第二話 『旅の始まり』
アイテム屋、と言ってもほぼ万屋のようなもので、装備以外はこの店に行けばほとんど揃うんだよね。
「あー! 早く旅に出たいものだな!」
いつもより若干テンションがあがっているミースが、アイテム屋に向かう道中、そう言った。
「でも、準備はしっかりしないと。ね、ザイク?」
その言葉にボクは昔を思い出し、後ろを振り返ってザイクに顔を向け確認するようにボクは言った。ザイクは苦々しげに顔をしかめて、嫌なものを思い出した、というような表情をしてつぶやいた。
「あ、あれは……わ、若気のいたりだよ」
――これは昔、まだザイクが臆病ではなく、攻撃もできる『神童』だった時のことだ。
昔から仲が良かったボクたちは、とある洞窟にハイキング感覚で行って、死にかけた。
そしてその死にかけた理由は、ザイクが重美を怠り己の武器と回復薬を忘れた、ただそれだけだ。
まあ、ザイクが準備できてるか確認しなかったボクも悪いんだけどね。
「そ、それにしても。あの頃は攻撃もできて便利だったけど今と比べて、い、色々甘かったな。今と昔、ど、どっちがいいんだろうなぁ」
ザイクは左上を向きながら、目を細めて問うように小さくつぶやいた。
「ボクは今の方のザイクがいいと思うよ。だって安定感があるしね」
ボクは素直にそう答えた。
今の方が安定感がある。その事実が大切だ。自分にとって一番背負いたくないものはリスクだからね。
「私は昔のザイクは知らないが……きっと今の方がいいと思うぞ。戦闘で、私たちを華麗に守ってくれて、すごく頼れるからな!」
ミースはその小柄な体を元気に動かしながらはっきりと答えた。
背伸びをしているだけだが。
「あ、ありがとう……」
ザイクは照れているのか、顔をうつむけて答えた。
しばらく歩くと、ボクたちはアイテム屋に着き、店に入った。
「いらっしゃい……ってザイク~!」
扉を開けた瞬間、ボクと同じくらいの身長の女性がザイクに抱き着いた。女性にしては身長が高く、スレンダーである。
「う、うわっ! ま、毎回、や、やめてって言ってるよね!?」
ザイクは瞬時に反応して体を動かしたが、彼女に動きを読まれ、華麗に抱き寄せられた。
この女性は、ザイクの彼女である。
と、言っても二人は付き合ってない、と否定するけどね。でも二人が否定をするときにまだという言葉を使っているので今後そのようなことになるのかもしれない。
彼女は決して不細工ではない、というか超美人だ。
……多分。
と、いうのは彼女が常に虎の顔のマスクを被っているので、口元しか見えないので顔が見えなくて、判断できないからだ。
それなのになぜ美人と言えるのか。それも実は正確にわかっているわけではない。口元がきれいなのと、ザイクは彼女が美人であると言っているのを信じているだけに過ぎない。
「ん~。この抱き心地、たまらないわね~」
抱き着きながら、虎のマスクをザイクの頬にこすり付ける。
多分アレ、頬擦りしてるんだと思う。
うん、相手が美人(多分)でも、絶対アレは嬉しくないと思うな。
「毎回思うのだが……なぜ虎マスクはあのような格好をしているのだ?」
ミースは彼女のことを『虎マスク』と呼ぶ。まあ確かに見た目を言葉で表すとそうだけどね。
初対面でそう言ったら失礼だと思うけど、本人が許可を出しているからボクからはなにも言えないけどね。
と、言うかミースが彼女の格好の謎を知らないならボクが知るはずはないんだけどね。
……まあ、人間意外と頭が回らないから、心配になるし、訊きたくなるよね。
「さあ?」
流石に何も返事をしないのは気が引ける。でも、答えを知っているわけでもないから疑問で返すしかないんだよね。
「そ、そういえば俺たち、アイテムとかを揃えないとなぁ~。……な、なんて思ってたり」
ザイクが自分から彼女を引き離すための話題が見つかった、とばかりに口早に言った。
「も~。照れてるザイクも可愛いなあ~! それなら大丈夫よ~。私がザイクといちゃつく時間をとるために、ぜ~んぶっ、用意してあるわよっ!」
全部彼女に読まれていたね、ドンマイ。おとなしくいちゃいちゃすればいいのに。
「私は虎マスクを信用しているのだが、念のため揃えたものを確認してもよいか?」
場の雰囲気を読んでいたミースがチャンスだと思ったのか、少し遠慮がちに彼女に向けて尋ねた。
「いいよ~。ミースは私のし、ん、ゆ、う! だから遠慮なんてしないで、ね?」
ミースの心配を振り切るように、彼女は笑顔ですがすがしく言い切った。その笑顔は見えなかったけどかすかに除く口元から除くつりあがった唇が今の彼女を表していた。
「……ああ。ありがとな、親友!」
それにミースは笑顔で返した。女同士の友情っていうのもいいものだね。そう感じさせるシーンだった。
「ふふっ。……あ、ザイク達のパーティーって誰か【収納】のスキル持ってたかしら?」
笑っていた彼女だけど、急に何かを思い出したのか、ボクたちに向けて訊いた。でもその虎マスクを被った顔はザイクに向けられていたけど。
【収納】は、その名の通り、なにかを自分で作った別次元に収納できるようになるスキルのことだ。
