竹刀の剣士、異世界で無双する 21 剣の理法
21 剣の理法
「負けておいて、こういうのも申し訳ないが、それがしは何をされたのだ?教えてくれないか?」
ターミルさんは大剣を鞘に納めたあと、その場に胡坐で座り込み、俺に頭を下げた。
「こういう場合は、どうしたらいいんですか?」
俺は隣の村長に小声で聞く、
「さて?、私も初めてのことで・・どうしたら良いのでしょう・・?」
村長も首をひねっている。
(お主の技を解説すればよいのだ。それで理解できれば、これ以上絡むことはせぬだろう。理解できなければそれまでのこと。負けた相手に何をしてやる必要もあるまい。)
後ろからイシャの念話が飛んできた。ふむ、道場破りの作法は知らないが、こちらが勝ったのであれば話も有利に進めるかも?そう思った俺は、ターミルさんと話すことにした。しかし、ここは道場。端のほうには俺の弟子になった村人たちがいる。では、この機会に授業と行こうか。
「さて、私とターミル殿の立ち合い、何があったか説明できる人はいませんか?」
村人に問いかけると、4人ほどが手を挙げた。門番長のグリッツさん、副団長のシラックさん、子どもリーダーのランスとティングだ。
「では、ランス君。お願いします。」
「はい。最初の一手は、師匠が間合いを詰めたあと、一瞬でターミル様の右手に跳んで、小手打ちを狙いました。ターミル様は、師匠の技に反応して後ろに跳んでかわしたと同時に大剣を振り下ろしました。それを師匠は竹刀で弾き、面をねらいました。ターミル様は、すかさず下がって間合いを取りました。次は、師匠がゆっくり間合いを詰めた後、ターミル様の大剣が揺れていたので竹刀で弾き飛ばし、空いた小手を打ちました。そのままの勢いで師匠が体当たりをして、ターミル様を吹き飛ばしました。」
「その通りです。素晴らしい。よく見ていましたね。」
「ありがとうございます。」
「ランス君が話したのは、試合の事実です。では、その中の剣の理法は何でしょう?」
ふたたび俺が問うと、今度はみんなが黙り込んだ。
「それがしも、その子が言ったことは分かっている。しかし、どうしてそうなったのかが分からないんだ!」
ターミルさんが顔を上げて叫んだ。それを見て、俺は頷くと話し始めた。
「では、私の解釈を話しましょう。
最初、ターミル殿は大剣を右上に構えました。しかも、ひじが肩の位置まで上がっていました。これは、相手を袈裟切りにする構えです。しかし、足は両方とも横に並べており、重心もやや後ろでした。これは、自分から仕掛けるのではなく、相手が突っ込んできたところを、腕の長さと太刀の長さでもって迎え撃つ構えでした。そこで、私はターミル殿の大剣が届くギリギリのところで一瞬止まりました。ターミル殿はそこで、袈裟切りを出すかどうか迷ったでしょう。」
「うむ、その通りだ。あの場面で斬っても届かないと思った。一瞬だが斬るか待つか迷った。」
「その迷いのスキをついて、私はターミル殿の右前に跳び、大剣を握っている手を狙いました。しかし、さすがは闘技指南役のターミル殿です。私の狙いを一瞬早く見極めて後ろに跳び、かわすと同時に大剣を振り下ろされました。しかし、気持ちが動揺していたのでしょう。私を狙って斬るというよりは、牽制のために大剣を振っているようでした。なので、私の竹刀でも鉄の大剣を摺り上げることができました。先ほど、ランス君は『弾いた』と言いましたが、正確には『摺り上げた』です。相手の力を利用して剣の軌道を変えるのが摺り上げです。そこでできたスキをついて、私はターミル殿の面を狙いました。ですが、さすがターミル殿です。あの面打ちを避けるとは。」
「うむ、あの連続攻撃には驚いたが、勘で避けたようなものだ。それがしの攻撃もヨウスケ殿の言う通り、苦し紛れであった。普通ならあれでも、相手のどこかに当たるものだが。」
「闘技術ではその勘は大切なものです。しかし、苦し紛れの一撃が通用するほど剣道は甘いものではありません。ともあれ、ターミル殿は私の面打ちを避けた後、中段に構えました。これは、左右どちらから技が来ても対応できるようにしたのでしょう。」
「その通りだ。」
「左右からの攻撃に意識を割かれたターミル殿は、中央からの攻撃に意識が薄くなっていました。また、大剣の握り方も若干甘く、大剣の重さに手首がついていけていないようでした。」
