宇宙(そら)へつなぐもの
第二十二章
朝食を終え、昨夜のブレーンストーミングと今朝の勘違いの余韻が収まった頃。
サラのスマートフォンが、特務チーム専用の暗号化着信音を鳴らした。画面に表示された発信者名を確認すると、サラは結人たちに軽く目配せをし、席を立って廊下へと出た。
「おはようございます、長官」
記者会見の成功について短いやり取りを交わした後、電話の向こうから「結人に代わってほしい」と要求され、サラは再びリビングの扉を開けて声をかけた。
「結人、長官からよ。出られる?」
サラがスマホを差し出しながら言うと、スピーカー越しにブランディ国務長官の少し焦ったような声が漏れ聞こえてきた。
『おい! 結人のご両親もいらっしゃるんだろ?』
「いまさら何を言ってるんです。結人がプロジェクトの主要メンバーである事はご両親に伝えてあります」
サラが涼しい顔で返すと、長官は小さく息を吐いた。
『……まあいい。さぞ驚かれていただろうな』
「至って平然と受け入れられていたように見えました。さすがは親子、といったところですかね」
サラはソファでお茶を飲んでいる結人の両親に視線を向け、フッと微笑んだ。
結人が歩み寄り、サラからスマホを受け取る。
「お待たせ、サラ。……代わるよ。結人です」
『おはよう、結人。休暇中に申し訳ないな。記者会見は見てくれたか?』
「はい。しかし本当に驚きましたよ。まさか拒否権の放棄と安全保障理事会の解体まで一気に話が進むなんて。完全に想定外の展開でしたから」
世界を震撼させた会見の裏側に驚嘆する結人に、長官は落ち着いた声で返した。
『いや。前に少し話した通り、これはロシアからの提案だ』
「ロシアから……ですか」
『ああ。やはり君の読み通り、かなり追い込まれているようだな。なんとかこの提案で発言力を強めたい考えだろう。大統領と話して、急きょこの提案を我々のスキームに組み込むことにした。事後報告になってしまい、申し訳ないな』
「とんでもありません。しかし、よく他の常任理事国も同意しましたね」
結人の純粋な疑問に、長官の重厚な声が応える。
『イラン戦争以降、各国は防衛予算の増大に頭を悩ませている。それは我がアメリカも同じだがね。それによって潤う人もいるが、基本的に軍需というものは、生産財を生み出さない。経済成長への足かせだからな……まあ、中国は最後まで抵抗したがね』
「本当に素晴らしい成果です。おめでとうございます」
結人が心からの祝辞を述べると、電話の向こうで長官が充実感のある息を吐いた。
『という訳で大統領と私は、この後常任理事国以外の国からの会談の申し入れが相次いでいてね。しばらく帰れそうにないんだ。結人、休暇を延長して構わないから、ゆっくり羽根を伸ばしてこい。アメリカに帰ったら、原発の設置工事やベルトコンベア工事の準備で忙しくなるからな』
長官がそう締めくくろうとした直後、電話の向こうから、やけに陽気で大きな声が割り込んできた。
『結人! 以前に訪問した摩周湖のホテルは素晴らしかったぞ。サラと行ってこい!』
世界のトップに立つ男の場違いなテンションに、結人が目を丸くしていると、すかさず長官の咎めるような声が響いた。
『大統領。ご両親もお聞きかもしれませんから、慎んでください。……じゃあ、結人。切るぞ。なにか有ったら連絡してこい』
プツリ、と通話が切れた。
結人がスマホをテーブルに置くと、いつの間にか目の前に両親が立っていた。
父親が、少しだけ真面目な顔をして結人を見つめている。
「……疑うわけじゃなかったが、お前本当に大統領と仕事してるんだな」
その言葉には、呆れを通り越した純粋な感嘆が混じっていた。
サラは、その喜びと誇りのこもったお義父さんの声を聞いて、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
しかし、そんなサラの感傷を遮るように、結人が真剣な顔で振り向いた。
「サラ。さすがに昨晩の件は電話やメールでは相談できないよな? 僕らもロンドンに行って合流しようか?」
