第二十三話 ヨッシーへの小言
第二十三話 ヨッシーへの小言
「ヨッシー!」
タカシは、ケージの前で腕を組んだ。
「昨日は、本当に心配したんだからな」
「タカシ、オハヨ!」
「おはよう、じゃないよ」
ヨッシーは、黄色い冠羽をぴょこんと立てた。
「リンゴ! リンゴ!」
「リンゴは、あとで」
タカシは、思わずため息をついた。
昨日、ヨッシーがいなくなったときのことを思い出す。
窓から飛び出したヨッシーを探して、近所を歩き回った。動物病院にも連絡した。警察にも相談した。どこかで保護されていないか、名前を呼びながら探した。
帰ってこなかったら、どうしよう。
その考えが、頭から離れなかった。
翌朝、ヨッシーが窓辺に戻ってきたとき、どれほどうれしかったことか。
「……よく帰ってきたな、ヨッシー」
タカシは、そっとケージの扉を開けた。
ヨッシーが腕に乗ってくる。
「おかえり!」
「いや、帰ってきたのはお前だろう」
タカシは笑った。
「でも、本当に、よく帰ってきた」
ヨッシーの頭を、そっと撫でる。
それから、少し真面目な顔になった。
「だけどな、ヨッシー。家から勝手に飛び出すのは、やめような」
「コンニチハ!」
「こんにちは、じゃなくて」
ヨッシーは首を傾げた。
「お前は鳥だから、飛びたいんだよな。飛ぶな、なんて言いたいわけじゃないんだ」
タカシは、ヨッシーの黒い目を見た。
「でも、外には車もいるし、知らない場所もある。お前が迷子になったら、俺には、どこにいるのかもわからないんだ」
ヨッシーは、タカシの腕の上で足を動かした。
「リンゴ!」
「……話の途中だよ」
タカシは苦笑した。
「俺、昨日、本当に怖かったんだ。もう帰ってこないんじゃないかって」
言葉にしてみると、自分がどれほど不安だったのか、改めてわかった。
ヨッシーがいなくなった家を想像したくなかった。
朝になっても、ヨッシーの声が聞こえない。
リンゴを切っても、ねだる声がしない。
帰宅しても、「オカエリ!」と言ってくれる相手がいない。
そんな生活に戻るのは、嫌だった。
「だから、頼むよ。外に出るときは、俺と一緒に行こうな」
「タカシ、オハヨ!」
「うん。おはよう」
タカシは、もう一度ヨッシーの頭を撫でた。
「帰ってきてくれて、ありがとう」
ヨッシーは、タカシの腕からケージへ戻ると、止まり木の上で胸を張った。
「リンゴ! リンゴ!」
「はいはい。今、用意するよ」
タカシは台所へ向かった。
けれど、リンゴを切りながら、ふと思った。
ヨッシーに言い聞かせるだけで、本当にいいのだろうか。
ヨッシーが人間の言葉をどこまで理解しているのか、タカシにはわからない。
飛びたいという気持ちがあるのなら、なおさらだ。
自分が心配だからといって、ヨッシーの行動をすべて人間の都合に合わせるわけにはいかない。
でも、危険から守ることはできるはずだった。
タカシは、リンゴを皿に載せてヨッシーのところへ戻った。
「はい、お待たせ」
「リンゴ! リンゴ!」
「お前は、ほんとに……」
タカシは笑いながら、皿を置いた。
「よし。俺も、ちゃんと考えよう」
*
午後、タカシは、ヨッシーを診てもらっている動物病院に電話をかけた。
「先生、ちょっと相談したいことがあるんです」
昨日、ヨッシーがいなくなったこと。翌朝、戻ってきたこと。そして、もう二度と同じ思いをしたくないこと。
ひととおり話すと、獣医師は落ち着いた声で答えた。
「それは、本当に心配でしたね。無事に戻ってきてよかったです」
「はい。もう、あんな思いはしたくありません」
タカシは、少し間を置いてから尋ねた。
「もし、また行方不明になったら、どうすればいいんでしょうか。今回、いろいろ探したんですが、何を優先すればいいのか、わからなくて」
「まずは、鳥が逃げ出した場所や時間、特徴を整理することです。写真も、普段から用意しておくといいですよ。警察や地域の施設、近隣の動物病院などにも、状況に応じて連絡してください」
「写真ですね」
「はい。ヨッシーちゃんの全身がわかるもの、それから、顔や特徴がわかるもの。羽の色や、冠羽の形なども手がかりになります」
タカシは、スマートフォンを取り出した。
ヨッシーの写真なら、たくさんある。
リンゴを食べているところ。水浴びをしているところ。止まり木で胸を張っているところ。
どれも、ヨッシーらしい写真だった。
「あと、個体識別についても相談したいんです。脚環というものがありますよね?」
「あります。ただ、脚環の種類や状態によっては、足を傷つけることもあります。新しく装着するなら、鳥の診療に詳しい獣医師に相談して、安全性を確認する必要がありますね」
「そうなんですね……」
タカシは、自分の足元を見た。
もし、自分の体に何かを付けられたり、埋め込まれたりするとしたら、やっぱり抵抗がある。
ヨッシーにとって、負担にならない方法がいい。
「マイクロチップも考えたんですが、体に埋め込むと聞いて、少し迷っていて」
「マイクロチップは、迷子になったときの個体識別に役立つことがあります。ただ、位置情報を追跡するものではありませんし、鳥に適した方法かどうかは、個体の状態を見て判断する必要があります」
「そうですよね……」
タカシは、うなずいた。
「自分がされて嫌なことは、ヨッシーにもしないようにしたいんです。でも、何もしないわけにもいかないから」
「その気持ちは大切だと思います。ただ、人間と鳥では体のつくりも違いますから、ヨッシーちゃんにとって何が負担になるのか、専門家と一緒に考えましょう」
電話を切ったあと、タカシはしばらくスマートフォンを見つめていた。
ヨッシーを守る方法は、ひとつではない。
窓の開け方を見直すこと。
部屋から飛び出せないようにすること。
外へ出るときの安全を確保すること。
そして、万が一に備えて、写真や連絡先を整理しておくこと。
できることは、まだたくさんある。
タカシは、ヨッシーのケージに目を向けた。
ヨッシーは、リンゴを食べ終えて、くちばしを止まり木にこすりつけていた。
「ヨッシー」
「コンニチハ!」
「うん。こんにちは」
タカシは笑った。
「これからも、よろしくな」
「リンゴ!」
「もう食べたでしょう」
ヨッシーは、聞こえなかったふりをした。
タカシは、声を立てて笑った。
昨日、ヨッシーが帰ってきたことは、奇跡のようにうれしかった。
でも、次も同じように帰ってこられるとは限らない。
だからこそ、できることをしておこう。
ヨッシーと、明日も一緒に暮らすために。
「さて、まずは窓の確認だな」
タカシが立ち上がると、ヨッシーが元気よく叫んだ。
「タカシ、オカエリ!」
「……まだ出かけてもいないよ」
タカシは振り返り、笑った。
「はいはい。ただいま」
心配させたことを反省しているのかどうか、まったくわからない。
そこがまた、ヨッシーらしい。




