は単純だった。
扱いづらい。
ゴーレムを一体動かすだけでも、細かな指示が必要になる。
同時に操れる数にも限界があり、創の場合、まともに制御できるのは三体が精一杯。
剣士なら、自分の剣一本で戦える。
魔法使いなら、詠唱して魔法を放てる。
回復術師なら、仲間を治療できる。
それに比べて、ゴーレムマスターは――。
「……手がかかりすぎるんだよな」
創は、目の前のゴーレムを見上げた。
修理も必要。
魔力効率も悪い。
距離が離れれば制御精度も落ちる。
しかも、命令を出し続けなければならない。
探索者として見れば、どう考えても効率が悪かった。
それでも、創はこのスキルを捨てるつもりはなかった。
「――もう少し、どうにかならないかな」
ゴーレムを見ながら、創は考える。
命令をもっと簡単にできないか。
動作をあらかじめ覚えさせられないか。
一つ一つの命令を、もっと少ない指示で済ませられないか。
「……こいつら、性能そのものが悪いわけじゃないんだよな」
ゴーレムは疲れない。
文句も言わない。
危険な場所でも、命令されれば動き続ける。
人間なら躊躇するような作業でも、淡々とこなしてくれる。
だからこそ、創は思う。
扱う方法さえ、もっと簡単になれば。
ゴーレムは、誰よりも便利な存在になるのではないか。
「……まあ、今は無理か」
創は苦笑した。
三十五歳。
元会社員。
半年前まで、都内の中堅商社で資材調達の仕事をしていた。
毎朝、満員電車に揺られ、納期と上司の顔色を気にしながら働く。
悪い会社ではなかった。
それでも、ある日ふと――。
(俺、このままでいいのか?)
そう思ってしまった。
一度生まれた疑問は、消えなかった。
だから会社を辞めた。
そして、探索者資格を取得した。
適性検査の結果を知らされたときのことは、今でも覚えている。
担当官の、なんとも言えない表情も。
『――ゴーレムマスター、ですね』
それから半年。
創は今、ダンジョンの坑道で、鶴嘴代わりのゴーレムを操っている。
剣も魔法も使えない元会社員に、他に選べる道があったわけではない。
「……でも」
創は、ゴーレムの背中を見ながら、小さく呟いた。
「悪くないんだよな」
ゴーレムが、黙々と岩を掘っている。
「俺は、こういうの嫌いじゃない」
技術を工夫する。
問題点を探す。
少しずつ改善する。
そういう作業は、昔から嫌いではなかった。
むしろ、性に合っている。
「だから――」
創が次の指示を出そうとした、そのときだった。
パキッ。
足元から、小さな音がした。
「……ん?」
創は視線を落とす。
岩盤に、一本の細い亀裂が走っていた。
「……これ、は」
次の瞬間。
亀裂が一気に広がった。
バキバキバキッ!
「――ッ!?」
足元の感触が消えた。
「うわっ――!」
身体が落ちる。
創は咄嗟に腕で頭を庇った。
次の瞬間、肩と背中に強烈な衝撃が走る。
「――ぐっ!」
ドサリ。
暗闇の底に、創の身体が落ちた。
「……っつ……」
しばらく動けなかった。
痛む肩を押さえながら、ゆっくり身体を起こす。
上を見上げる。
遥か頭上に、小さな光が見えていた。
さっきまでいた坑道だ。
「……落ちたのか」
幸い、骨は折れていないらしい。
だが、自力で戻るのは難しそうだった。
「ゴーレムは……」
創が上を見る。
坑道の縁から、二体のゴーレムがこちらを覗き込んでいる。
「……助けてくれ、って言ってもな」
ゴーレムにできることには限界がある。
縄を垂らすこともできない。
引き上げるための道具もない。
創は小さく息を吐いた。
「まずは、出口を探すか」
ポケットから小型の魔導ランプを取り出す。
淡い光が、暗闇を照らした。
そこで、創は気づいた。
「……なんだ、これ」
少し離れた壁際。
そこに、不自然な空間があった。
近づいてみる。
苔むした壁。
崩れた岩。
そして、その奥に――。
「……箱?」
古びた木箱が置かれていた。
この空洞は、自然にできたものではない。
そう思わせるほど、箱だけが不自然に残されていた。
創は慎重に近づいた。
「……まさか」
ダンジョンでは、稀にこうした遺物が見つかることがある。
そして、その中には――。
「スキルオーブ……?」
創は、箱を開いた。
錆びた蝶番が、ギィ、と嫌な音を立てる。
中に入っていたのは、一つの球体だった。
拳ほどの大きさ。
淡い光を放つ、不思議な球体。
創は、それを手に取った。
「……使うしかないか」
スキルオーブを使えば、新しいスキルを得られる。
ただし、どんなスキルが手に入るかは分からない。
大当たりになる可能性もある。
逆に――。
「……これ以上、ハズレを引くことってあるのかな」
自嘲気味に笑う。
そして、オーブを握りしめた。
瞬間。
淡い光が、掌から溢れ出した。
「――っ」
光が全身を包み込む。
身体の奥に、何かが流れ込んでくる。
やがて光が消えた。
創は、しばらく呆然としていた。
そして――。
自分の中に、新しい力が生まれたことを理解した。
「……収納」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
「よりによって、収納かよ」
収納。
探索者の間では、ゴーレムマスターと並ぶ地味なスキルとして知られている。
容量は小さい。
生き物は入れられない。
時間も止まらない。
せいぜい荷物をしまっておける程度。
「……まあ、便利ではあるけど」
創は苦笑した。
「戦えるわけじゃないしな」
ゴーレムマスター。
そして、収納。
どちらも派手さはない。
どちらも、探索者として大成するには向いていないと言われている。
――ハズレ職に、ハズレスキル。
そう思えば、笑えてくる。
それでも。
創は、収納の力を試してみることにした。
足元に落ちていた小石へ意識を向ける。
「……収納」
小石が、消えた。
「……入った」
創は目を丸くした。
そして、少しだけ考える。
「……これ、便利じゃないか?」
戦闘には使えない。
強くもない。
それでも――。
荷物を持たずに済む。
採掘した鉱石を大量に運べる。
ゴーレムと組み合わせれば、運搬効率だって変わるかもしれない。
「……いや」
創の目に、ほんの少しだけ光が宿った。
「もしかしたら――」
その先の考えを、創はまだ言葉にできなかった。
ただ、胸の奥で何かが動き始めていた。
ハズレだと思った二つの力。
その組み合わせが、何を生み出すのか。
このときの創には、まだ分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
――この日、白瀬創は、自分の人生を変える二つ目の力を手に入れた。
そして、その力が後に「ハズレ」と呼ばれていたゴーレムマスターの価値そのものを、根底から覆していくことになる。
――ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「ハズレ職」と笑われたゴーレム使いが、AIとの出会いをきっかけに、荷物運びから世界一のダンジョン企業へと成り上がっていく物語です。




