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 壁が鳴った夕刻




 夕方の空は、やけに赤かった。

 まるで誰かが太陽を絞り、最後の光だけを街に撒き散らしたような、そんな不穏な  

 赤さだった。     

 シガンシナ区の石畳は夕陽に照らされて血の色を帯び、教会の古びた影は街道に長

 く伸びていた。

 孤児院の掃除と夕食の片付けを終え、俺はいつものように市場へ足を運んでいた。

 昼間よりも静かで、人影もまばら。しかし、その静けさが逆に街の不調和を際立た             

 せていた。


(風の匂いが……変わっている)


 気づいたのは、教会の外に出た瞬間だった。

 昼間の暖かさが引き、風に冷たさが混じり始める“夕方の空気”とは違う。

 もっと根本的なもの――死の匂いに似た、重く沈む気配が街に漂っていた。


 俺はこの手の感覚に慣れている。

 “なぜか分からないのに分かってしまう”危険の予兆。


 理由はない。

 ただ、胸の奥で冷たい手が心臓を掴むような感覚だけがあった。


 (今日は、何かが起こる)


 確信めいた予感が浮かんだ。


 夕方の市場は、日中の喧騒とはまるで違う。

 客足はほとんどなく、店主たちは売れ残りを片付ける準備をしている。

 井戸端で噂話をしていた主婦たちもいなくなり、魚屋の兄さんが店をたたむ音だけ 

 が乾いた金属音として響く。

 俺は野菜の露店の前で足を止めた。

 商品の並べ方が朝と違う。

 店主の目も、どこか落ち着かない。


「……治安が悪くなる。今日は盗みが増える」


 独り言のつもりだった。

しかし声は思いのほか大きく、近くにいた老人がぎょっとして振り返る。


「な、なんの話だい、坊や……?」


俺は首を振った。

説明できるものではない。


(違う……これは盗みなんかじゃない。もっと、大きい何かが……)



 その代わりに――空が、唸った。


 ゴォォォォォン……!


「……え?」


 地鳴りのような音が、夕暮れに沈む街を揺らした。

 石畳が微かに跳ね、遠くの建物がかすかに震える。

 夕陽の赤が、音に共鳴するように揺らめいた。


 俺は本能的に、音の方向──壁の方へ顔を向けた。


(……何かが、いる)


 視界の端に、夕陽を遮る巨大な影が映る。

 壁の向こう側から、何かがゆっくりと姿を現した。


 夕陽がその輪郭を朱に染め、まるで炎の巨人が立ち上がったように見えた。


 赤黒い筋肉。蒸気を吐く巨体。

 眼孔は光り、その場に存在するだけで世界を支配するほどの“気配”を持っていた。


 ――超大型巨人。


 人々の悲鳴が街に満ちるより早く、

 俺は“終わった”と理解していた。


 次の瞬間、夕暮れの空が白く弾けた。


 雷鳴のような閃光。

 その光が影を飲み込み、街の影を一瞬で失わせる。


 総てを吹き飛ばす爆風。


 音が追いついたときには、周囲の建物が吹き上げられ、瓦礫が宙に舞っていた。

 夕陽の赤が砂埃に乱反射し、街全体が赤い霧の中に沈んでいく。


 俺は地面に飛び込み、倒れかけた壁の“下側”へ滑り込んだ。


(ここにいなきゃ死ぬ)


 考えるよりも先に身体が判断していた。

 その僅かな差が、命を繋いだ。


 吹き荒れる風圧が収まったとき、俺は瓦礫を払いのけて身体を起こした。

 夕陽はまだ沈んでいない。

 だが、空の色は赤から灰色に変わり、街を覆う砂煙で夕方なのか夜なのか判別がつ      

 かなくなっていた。

 遠くで母親の叫び声がした。

 子供の泣き声、倒壊した家屋の軋む音。

 混乱が街を浸食していく。


(……孤児院に戻らなきゃ)


 走り出そうとしたそのとき、胸がずきりと痛んだ。


(皆が……呼んでる)