二十年の工期を半年に縮める狂気のロジスティクス計画。一刻も早くそれを大統領たちにプレゼンしたくてうずうずしているワーカホリックな婚約者に対し、サラは呆れたようにため息をついた。
「結人。二十年を半年にショートカットするんでしょ? 一週間や二週間遅れたって構わないわよ」
「でも……」
食い下がる結人を、サラは極上の笑みを浮かべてピシャリと制した。
「大統領も言ってたでしょ。摩周湖、だったっけ? 私、行ってみたいな」
有無を言わさぬサラの宣言に、結人は反論の言葉を飲み込み、完全に押し切られて肩を落とした。
我が子が美しい婚約者に、しっかりと主導権を握られている光景を、結人の父と母はただニコニコと見ているだけだった。
実家を辞し、両親と別れた後。
大統領の勧めに従い、日本国内の観光旅行に出かけた二人だったが――。
「……ねえ、サラ」
「……やっぱり、あなたも?」
風光明媚な景色を前にしても、結人はどうにも上の空だった。
サラの呆れたような、それでいてどこか共感を含んだ声に、結人は頭を抱えて天を仰いだ。
「ちくしょう、親父のせいだ! この件が片付いたら絶対に抗議してやる!」
サラはクスクスと笑いながら、原潜転用とアフリカの巨大ロジスティクス計画が頭から離れず、一向に落ち着かない結人を見ていた。
第二十三章
ワシントンのオフィスに戻った二人は、休暇の余韻に浸る暇もなく、すぐさまビルを通じて特務チームに緊急会議の開催を要請した。
かつて世界のパワーバランスを覆すスキームを組み上げた、最高機密の会議室。
巨大なモニターの前にメンバーが顔を揃えると、ビルが重々しい口を開いた。
「さて、みんな揃ったようだな。結人、いったい何があったんだ?」
長官の会見が歴史的な大成功を収め、チーム全体がようやく一息つけるはずのタイミングでの緊急招集である。ビルの顔には隠しきれない緊張が走っていた。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
結人は静かに立ち上がると、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「ちょっと思いついたというか、教えられたというか……少し無茶なアイデアがありまして」
「教えられた? 結人が?」
ビルが怪訝な顔をする。この世界最高の頭脳にインスピレーションを与える人間など、そうそういるものではないからだ。
「はあ……」
一つため息をつき、結人は真っ直ぐにメンバーたちを見据えた。
「アフリカの原発なんですが。……原潜の原子炉を使えませんか?」
その言葉に、会議室の空気がピタリと止まった。
皆が何のことだか理解が追いつかないのを見て、結人は淡々と説明を続ける。
「国務長官の交渉で、少なくとも大国間による戦争のリスクは劇的に下がったと思って良いと思います。そうすると、今現在核保有国が海中に潜ませている抑止力は、間違いなく過剰なものとなるでしょう」
結人は少しだけ声を張った。
「そこで、常任理事国の保有する原子力潜水艦を解体し、その原子炉をそのままアフリカの発電所として転用するのです。常任理事国は5カ国。我々の建設予定の原発も5ヶ所。……ちょうど良いと思いませんか?」
誰も言葉を発しない。
今度は理解が追いつかないのではなく、その劇的な効果と意味、そして出来すぎたパズルのような符合を思い、唖然としていたのだ。
大国間の緊張関係を象徴し、長年世界を恐怖の底に沈めてきた「死の兵器」たる原子力潜水艦。それを、5つの大国から一つずつ引き剥がし、平和的な開発支援のモニュメントとして大地に据え直そうとしている。
この提案が実現した時、全世界はそのアフリカの5つの灯りに「平和」という文字を重ね合わせるだろう。ただのインフラ開発ではない、究極の象徴的事業になる。
重い沈黙を破ったのは、やはりビルだった。
「……結人。我々はどう動けばいい?」
その声には、すでにこの狂気じみた計画に付き合う覚悟が滲んでいた。
結人は小さく頷く。
「その前に、サラと検討した工程を説明します。皆さんも実現性を検証して頂けませんか? ……サラ、頼む」
