⑦魔法収納への敗北、そして芽生える絆
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
お待たせいたしました。
ひとときの語らいをよろしくお願いします。
不定期になりますが、のんびりお付き合い
いただければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
豪華な天幕の中、極上の毛布に包まれているというのに、オーレリアの脳内は非常識な事態に停止寸前です。
消えることのない青白い炎……、何もない空間から突き出される酒瓶……。
彼女が数十年(前世を合わせればそれ以上)かけて築き上げてきた「等価交換」という名の絶対法則を、無残に踏みにじるものでした。
(……納得いきませんわ。薪を燃やさずして熱を得る。対価を払わずして物を呼び出す。これでは……世の中の道理が崩壊するわ!)
彼女はおもむろに毛布を撥ね除けると、天幕の隙間から、外で眠る松風とキースの様子を伺いました。
焚き火の代わりに揺らめく、あの忌々しくも美しい青い火……。
彼女はそっと自分の右手を差し出し、キースがやっていたように、何もない空間を掴もうと指を動かしました。
「…………えい」
何も起こりません。
ただ……、夜の冷たい空気が指の間を虚しく通り抜けるだけです。
それから何度となく繰り返しますが……。
「……はぁ。……えい。……出なさい、酒瓶。……いえ、帳簿の一冊でもよろしいですわ。……出なさい!」
必死に虚空を掴むその姿……。
もし、かつての夫義政が見ていれば「富子よ、ついに乱の心労で……」と、憐れんだかもしれません。
それより、かつての私が見たら馬鹿笑い……。
オーレリアは、だんだん自分の顔が熱くなり、真っ赤になって恥ずかしくなりました。
(……なんですの、今の私は! 王子に捨てられ、最愛の夫を見捨てて、今度は深夜に一人で空間?を開けようなんて……、滑稽ですわ。滑稽にも程がありますわ!)
憤慨するべきか、それとも己の愚かさを笑うべきか……。
彼女は鼻息一つつくと、再び毛布に潜り込みました。
室町という泥沼な時代、そしてこれまでの王宮……、どんな難題も数字に置き換え、答えを出していた。
しかし今直面しているのは、計算式そのものが存在しない未知の領域……。
「……とにかく、明日あの無骨者に聞いてみなくては分かりませんわ。いえ、そもそも『何を聞けばいいのか』さえ、今の私には分かりません。なんですの、アレは……魔法? 呪術? ……不当すぎる利益の塊ですわ」
オーレリアは、ぎゅっと目を閉じました。
今になってようやく、カインが自分に遺した「翼」の意味が、少しずつ理解でき始めていました。
自分が数え慣れた「銭」や「法」の通じない全く別の理が支配する世界へと、彼は彼女を押し出したのです。
外から微かに聞こえる松風の声……。
それは彼女の知る「馬」よりも力強く、どこか神秘的なリズムを刻んでいました。
(認めざるを得ませんわ。……ここは私が知る『日本』でもなければ、今までいた王国の常識が延長線上ではない……。完全なる異なる世界)
オーレリア――日野富子の魂は、生涯で初めて「既知のルール」を捨て去る恐怖と、それを上回る「未開の世界」への、強かな好奇心に震えました。
「……明日はあの火の燃費から問い詰めてやりますわ」
そう呟いた彼女は、ようやく新しい世界の夢へと沈んでいくのでした。
爽やかな朝……。
野営の片付けを始めたキースが、指をパチンと鳴らします。
すると、……巨大な天幕も、重い椅子も、飲み残した酒瓶も、吸い込まれるように虚空へと消えていきました。
「……ふぅ、片付け完了。さあ、行こうぜ、オーレリア」
「………………」
オーレリアは、その「虚空」があった場所を、穴が開くほど凝視しています。
彼女の細い指が空を、何度も空しく掻いた昨夜の記憶が蘇ります。
「……消えた。あんなに嵩張る荷物が、一瞬で帳簿上の数字みたいに消えました。キース、それ……私にも貸して……いえ、教えて下さらない?」
「あん? 魔法収納か? こいつは適正の問題だからなぁ。どれ、……ちょっと集中して、このリンゴを消すイメージを……」
言われるがまま、オーレリアはリンゴを両手で包み込み、血管が切れそうなほど念じましたた。
……ですがリンゴは一向に消えません。
それどころか、彼女の必死すぎる形相に耐えきれず、ポトリと地面に転がりました。
「………………無理。理屈がわかりません。一銭の価値もない石ころ一つ、消せませんわ」
ガサリ……と、オーレリアがその場に膝をつきました。そして……。
そのまま両手を地面につけ、て四つん這いに……?!