「あの、短時間で、そこまで見切れるのか?」
「はい、剣道とは、相手の動きに合わせて変化していく物ですから、相手の観察は欠かせません。ともあれ中央への意識が弱く、手首が十分に動いてないのであれば、鉄の大剣を持っているお相手でもやりようはあります。それがお見せした払い技です。相手の剣を打ち払ってスキを作り、手首を狙います。ターミル殿は親指と人差し指で大剣を握っておられたので、親指に痛みが走れば握りが解けると思いました。また、ターミル殿は重心をやや後ろにかけて立っていましたので、体当たりをすれば私の体格でもいくらかはとばせると考えました。」
「そこまで読んでの技であったか。うむ、見事だ。それがしの完敗だ。」
ターミルさんは再び頭を下げた。村人たちは、「ほうー。」と感心している。
「ヨウスケ師匠。そのように相手の動きが読めるようになるにはどうしたらよいのだ?」
門番長のグリッツさんが身を乗り出して聞いてくる。ほかの人たちも同じだ。
「剣の理法の修練に早道はありません。今の基本稽古、互角稽古を繰り返しながら、どういう場面で相手や自分がどんな動きをするのかを見極め、経験を積んでいくことです。互角稽古の中で打ち込まれることを恐れてはいけません。打ち込まれたとしても、大した怪我がないように防具があるのですから。むしろ積極的に技を出して、打ち込まれて、そこから自分なりにどうしたらよいのかを考えることが大切なのです。」
とまとめた後、
「さて、ターミル殿。あなたは私のところに道場破りに来て負けたわけですが、この後どうしましょうか?」
ちょっと意地悪のつもりで聞いてみると、ターミルさんは分かりやすく顔を青ざめた。そりゃそうだろう、領都の闘技指南役がこんな辺境の道場で負けたなんて、恥ずかしくて困るに決まっている。
「この世界では、道場破りで勝ったなら、相手にどんな要求でもできると聞きましたが?」
さらに、いじわるそうな顔をして追い詰めてみる。
(もう、その辺にしておいてやれ、ヨウスケよ。お主に悪役は似合わんぞ。)
後ろから、イシャが心配してくれた。周りを見ると村長さんや、村のみんなも心配そうにしている。まあ、この辺にしておいてやるか。そう思って、
「冗談ですよ。」
と、俺は微笑む。
ターミナルさんは、慌てて荷物をまとめると、
「大変失礼した。また、機会があれば・・・・」
と言い捨てて、帰っていった。
「ヨウスケ殿、あの御仁をご存じか?」
村長が聞いてくる。周りには村人たちが輪になって座っている。メリサさんも胸に手を当てて、涙目になっていた。
「いいえ、私はこの世界のことは詳しくないので。」
「でしょうなあ。あの御仁は前々回の王都闘技大会の決勝進出者です。あの腕の長さと大剣の長さで、誰も勝てなかったのです。唯一勝てたのは長槍を使う王都騎士団長でした。」
(ふむ、江戸時代後期に2mの長身に五尺竹刀で勝ちまくった大石進先生のようだな。でも、天真一刀流の白井亨先生や北辰一刀流の千葉周作先生には勝てなかったよな。)
「そんな強い人に、先生は竹刀だけで勝ってしまわれた・・・」
みんなの感嘆の声に、慌てて反応する。
「いえ、あれは、相手が体格と大剣の長さに頼って油断しただけで・・・同じことがもう一度できるかと言われると…難しいというか…なんというか・・・。」
とごまかしてみるが、みんなの目はそんな言い訳を聞いていない。
「わし等でも、あれくらい強くなれるのですか?」
うん、聞きたいのはそこだよね。
「はい、特性と言うか、皆さんそれぞれの個性と言うか、持ち味のようなものはあると思いますが、どんな人でも、いい勝負はできるようになると思いますよ。」
「なんと、我々にも王都大会に出場できるチャンスがある、といわれるか?」
「そうですね。相手次第のところはありますが、普段の稽古を熱心にこなして、相手の手の内を読めるようになれば、可能性はあります。」
「聞いたか、皆の衆。このダヒトの村始まって以来の王都大会への出場が見えてきたぞ!」
村長が興奮して叫ぶと、
「おおー!」
と村人の返事がした。
翌日から、稽古の時間は1時間増えることになった。また、なぜかメイドのメリサさんも稽古に加わるようになった。