促されたサラが端末を操作すると、会議室のメインスクリーンに、あの日本の実家で結人と組み上げた常軌を逸したスケジュール表が映し出された。
それを見たマルクスが、目を剥いて声をあげる。
「……原発を……半年だと?」
「はい」
結人は平然と答えた。
「まず、海兵隊による仮設滑走路の建設に一週間。この滑走路で、最低限の資材の輸送を行います。原潜の解体は設置場所の近く……ソマリア近海に仮設の解体用ドックを建設します」
スクリーン上の図面が次々と切り替わっていく。
「ドックの建設と並行して、取り出した原子炉を運搬する専用の飛行船の開発を行います。ロッキード・マーティンで以前開発していたものをスケールアップし、完全無人化すれば、開発期間は劇的に短縮できるでしょう。私とサラは、全ての条件が上手く行けば半年で可能と結論づけました」
一分の隙もない工程表を見つめながら、ビルが険しい顔で口を挟む。
「ちょっと待ってくれ。解体はソマリア沖と言ったか? あの海域は海賊も頻繁に出現する危険な場所だぞ。そんなところで原潜の解体作業など……」
「ええ。ですが、現在アメリカ海軍所属の艦艇は本拠地に帰港し、無期限の休暇に入っています」
結人はさも当然のことのように言った。
「国務長官の演説によるものですが、他の常任理事国も同じような状況でしょう。せっかくですから、彼らの最後の花道として、空母打撃群にその海域の警備に当たってもらいましょう」
「最後の花道って……」
ビルが絶句する。
「平和な時代には、もう必要無いものですから」
結人は一切の躊躇なく、冷徹なまでの合理性で言い切った。
「解体で出た資材は、そのままベルトコンベアや現地の開発に使えるものは使ってしまいましょう。鉄くずにするよりずっと有意義です」
国家の威信たる空母打撃群を、単なる工事現場の警備員として配置し、無用の長物となった原潜を部品単位で再利用する。軍のトップが聞けば卒倒しかねない暴論だが、特許一元化後の世界においては、それが最も正しい「兵器の使い道」だった。
途方もないスケールの計画と、それを淡々と語る結人の姿を交互に見つめ、ビルは深く、深く天を仰いでため息をついた。
「……まずは、大統領に相談させてくれ」
ビルからの報告を受けた大統領が下した決断は、かつてないほど迅速だった。
彼はワシントンへの帰国便のルートを急遽変更し、そのまま常任理事国の首都――ロンドン、パリ、モスクワ、北京を巡る強行軍のトップ外交へと乗り出した。『平和への貢献』という名の免罪符と、劇的に前倒しされるアフリカ巨大市場の果実を交渉材料に、歴史的な合意を紡ぎ出していく。
そこから先は、まるで世界の時計の針が早回しになったかのような、怒涛の展開だった。
―キンシャサ。
ヌジリ国際空港の長大な滑走路には、米空軍の巨大輸送機が続々と舞い降り、ハイテク資材を絶え間なく吐き出していく。それらが運び込まれた現地の造船所では、先進国の巨大重工メーカーから派遣された技術者たちと、アフリカの労働者たちが肩を並べて汗を流していた。
やがて、純白の「水上巨大病院」が産声を上げる。大型のタグボートに牽引され、ジャングルの奥地へと進んでいく希望の船。岸辺で歓喜の声を上げる村の人々の姿は世界中に配信され、このプロジェクトの絶対的な「正義」を証明してみせた。
―世界中の造船所。
上海、釜山、ハンブルク、長崎、そしてニューポート・ニューズ。
かつては国益と覇権を競い合った世界中の巨大造船所で、全く同じ規格の「艀」が昼夜を問わず大量生産されていく。完成した艀は次々と海へ降ろされ、かつては互いに砲身を向け合った各国の海軍艦艇――駆逐艦や巡洋艦に曳航され、一路アフリカ大陸を目指して大海原を進んでいく。
―ソマリア沖。
悪名高き海賊の海は、人類史上最大規模の洋上工事現場へと変貌した。
海兵隊と多国籍の工兵部隊により、海上に5つの巨大な仮設解体ドックが組み上げられていく。
そして、そのドックをぐるりと取り囲むように展開するのは、常任理事国5カ国の威信を体現する空母打撃群。かつて世界を分断した鋼鉄の巨城たちが、今はただ静かに並び立ち、人類の新たな希望の建造を護衛している。
