第140話 不老のホローテ
抜き足で近づいてきた生物にナオさんも驚いたのか、私の背後に回った。
まあ守ると言ったからいいけど。
その癒し系の頭は私の腰下まであり、四足歩行をする。
背中に突起やヒレではなく……火がヒレのように揺らめいている。
顔はやはりウーパールーパーそのものだ。
だが、エラであるはずの部分は、猫の顔の模様のように火が線を描いている。
体は透けており、艶めいていて、まるで水のように見える。
というかこれ、たぶん水だ。
粘度の高い水のようなものが意志を持ち、形を保っているかのような。
火を宿す水の生き物とは、また不思議な。
目線を下に下げればすぐそこにいるそれは、私に言われるのは癪かもしれないが何とも言い難い間抜けな顔をしている。
表情も体も微動だにせず、ただ見上げるばかり。
敵意はないというか、興味本位で近づいてきたのか。
「ナオさん、この生き物は何か知っていますか?」
「え、っと、……あ、図鑑で見たことある」
「本当ですか? どんな生き物なんですか?」
「確か名前は、『不老のホローテ』」
―― ホローテじゃないか!!
「ひえっ」
ナオさんが小さい声で話していたから耳を澄ませていたら、声量なんて関係ない人が頭の中を占めた。
そしてその言葉は奇しくも同じものを差していた。
声に体が反応して、全身がびくついた。
その急な動きにナオさんを驚かしてしまった。
「えっ、なになに、何かあったのっ?」
「いえ、すみません。寒気がしただけです」
苦しい言い訳だが、仕方がない。
「それで、そのホローテというのはこれで間違いなさそうですか?」
「うん。間違いないよ。水の体に火を灯しているなんて、間違いようがない」
やっぱり、この口ぶりからすると、火と水という対になるものを持つ生き物は珍しいのか。
もう一度まじまじと関節すると、表情は一切変わっていない。
微かに笑っているようにも見える顔は確かに癒し系ではある。
そして火は火であり、ゆらゆらと燃えている。
水の体の中では気泡がゆっくり下から上へ浮いて行くのがわかる。
何をするでもなく、ただただ私たちの周りに集まってくる。
興味なのか、警戒なのか、威嚇なのか。
顔からは都合よく判断してしまいそうだ。
「生態についてはご存じですか?」
「ごめん、そこまではよく知らない……。ただものすごく珍しくて、絶滅したとか書いてあったと思う」
「そうですか。ありがとうございます」
となると、良く知っていそうな中の人に聞くしかない。
スグサさん、手短に教えていただけませんか?
―― ああ、いいぞ! こいつらはそこの目隠しが言ったように『不老のホローテ』と言って、私様が生きていた時でさえ珍しいと言われていた。まさかこんなところでお目にかかれるとはなあ。こいつらは綺麗な水辺にしか住めず、何だったらこいつらの体の水でさえ飲めるということがわかっていた。つまり、こいつらの体は清流そのものなんだ。ちなみにこいつらにかかわる病気というものはないし、こいつらが怪我をしても清流に浸かればあっという間に元通りするという特徴がある! こいつらの体の中にある気泡は言ってしまえば寿命みたいなもので、体の情報に溜まっていくと弱ってくる。しかしそれも、清流に浸ればリセットされる。つまりこいつらは『不老』という考えもあったんだ!
「……ヒスイ、さん?」
「あ、すみません、少し考え事をしてました」
え、長。
手短にって言ったけどめっちゃ長いじゃん。
早口だったからまだよかったけど、黙ってしまったから不思議に思われた。
しかしスグサさんにとっては手短だったのか言い切ったのか、丁度よくまとまられたらしい。
「名前を思い出しました。ホローテとは、不老の魔物ですね」
ということにしておこう。
「不老……?」
「はい。私も本で読んだことがあります。綺麗な水の付近に住み、水に浸かることで怪我が回復する生き物だと」
確かにここには水が流れており、今まさに水に浸かっている奴もいる。
『不老』。
確かにその言葉は、研究員が気にしそうな言葉だ。
老いなければ死とは離れられるとかの仮説とか立ててたりするのかな。
『死者蘇生』を考えるんだから、そもそも『死なない方法』という方面でも調べてそうだし。
しゃがんで、目線の高さを揃えてみる。
見上げてきていた顔は私の動きとともに下がり、じっと見つめ返してくる。
―― そいつらは温厚で、攻撃なんてほとんどしてこない。というかそういう手段を持たないとも言われている。
へえ。じゃあ『不老』の噂が広まって狩られていったんですか?
―― よくわかったな。そういうことだ。
昔のことは置いておいてだ。
研究員の人たちがホローテたちを目標に地下を掘り進んでいたとして、『不老』だという生物がいるから、というだけが目的なのだろうか。
そうならそれで納得して、この場から離れるだけなのだが……。
―― 療養院の奴らを助けたいのなら、こいつらは別の場所に移動させるんだな。