 俺は夕闇の中を駆け出した。

 足元の石畳には夕陽の残光がかろうじて残り、赤い光を反射している。

 しかし視界の先は砂埃に包まれ、何がどこに倒れているのかも分からない。


 それでも足は迷わなかった。

 瓦礫の影、倒れた屋根、崩れた壁──

 危険な場所は遠ざかるように身体が自然と動いてくれる。


(これは……俺の知らない“俺”の動きだ)


 そんな感覚すら芽生えた。


 孤児院のある教会に着いたとき──俺の胸の奥が冷たく凍りつく。


 教会は半壊していた。

 夕陽を受けて金色に輝くはずの鐘楼は折れ、

 崩れた屋根から煙が上がっている。


「……皆」


 声は震えていなかった。

 ただ、胸の奥がひどく痛んだ。


 入口から中に向かおうとすると、

 本能が“待て”と叫んだ。


(今入れば……俺も死ぬ)


 根拠はない。

 けれど、この予感は俺の中で絶対だった。


 それでも足は止められない。

 俺は手を伸ばし、崩れかけた扉に触れた。


「おい少年!」


 遠くから駐屯兵の声が響いた。

 夕暮れの赤い光の中、避難を誘導する兵士が俺に向かって必死に叫んでいる。


「そこは危険だ! 戻れ!」


 だが俺はその声を振り返らなかった。

 ただ、胸の中の痛みに耐えながら、教会の奥を見つめていた。


 その瞬間──


 教会が大きく軋み、残った屋根が崩れ落ちた。


 砂埃が夕日の赤を飲み込み、視界が白く霞む。


「……ごめん」


 呟いた声は、想像以上に静かだった。


 夕陽の赤は完全に消え、街は巨大な影に覆われ始める。

 俺は踵を返し、避難所へ向かって走り出した。


(生き続ける。

 生きて、俺は……何かを果たさなきゃいけない)


 その意味はまだ分からない。

 けれど、胸の奥で脈打つ“何か”が確かにそう告げていた。

  濃い夕焼けの名残が海面に沈み、赤銅色の光が波に引き裂かれていた。

 避難船の甲板は、押し寄せる人々の熱気と泣き声で満たされ、どこか蒸されるような息苦しさが漂っている。

 その中心で、べレス・アッカーマンはひとり、船縁に寄りかかりながら動かない川を見つめていた。


 「……落ち着け、深呼吸だ」


 そう言い聞かせているのは自分自身への命令か、それとももっと遠い誰かの声の残響なのか、判然としない。

 心臓はわずかに速い。だが恐怖の鼓動ではない。むしろ、もっと冷ややかな何かが胸の底から浮き上がりつつあった。


 船には、シガンシナ区から逃れてきた人々がぎゅうぎゅうに押し込まれていた。

 誰もが悲嘆し、泣き叫び、絶望の影を顔に貼りつけている。

 船を出したばかりの今もなお、巨人に追いつかれるのではないかという焦燥が波の音に混ざっていた。


 しかし──べレスは違った。


 「……ここには、死なない匂いがある」


 ぽつりと呟く。

 それは十歳の少年が口にするにはあまりに場違いな、達観した視点だった。


 人混みの中で何人かが振り向いたが、べレスが何を言っているのか理解できず、すぐに自分の嘆きへ戻っていった。


 べレスの眼には、水面に映る夕闇の揺らぎの向こうに、別の光景がちらついていた。

 ――暗い部屋。

 ――長い机。

 ――血が床を伝う音。

 ――刃を振るう自分の腕。


 その断片は、記憶と呼ぶには曖昧すぎる。

 ただ感触だけが鮮明だった。


 「……あれは、なんなんだ」


 ずっと胸にまとわりついていた霧が、いま夕風にかき分けられたように薄れていく。

 べレスは海から顔を上げた。

 船上の騒ぎや匂い――焦げた家屋の残り香すら混ざる――すべてが妙に遠く感じた。


 その時。


 「ッ……!」


 背筋に、細い刃を当てられたような寒気が走った。


 巨人が近づいている。

 距離はあるはずだ。だが“来る”と分かる。

 その予感は、もはや本能ではない。もっと別の“技術”だった。


 甲板に立つ人々がざわつき始めた。

 誰かが指差し、叫ぶ。


 「見ろ! 壁の向こう……なんだ、あれは……?」


 べレスも顔を上げた。

 夕暮れに沈むウォール・マリア。その中腹に、異様な影が揺れていた。


 ――ドォン……!