―アフリカの空。
ロッキード・マーティンが威信をかけて完成させた、規格外の巨大無人飛行船。
ソマリア沖で原潜から慎重に抜き取られた「心臓」――原子炉を吊り上げた巨大な船体が、太陽を遮りながらコンゴ川流域の上空をゆっくりと、しかし確実に横断していく。
―リビングストン滝。
かつて全てを阻んだ絶望の激流に、人類の叡智が打ち込まれる。
円形のコンクリートプレートが次々と沈められ、水流に耐え抜く強固な橋桁が幾本も立ち上がっていく。水を受け流す網目状の鉄板が架け渡されると、その軌道上を滑るようにして、鋼鉄の導水橋ブロックが次々と押し出され、対岸へと連結されていく。
大自然の猛威をねじ伏せ、内陸へと続く巨大なバイパス水路が力強く姿を現していた。
―コンゴ川流域。
切り拓かれた大地に設置された5つの原発拠点。
その周囲を警備するのは、同じ水色のPKO(国連平和維持活動)の帽子とヘルメットを被った5カ国の兵士たちだ。かつての仮想敵国同士が肩を並べ、彼らの見守る先で、原子炉の隣に規格外の巨大な駆動モーターが据え付けられていく。
―そして、連結の時。
無尽蔵の電力がモーターに供給され、重低音とともに巨大な歯車がゆっくりと回転を始める。
鋼鉄のワイヤーが張り詰め、コンゴ川の激流、リビングストン滝の急勾配を這うように、海から到着した無数の艀が次々と引き上げられていく。
一つ、また一つと、艀の強固なジョイントが噛み合い、連結されていく。
国境を越え、大陸の奥地へと続くその帯は、やがて視界の果てまで途切れることのない1本の巨大な「川の上の道」となった。
世界中が固唾を飲んで見守る中、最後のジョイントがロックされ、緑のランプが点灯する。
アフリカの心臓部を貫く、総延長数千キロに及ぶ人類史上最大の「大動脈」が完全に繋がった瞬間だった。
エピローグ
歴史的な合意から二十年。
総延長数千キロに及ぶコンゴ川の巨大なベルトコンベアが稼働を始めてから、五年の歳月が流れていた。
この地における都市開発は、従来のプロセスとは明確に異なっていた。プロジェクト開始の初期段階で五基の原潜用原子炉が持ち込まれ、膨大かつ安価な電力が真っ先に確保されていたためである。
無尽蔵の電力インフラが先行して存在する環境下へ、世界的な大軍縮によって余剰となった各国の軍事リソースが次々と投入された。工兵隊のスペシャリスト、空軍の輸送部隊、そして莫大な軍需物資である。
ヌジリ国際空港がフル稼働し、海兵隊がジャングルの各所に仮設滑走路を建設することで、ピンポイントでの資本投下と拠点開発が推し進められた。コンベアが完成するまでの十五年間、豊富な電力を背景とした昼夜を問わない建設作業が続き、都市の骨格はすでに形成されていた。
そこへ五年前、完成したベルトコンベアによる規格外の物流網が接続された。
アフリカ大陸の中央部には現在、かつての熱帯雨林の面影はない。その大地は、先進国の中核都市と見まがうほどの近未来的なメガロポリスへと変貌を遂げていた。
そして今日、キサンガニ近郊に建造された新たな施設で、落成式が執り行われようとしていた。
新しく移転した『国連大学』のメインキャンパスである。
広大な白亜の正門。その中央を一直線に貫くように、地球の南北を分かつ「緯度0度(赤道)」のラインが刻まれている。
式典会場の最前列には、かつて国連事務総長としてこのプロジェクトの黎明期を強力に推進した、あのブランディの姿もあった。すでに政界の第一線を退いている彼だが、この「奇跡の都市」の生みの親の一人として、世界中から万雷の拍手をもって迎えられていた。
そして、そのVIP席のさらに奥。メディアのカメラが決して入り込めない特別エリアには、かつてこの途方もない計画の歯車を回した者たちが集っていた。
――時系列を、ほんの少しだけ遡る。
落成セレモニーを一週間後に控えた、真新しいキャンパスの最上階。
式典の最終確認が大詰めを迎える中、最後の議題はかねてより決定していた「国連大学から世界に向けて、新たな知性と貢献を讃える個人表彰」の正式名称についてだった。
