EP 8
圧倒的暴力(北辰一刀流の真価)
「撃てェッ!!」
神子上典膳の号令と共に、二階の足場から三十挺のマスケット銃が一斉に火を吹いた。
雷鳴のような轟音が倉庫内に響き渡り、硝煙が立ち込める。
だが、銃弾が空気を引き裂き、信長と十兵衛が立っていた場所に到達するよりも『コンマ数秒』早く——信長は動いていた。
「遅ぇよ」
北辰一刀流の最大の特長、それは一切の予備動作を排した「異常なまでの踏み込みの速さ」。
信長の巨体が、弾丸のように前方へと弾き出される。銃弾は信長が残した残像だけを貫き、床の石畳を虚しく砕いた。
「十兵衛! 上(鉄砲隊)のカバー頼む!」
「承知! ……新陰流・飛燕!」
信長が前に出た瞬間、十兵衛は真横へと大きく跳躍した。
そして、近くに積まれていた木箱を蹴り上げて足場とし、二階の鉄砲隊へ向かって猿のごとく駆け上がる。次弾の装填に時間がかかるマスケット銃の弱点を突き、十兵衛の刀が次々と銃身を弾き飛ばしていった。
「な、なんだあの南蛮野郎の動きは!?」
一階で包囲陣を敷いていた小野派の剣客たちが、信長の常軌を逸した接近速度に驚愕する。
彼らは慌てて上段に刀を構え、小野派の代名詞たる「切り落とし」を放とうとした。
「粉々に砕けろォッ!」
先頭にいた三人の巨漢が、渾身の力で太刀を振り下ろす。
刀身の重量と自重を乗せた、防ぐことすら不可能な絶対的破壊の剣。
だが、信長はその攻撃を「受け」ない。
「かわす」ことすらしない。
「――シッ!!」
鋭い呼気と共に、信長は振り下ろされる三振りの刀の『隙間』——敵の剣が加速し切る手前の絶対死角へ、さらに深く踏み込んだ。
そして、夕日丸を構えた右腕が、目にも止まらぬ速さで閃く。
北辰一刀流の神髄、一切の無駄を削ぎ落とした最短距離の『突き』。
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
「がはッ!?」
「あぐッ……!」
血は流れない。信長が狙ったのは、敵の胸板ではなく、肩口の『烏口突起』と呼ばれる急所。そこへ夕日丸の柄頭を音速で叩き込んだのだ。
急所を貫かれた三人の剣客は、刀を握る力を一瞬で失い、人形のように崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な! 小野派の『切り落とし』の太刀筋を、真っ向からすり抜けただと!?」
後続の剣客たちが戦慄する。
「剣術(お遊戯)の型にこだわりすぎるから、動きが読めるんだよ」
信長は夕日丸を流れるように引き戻し、そのまま自衛隊徒手格闘(CQC)へと移行する。
迫り来る四人目の刃を、夕日丸の丈夫な鞘でガァンッと弾き返し、相手の体勢が崩れた瞬間に強烈なローキックを膝裏に叩き込む。
五人目の顔面には容赦のない掌底。
六人目には、刀の峰で側頭部を打ち抜く。
突き、蹴り、打撃、関節技。
北辰一刀流の『速度』と、現代軍隊の『近接制圧(CQC)』が完璧に融合した、まさに致死率100%の暴風雨。
「ひぃぃッ! ば、化け物だァ!」
「退け! 近づくな!」
二十人以上いた小野派の猛者たちが、たった一人の巨漢を前にして恐怖で後ずさる。
「……なるほど。型に捉われぬ、恐るべき合理の剣。あれならば、柳生すらも打ち破るわけだ」
その凄惨な蹂躙劇を、倉庫の奥で静観していた神子上典膳が、低く笑った。
「だが、小賢しい南蛮の小細工も、私の『本物の切り落とし』の前には通用せんぞ!」
ドォンッ! と、神上の足袋が床を踏み鳴らす。
周囲の剣客たちとは桁違いの、異常な質量を持った踏み込み。
神上は上段に構えた刀を、信長の脳天を目掛けて一気に振り下ろした。
「死ねェッ!」
空気を引き裂き、雷鳴のような轟音を伴って落ちてくる剛剣。
この一撃だけは、CQCの小細工で避けられる速度でも、威力でもない。
「……来やがったな、本命」
信長は逃げない。
『夕日丸』の刃を上段へ跳ね上げ、神上の剛剣を真っ向から迎え撃つ。
ガァァァァンッッ!!!
二つの鋼が激突し、爆発のような火花が散った。
凄まじい衝撃波が周囲の木箱を吹き飛ばす。
「……ほう。私の渾身の切り落としを、正面から受け止めたか。だが、いつまで持つかな!?」
神上の刀が、信長の夕日丸をミリ単位で押し潰し始める。小野派特有の、相手の刃に乗って体重を掛け続ける「押し斬り」。
だが、鍔迫り合いの最中、信長の顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。
「……オッサン。あんたの剣は確かに重い。だが、戦場じゃ『重さ』だけじゃ勝てねぇんだよ」
「なに?」
直後、信長は力任せに押し返そうとはせず、スッと全身の力を抜いた。
「引力」を利用して、神上の刀を自らの体側へと滑らせる。
『後の先』でも『先の先』でもない、相手の力を完全に利用する合気道の理合。
体勢を崩し、前へのめり込んだ神上の無防備な胸元へ。
「これが、俺の『戦の剣』だ」
信長は、夕日丸の柄を握る手を一瞬だけ離し、空いた左手で神上の顎を下から強烈に打ち上げた(アッパーカット)。
「ガッ……!?」
脳を激しく揺らされ、神上の視界が真っ白に染まる。
その0.1秒の完全な硬直の隙に、信長は再び夕日丸を握り直し、神上の鳩尾へ向けて、北辰一刀流の神速の『峰打ち』を叩き込んだ。
ドゴォォォォンッ!!!
「がはァッ……!!」
小野派一刀流最強の人斬り、神子上典膳。
その巨体が、肺の空気を全て吐き出しながら、倉庫の奥の木箱の山へと激しく吹き飛んだ。




