6話
急転直下である。
それきり。
それっきり、姉御に、差し出した、とっくに僕の体温で乾いていたパンツを穿いていただてからというもの――僕には、パンツの声が聞こえなくなった。
つまりあのパンツの持ち主は姉御だということになるのだ。
僕は、包み隠さず姉御にすべてを話した。
朝、パンツを発見してから、今までのことを。
彼女は――トイレで着衣を終えて、顔をやや赤くした彼女は、それでも僕を殴ったり蹴ったりせずに、やや恥ずかしそうに、こんな見解を述べてくれた。
「まず、頭がおかしいと思った」
率直な感想である。
彼女は嘘をつかない。だから、それは、罵倒でもなんでもなく、本当に、思ったままを口にしただけなのだろう。
「百歩ゆずって――百歩どころじゃなくゆずるけど、もしあんたの話が本当なんだとしたら、この下着は、うん、私の物だと思う」
「でも、姉御の家って僕の家とは全然違う場所じゃなかったっけ?」
「……盗まれたんだよ、下着。先月ね」
姉御の話では。
ある日、気付いたら干していた下着が消え去っていたらしい――姉御は携帯電話も契約できない程度には、貧乏暮らしをしているのだ。住んでいる家だって、セキュリティが優れているとは言いがたいだろう。
ちなみに今日の話ではない。
だいぶ前の話で、今ではもちろん、下着を買い足してもいるが――
それでも、全体数は減っていた。
そこに――いきなりの雪である。
「今朝、乾いてるはずだった下着が、濡れててさ」
「それで身に付けずに来たのか……一報くれればよかったのに。僕の電話番号は知ってるだろ? それに、家電ぐらいはさすがに、あるよね?」
「……下着がないから行けませんだなんて、恥ずかしくて言えないよ」
下着をつけずに街を歩くのとどちらが恥ずかしいのか、僕には判断がつかなかったが……
なるほど、同級生に『下着がないです』と宣言するのは、何のプレイだよと言いたくなるようなシチュエーションではあるだろう。
「さすがに、バイトもしてるし、下着を買えないほど切迫はしてないけど……でも、今朝穿くものがなくってそれで」
「やむなくノーパンで、か……」
「ノーパン言うな」
軽く殴られる。
痛くはなかったが、一応、怯んだようなリアクションをとった。
「まあ、持ってきてくれたのがあんたでよかったよ」
最後にそう締めくくって、姐御は僕に背を向けた。
それは照れ隠しの強がりというか、意味のない諧謔みたいなものだったのかもしれないけれど、僕でよかったと言われて、少しだけ嬉しい気持ちがわき起こった。
ふと。
あんまりにも唐突に、思いつくことがあった。
「姐御」
「なんだよ」
「ちょっと行きたいところがあるんだけど、時間に余裕ある?」
「……充分にあるけど、どこ?」
「姐御の下着を買いに行こう。僕からのクリスマスプレゼントってことで」
「……それさあ、かなりろくでもないこと言ってるよ」
「わかってるけど、さすがに今後も下着なしでいられると僕が困るし」
姐御はため息をつく。
たぶん、反論が思いつかなかったのだろう――そのまま、僕らは駅から出るために、改札を目指すこととなった。
こうして、僕らはクリスマスにパンツを買いに行くことになる。
これはこれでありえない展開のような気がするけれど――
まあ、パンツがしゃべるよりは、幾分も現実的な冒険では、あるだろう。