「お、俺が持ってるよ」
「一応ボクも持ってるよ」
ボクたち三人の中ではボクとザイクの二人が【収納】のスキルを持っていた。
でも、ボクの場合、あまり力が無いから、重量があるものは持てないんだけどね。
「じゃ、ザイクは旅の便利グッズをまとめてある、こっちをお願い」
そう言って、店の奥から持ってきた袋の内の片方をザイクに差し出し、もう片方をボクに預けた。
「ウィスタリアくんの方は、回復アイテムとかが入ってるわよ」
よく考えられてるね。確かに、このパーティーで戦闘中アイテムを使えるのはボクだけだからね。
「ありがとう」
ボクはそう言って微笑んだ。うん、お礼はしっかりしないとね。特に他意はないよ。
「……礼はいらないわよ」
「ふふっ。照れるのはザイクにだけ、じゃなかったのかな?」
ボクにそう言われて、彼女は軽く顔を赤らめた。
その間にザイクは【収納】できる空間に荷物を全て詰め込み、こっそり店を出ようとしていたが、そのザイクを捕まえて抱きしめた虎マスクを眺めながら【収納】を終えた。
ザイクの顔が赤く、照れていてこちらに助けを求めていたようだけどそんなの知らないね。
「では、また会える日を楽しみにしてるぞ!」
旅の支度を終えたボクたちは万屋をでて、彼女に別れの挨拶をしていた。
「ええ。愛しのザイクに会えなくなるのは寂しいけど、これも放置プレイだと考えて過ごすわ。その方が再開したときの喜びが増えるもの」
彼女は少し悲しそうに言った。
「じゃあ次に会うのは三年後、かな?」
何故三年後かというと、彼女にはこの学園であと二年過ごし、様々な知識を身に付け、残りの一年で、働いて金を溜め、旅に出て、ボクたちに合流する、という計画が頭の中にあるからだ。
「ええ。三年後、楽しみにしてるわ。……最後にザイクに抱きついていいかしら?」
ザイクは断ろうとしたけど、彼女が悲しんでいる雰囲気が出ていたので、と、言っても虎のマスクで表情はわからないけどね、断れなかったみたいだ。
ザイクは彼女に何かを感じたのか、自分から虎マスクを抱きしめた。
その行動に虎マスクは驚いているようだったが、嬉しかったのか、肩を震わせてその抱擁に答えた。
まるで恋人たちの別れのように、美しく、儚い光景をボクは目に焼き付け、あとでザイクを精一杯からかうことを決めた。
「……またね、ザイク」
「う、うん。……また、ね」
人生の中ではとても短く、しかし、二人にとっては永遠のような濃密な時間が過ぎた。
小さく泣く彼女の背中を、ポンッ、と軽くたたいた時のザイクの表情は、引き締まっていて、間違いなく、昔のザイクの顔だった。
しかし、それも一瞬のことで、すぐにいつもの、眉を下げ、心配そうに周りを見る顔に戻ってしまった。
昔、一度は離れ離れになった二人が何を思ってるのかは、ボクには判らないけど、二人がこの一瞬だけは幸せでいられる、という事実がある限りは、詮索するつもりはボクにはない。
というか、気まずいね、この場。
ちらっ、とミースの方を見ると彼女は大号泣していた。
変わらず気まずいな。なんかボクだけ蚊帳の外だね。
う~ん、かと言ってこのシリアスな空気をぶち壊すわけにはいかないし。
「……よしっ。……あと三年、頑張るわ! ザイクも私のことを忘れないでねっ!」
区切りをつけたのか、ザイクから離れる彼女の瞳にもう涙はなかった。
「あ、当たり前だよっ!」
その返答を聴き、ほほ笑み、といってもマスクがあるので口元で判断したが、手を振り、店の奥に去っていく彼女を少し見つめた後、ザイクは自分から店を出て行った。
「うぅ。いい話だ」
まだ泣いているミースを引っ張って店から連れ出してからハンカチを渡し、涙を拭かせたあとボクはザイクを見た。
そこにはいつも通りのザイクがいた。
……よろしい、ならばボクは何も訊かないようにしよう。
「よかったのか?」
目はまだ赤いが、泣き止んだミースが空気を読まず、ザイクに訊いた。
本当に空気読めないな、コイツ。
「うん」
ザイクはその問いに軽くうなずいて答えた。。
とりあえずこの空気をぶち壊さなくてよかった。
「じゃあ、旅に出ようか」
「ああ!」
「う、うん!」
そして、ボクらはこの学園都市の出口にたどり着いた。
「いよいよかぁ……」
やっぱり何事も『始まり』というものは、緊張するものだね。
「戦闘の準備はいいか?」
「せ、戦闘はできる限り、さ、避けていこう……?」
目を輝かせて聞くミースを、なだめるザイク。
あー。なんか感慨深いなぁ。
こうしてボクたちの冒険は始まった。
と、誰もが思っていただろう。
むしろ、誰がこの幸せな展開が続くことを疑っただろうか。
不幸は唐突にやってくる。そして、人々の大切なものを奪っていくのだ。
刹那、獣の咆哮が学園都市の、生徒や住民たちを襲った。
グギャアアアアァァァァァァッッッ!!!!
思わず耳をふさぎ、咆哮の発生源を探す彼らが目にしたのは――
学園都市のほとんどを覆い隠すほど巨体の、紅い紅い、紅龍の姿だった。
ドラゴンは正直、登場させるか迷いました。