「……私の負けですわ。物流の革命、在庫の消去、配送リスクの完全排除。会計士として、これ以上の理想はありませんのに……。私は……私は、その奇跡に指一本触れることもできない……無能な……ただの……銭ゲバ女ですわ……っ!」
ガクガクと肩を震わせ、地面を見つめ泣き濡れる。……絶望の淵に沈むオーレリア。
始めは日野富子が?!と驚き、あまりの落ち込みように笑おうとしたキースも「……あ、これマジなやつ」と引きつった顔で固まる。
(……滑稽? ええ、分かっていますわ。いい大人が暗闇で指を鳴らし、朝にはりんごに願掛け、荷物が消えるのを待つなんて……!正気の沙汰ではありませんわ。で……でも、もし出来たら?運賃、人件費、そして盗賊に襲われるリスク……それら全てを『虚空』に放り込んでチャラにできる!それは商いに対する冒涜ですが、同時に究極の福音ではありませんこと!?)
彼女は悶々と考え込み噛み締めました。
(わかりませんわ。カイン様。あなたなら、この不条理をどう説明しますの?私は……私は今まで、何を「現実」だと思って生きてきたのかしら……)
本当の意味で「異世界」を消化し始めた富子、これまでの彼女は、この世界を「前世の知識で無双できる、少し便利な中世」だと思っていました。
しかしここは、「算盤の珠を弾くだけでは、決して届かない場所がある世界」なのだと理解したのです。
「(……おい、死神。あんたはこれを、どうやってあの大将に納得させてたんだよ。あいつ、理屈で説明できねえもんに出会うと、あんなにボロ雑巾みたいに凹むじゃねえか)」
その時……、大きな影がオーレリアを覆い、温かくて湿った感触が、彼女の頬を「ベロリ」と撫で上げました。
「……えっ?」
見上げると、そこには松風の大きな顔があります。
松風は「ったく、見てられねえな」とでも言いたげな顔で、でも優しい瞳で彼女を見つめ、
自分の大きな頭を、オーレリアの細い肩に「グイッ」と預けてきます。
「……松風さん。慰めて……下さるの?」
松風はフンッと短く鼻を鳴らし、彼女の背中を鼻先で小突くと、「さっさと乗れ、俺が運んでやるから」という無骨な励ましました。
「……ありがとうございます。魔法が使えなくても、私には……貴方という、世界一の『優良資産(相棒)』がいて下さるものね……」
オーレリアは涙を拭って、松風の首にしがみつきました。
キースはそれを見て、ようやく肩の力を抜いて苦笑します。
「……おーい。俺、完全に松風以下に格下げされてねえか?」
穏やかな風が、草原を駆け抜けました。
松風の背に揺られながら、オーレリアの瞳に少しずつ、かつての「銭ゲバ女(稀代の経済人)」の光が戻ってきます。
「……キース殿。さっきの『魔法収納』……。一回あたりの利用における魔力消費量と、対象物の質量・容積の関係を、今夜までにレポートにまとめなさいな。話はそれからですわ」
「レポート!? ……おい、せっかく松風が慰めてやったのに、もうそっち(実務)に戻るのかよ!」
「当たり前ですわ! 奇跡を奇跡のままにしておくなんて、手数料の取り損ねと同じですの!!」
絶望をエネルギーに変え、「魔法を経済的に解体する」と違った意味で決意するオーレリアでした。
読んでくれて、ありがとうございます(*´ω`*)