賞の創設自体は決まっているものの、その名前はプロジェクト初期メンバーたちに一任されていたのである。
「ノーベル賞みたいに、人類の新たな道標となるような名前にしたいわね」
サラがふと思いついたように、青い瞳を輝かせて提案した。
「地球から宇宙へ、人類の未来を導くものとして……『Inherit the Stars(星を継ぐもの)賞』というのはどうかしら?」
その名前に、会議室の空気がパッと華やいだ。
「素晴らしい! まさに我々の理念を体現する名前だ」
かつて世界を動かした元・合衆国大統領が我が意を得たりと膝を打ち、他のメンバーも次々と賛成の声を上げる。
全員が新たな賞の創設に興奮し、笑顔を交わし合っていた、その時だった。
「あの……」
会議室の隅で、結人がおずおずと右手を挙げた。
「その賞、僕に頂けませんか?」
ピタリと、室内の喧噪が止まった。
普段、名誉や権力といったものに一切の興味を示さない彼からの、あまりにもかけ離れた自己主張。予想外の申し入れに目を丸くした一同だったが、すぐにブランディ元事務総長がふっと相好を崩した。
「君は確かに、誰よりも相応しい働きをした。第一号は君で、文句を言う奴は地球上に一人もいないさ。……でも、君がそんなことを言い出すなんて意外だね」
ブランディが声を出して笑うと、他のメンバーたちも「全会一致だ」「君以外にあり得ない」とにこやかに頷いた。
しかし、結人は慌てて首を振った。
「いや、そうじゃなくて……。『シリアルナンバー0』を、一番相応しい人にあげたくて」
その言葉の真意をいち早く察したサラは、結人の顔を見て優しく微笑んだ。
「好きにしたら良いんじゃない?」
サラは結人の肩を軽く叩き、会議室の全員を代表するように言った。
「誰がどう見ても、このプロジェクトの最大の功労者は貴方なんだから。貴方のワガママなら、誰も反対しないわ」
式典のあと、キサンガニの中心部にそびえ立つ、国連大学のVIP用レセプションルーム。
落成式に招待され、日本からやってきた結人の両親は、ガラス張りの窓から、まばゆい光を放つメガロポリスと、その向こうに広がるアフリカの広大な夜の闇を見下ろしていた。
「本当に、こんな街を作っちまうとはな」
父親が感慨深げに呟いたところに、結人が静かに歩み寄った。
手には、特注のビロードの箱が握られている。
結人はそれをそっと開き、中に入っていた重厚な記念メダルを父親に手渡した。
メダルの裏面には『Inherit the Stars』の文字と、小さく『No.0』というシリアルナンバーが刻まれていた。
今後、国連大学から世界の偉人たちへ授与されるはずの栄誉。その「原点」の証だ。
父親はメダルの重みを手の中で確かめるように、じっとそれを見つめていた。
やがて、父親はゆっくりと顔を上げ、至極当然のような顔をして息子に話しかけた。
「で、いつ連れてってくれるんだ?」
「 連れてく? どこへ?」
結人が間抜けな声を出して聞き返すと、父親は窓の外、アフリカの夜空に輝く満天の星々を真っ直ぐに指さした。
「宇宙だよ。決まってるだろ」
父親は、まるで週末のドライブの予定でも聞くような気楽さで言った。
「俺が生きてるうちに出来そうか?」
その瞬間――結人の頭の中で、過去の記憶のピースが雷に打たれたように繋がり、弾け飛んだ。
小学生の夏の日、自分の部屋の本棚にさりげなく仕込まれていた『星を継ぐもの』のコミックス。
中学生の夜、「知識とお金の使い方」という言葉で、自分の思考の限界を外したあの会話。
実家の居間で、原潜の解体と飛行船のアイデアをあっさりと口にし、不可能を可能に変えさせたあの一言。
すべては、この親父が、自分が宇宙に行くための『特急券』を息子に作らせるために敷いた、途方もなく壮大で、果てしなく身勝手なレールだったのか……
結人はわななきながら声を絞り出した。
「……ハメやがったな!」
夜景を背にした父親は、ニヤリと悪戯っぽく笑うと――
あの日、実家のキッチンで麦茶を掲げた時とまったく同じ仕草で、シリアルナンバー0のメダルを、祝杯でもあげるように息子へ向けて軽く掲げてみせるのだった。
(終)




