4:幸福の神の呪い
ギルドへの報告はバリッシュ以外のメンバーで行ったが、受付では予想外の対応をもらった。
「あんたがエレナで、こっちがカロン? ハッ、頭でもいかれたか」
「本当なんです! 信じてくださいっ!」
「おっ!? おう……そ、そうだな。エレナちゃんにそこまでいわれちゃあ……」
「チョロすぎだろ」
「あ?」
俺たちはメンバーが3人に減っているのに加え、見慣れない幼女を連れている。
そしてうち2人は、それぞれ入れ替わったと主張する。
俺も当事者でなければ、頭がおかしいんじゃないかと一瞥するところだ。
「仮に本当だとしてもだ。そっちの嬢ちゃんは拾ったのか?」
「おれはライナーだ。ほらこれ」
「ダメだぞ嬢ちゃん。いくらおじさんの物を拾ったからって、その人になれるわけがないんだから。それとも娘か?」
結局ライナーの存在は信じてもらえなかった。
カロンとエレナに関しては一応納得してもらえたが、どうやら俺らパーティがまとめて洗脳されたとか思っていそうだ。
「ま、残念な結果になったが報酬は出す。まさかその嬢ちゃんを冒険に連れていくとかいわないよな? そうなったら――」
「ああ。15歳以上だろ。規則は知っている」
「おれはさんじゅうにさいだ!」
「12歳? せいぜい8歳だろ」
その後は手続きを済ませ、3人だけ先に返す。
あの方に報告は伝わっているはずだ。
合言葉を伝え、俺ひとりギルド長の部屋へ。
「ではギルド長、本題に入ります」
「ああ。ロイドが洗脳なんか受けるはずがない。となると、この報告内容はホンモノか」
俺はこのかた、魔法や呪いといったものを受けたことがない。
敵の魔法が効かないだけではなく、味方の魔法さえも受け付けない。
俺の武器は肉体と装備のみ。
それだけならまだよかったが、周囲の魔力を自動的に吸ってしまう体質らしい。
「ええ。なんとか敵は倒しましたが、あんなモンスターは見たことありません。悪魔……とは違いますが、黒っぽくて腕が六本あり、そして――」
「おい、いま何て言った?」
俺たちが戦った敵。
それは古い文献に載る神と酷似しているらしい。
見た目は邪神そのものだが、人々をより幸せな生活ができるように導く存在であるとか。
「確証は持てない。だが、神の怒りを買ったともなれば――」
「そのままの可能性が高い、と」
「ああ。だが言葉が通じない、隠し通路とはいえダンジョンにいるなど不可解な点は多い。だが――」
「覚悟だけは、ということですね。まだ目覚めないバリッシュが起きてから相談します」
「ああ。冒険者としては……いや、しばらく休むがいい。報酬には色をつけよう」
「ありがとうございます」
その後にもらった報酬は、本来よりも10倍ほど多かった。
ギルド長の気遣いに感謝しつつ、今後を相談するために宿へ戻る。
その途中。
「ちょいちょい。そこの兄ちゃん」
「ん? 俺の事か」
もうすぐ宿につくといったところで、どこか薄汚れた少年が立ち塞がった。
顔に見覚えは……ない。
見たところ、誰かの使いだろうか。
「そうそう。兄ちゃん、奴隷に興味ないかい?」
「ないな、必要ない」
少年の横を通ろうとするも、素早く妨害される。
大金を手に入れたとどこからか嗅ぎつけてきたか? いや、にしても早すぎる。
「まあまあ。この宿にいる兄ちゃんに売り込みたいっていう奴隷がいるんだよ。俺はその案内を頼まれてさ」
「押し売りならお断りだ」
「あーもうっ! えっと、なんだっけな……『俺はここにいる』ていえば来てくれるんだよね?」
……何?
この少年はあまり身なりが綺麗だと言えないが、俺の案内を面倒くさがっているように思える。
きても来なくてもどちらでも良いような。
だとすると、俺を呼ぶのは雇い主――――ではなく、奴隷のほうか。
その時、嫌な予感がした。
「よし、連れて行ってくれ。まずは銀貨1枚。ちゃんと案内してくれたら追加で4枚やる」
「え、マジ? よっしゃ、こっちだよ。ついてきな」
そうして連れて行かれた場所は、近づいたこともない裏路地にひっそりとあった。
奴隷の売買は違法ではなく、限りなくグレー。
黙認されているが、推奨はされない行為だ。
それでも、これで助かる人間は多い以上、完全に潰されることはない。
「いらっしゃい。おや、君は仕事をしたのですね。偉いですよ」
「たりまえよ。兄ちゃん、銀貨ありがとな。じゃ親父、またな」
少年は去り、親父と呼ばれた男性と俺が残される。
「ちなみに、この地区の子供は皆わたしを親父と呼びますよ」
「そうか。じゃあ俺も親父と呼ぼう」
「はっはっは。これはやられましたな」
最初は奴隷と聞いてどうなるかと思ったが、奴隷とは一種の救済処置でもあるらしい。
借金のカタに、身寄りのない子供のために、教育のために。
「安全のために契約はしますが、無理やり命令をするような人たちはお断りしています。わたしが信用できるお客にだけ紹介しているもので」
「ほう。その点、俺は大丈夫なのか?」
「ええ。奴隷のほうから指名されるなど、よほど好かれていらっしゃるのですね」
思わず照れくさくなるが、俺の知り合いは少ない。
それこそ、奴隷になるような知り合いなんていただろうか?
悩んでいるうちにも、親父はその奴隷を連れてくる。
目を引いたのは、その見た目。
茶色いボサボサ頭にぴょこんと生える耳は、こちらを見てピクピクと動いている。
後ろの尻尾も嬉しそうに左右に揺れており、無表情な彼女の感情をあらわしているようだ。
しかし、その姿に見覚えはない。あるとしたら――――。
「この姿では初めまして。ロイド――さん?」
いまだ目を覚まさない、リーダーの瞳とそっくりな眼差しをしているところだろう。