 鈍い衝撃音が、海面を震わせる。

 鳥たちが一斉に舞い上がった。

 空気が軋む。


 次の瞬間、壁の一部が爆ぜ、夕空へ砕け散る石片の雲が巻き上がった。

 その中心に、鋼鉄を思わせる、異質な巨人の姿があった。


 「鎧の……巨人?」


 べレスは思わず息を呑んだ。

 ただ巨人がいる、ではない。

 “破壊する意思”を持った、明確な敵意の塊だった。


 巨人が勢いのまま、壁を貫通して崩落させる。

 それは遠方の光景なのに、なぜか目の前で起きているかのような鮮烈さで脳に叩き込まれた。


 甲板は騒然となった。


 「ウォール・マリアが……!」

 「うそ……そんな……嘘だろ……」

 「もう……終わり……だ……!」


 叫びが、波のように押し寄せる。


 だがべレスの内側は、それらの感情から切り離された領域にいた。

 夕風に肌が冷たく、心臓の鼓動が静まり返っていく。


 ――“やれ”

 ――“殺せ”

 ――“逃すな”


 耳の奥で、無数の声がざわめいた。

 誰のものかも分からない。だが懐かしい。

 血の匂いすら漂ってくるようだ。


 「……違う。俺は……そんなこと、した覚えは……」


 否定しかけた言葉は、胸につかえて出なかった。

 根拠はない。それでも、そこに真実が眠っていると感じてしまう。


 船がきしむ。

 沈みゆく夕日が、べレスの瞳に照り返った。

 その赤い光が、甲板の別の場所で小さく光る影を照らし出す。


 すると見知らぬ少年が黒髪を振り乱し、揺れる船の上で、遠ざかるシガンシナ区を     

 睨みつけている。


 エレン・イェーガー。


 べレスと彼の間に接点はない。

 それでも、その気配は夜風より鋭く、胸に突き刺さった。


 エレンが拳を握りしめ、震える声で叫ぶ。


 「……駆逐してやる……!

 この世から……一匹残らず……ッ!!」


 その声音は、憎悪と喪失と、燃える決意の混じった絶叫だった。

 甲板が静まり返る。

 皆がその言葉に呑まれていた。


 べレスだけが、違う意味で息を止めていた。


 ――殺意。

 ――復讐の熱。

 ――敵を屠る覚悟。


 そのすべてを、身体が“知っている”。


 「……駆逐してやる。 か」


 静かに呟いた瞬間、

 かつて自分が誰かを斬り伏せた時の感覚が脳裏に瞬き、指先が微かに震えた。


 “ああ、これは知っている。

 誰かを倒すときの匂いだ。

 戦いの前の、あの感覚だ。”


 なぜ自分がそれを知っている?

 十歳の孤児が、生き物を斬る技術を知っているわけがない。

 だが――知ってしまっている。


 夕波を裂いて、避難船はゆっくりと進む。

 背後ではウォール・マリアが、完全に夕闇に沈んでいった。


 胸の奥に渦巻く、正体不明の衝動。

 前世の片鱗は、今まさに“息を吹き返そう”としていた。

 ――こうして、夕刻のシガンシナ崩壊の日。

 べレス・アッカーマンの運命は静かに動き始めた。


















         べレス・アッカーマン(845年次のデータ)

         身長165センチ

         体重65キロ(全身筋肉バキバキ(前世の影響))

         血液型O型

         髪の色 白銀

         目の色 水色

         誕生日 7月3日

         年齢 10歳

         性格 仲間思いで優しい(神父さん(育ての親)の影響)

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