(53) 鈴蘭の聖女は、黒いうさぎに黒いうさぎに救われる
最終話です。
シェスタは魔王城に帰ると、本を片手にレギウスの元へと向かった。以前は城を空けることが多かったレギウスも、最近は出かけることなく城にいることが多い。
シェスタはレギウスの部屋に入る前に、一つ深呼吸をする。一度はちゃんと話さなければいけないと思っていた話を今日はする。そう決めていたのだ。
「ただいま戻りました。」
「ああ。」
レギウスは机の上に積まれた書類をしかめ面をしながら読んでいる。ギルニスの繁栄ぶりが広まっているようで、親交を深めたいと外交文書が来るようになったのだ。国内からも、港町ハイトの噂話を聞きつけた魔族が、うちの方でも何か面白いことをしてくれないかと頼んでくる。
レギウスとしては、面倒なことはしたくはない。が、無視し続けるわけにもいかない。丁寧なお断り文などレギウスにできるはずがない。
それでも逃げ出さずに読むところが、レギウスらしいとシェスタは思った。
「文官として使えそうな者を、雇ったらいかがですか?ブラニー商会から斡旋してもらうといいのではないかと思いますけど。」
あの商会なら手紙を書くのに長けた従業員も多いに違いない。
シェスタの提案に、レギウスは少しホッとした顔をする。
「その手があったな。よし、オルソンを呼び出そう。」
レギウスはオルソンに短い手紙を書くと、手をかざした。それだけで手紙はその場から消え失せる。その間にシェスタは、レギウスの机の上にある手紙に目を通して、急ぎのものがないかだけ確認した。読むだけならシェスタでもできるのだ。
返事が来るまで休憩しようと、レギウスは机から離れ、ソファにぼすり、と座った。目頭をきつく押さえている。
「他の魔族と戦っている方がまだマシだ。いっそのこと全て自分の領地にしてしまえば問題がなくなるのか……?」
疲れているのか、恐ろしい話が飛び出してくる。
「それをしたら、領地から届く手紙が増えるだけですわ。それよりも、仕事を任せられる人を作りましょう。」
レギウスが不思議そうな顔をする。
「先程オルソンに頼んだではないか。」
「違います。それではレギウス様の最終的な承認の仕事は減りません。」
魔王だけが使える御璽がある。それを押せるのは、魔王だけだと言われているが、実は例外があるのだ。
シェスタは大きく息を吸って一旦落ち着く。
「私にレギウス様の仕事を肩代わりさせていただけませんか。今までたくさん、やりたいことをやらせてもらいました。お礼がしたいのです。」
「御璽は魔王以外使えない。」
「いえ、使えます。その証拠を、この前書庫で見つけました。」
シェスタは本のあるページを開いて、レギウスに見せる。
『御璽は魔王のものであるが、魔王が契約した者だけは、これを使うことができる。』
ギルニスの歴史を書いた古い文献だ。ギルニスのことを調べていた時にシェスタはこれを見つけた。
「契約……。」
「はい。ですからレギウス様。私と契約してくださいませ。」
問題は、契約の方法がシェスタには分からなかったことだ。ニルダにも尋ねてみたが、ニルダも知らなかった。
「魔族の契約は従属契約がほとんどです。オルソンはレネットと結婚契約を結んだそうですが、珍しい事例ですね。お互いに了承すれば、契約が成立するのではないでしょうか。」
シェスタは契約をしたいと思っているが、レギウスに断られたら終わりだ。息を詰めて、シェスタはレギウスの答えを待った。
レギウスはしばらく考えてから、シェスタを見た。その瞳には、シェスタ自身が映っている。答えが欲しいと待っている顔だ。
「契約、というものが何を指すのか私にもよく分からないのだが、私たちには、おそらくそれに近いものが既に結ばれていないか?」
「え?」
どういうことだろうか。シェスタは首を傾げた。
「お前が私をギーと呼べば、私はうさぎに変身してしまう。これは契約の一部ではないか?契約など、互いの了承がありさえすれば成立するだろう。」
「つ、つまり、レギウス様は私が『ギー』と呼ぶことでうさぎになることを了承している、ということですか?」
「そういうことだな。試しに御璽を使ってみるといい。」
レギウスに連れられ、レギウスの椅子に座らされる。黒檀でできた美しい御璽をシェスタが持つと、御璽はほんのりと光を放った。
「やはりな。」
レギウスは満足そうに頷いた。
「まさか、契約が終わっていたなんて……。」
シェスタは脱力した。契約のためにしなければいけないことを色々と想像して覚悟していたのに。あの思い悩んだ日を返して欲しい。
「嫌なのか?」
「……嫌じゃないですけど。頑張りますけど。」
シェスタは御璽をギュッと握りしめた。こうなったらレギウスの代わりにどんどん仕事をしてやるのだ。
「それは良かった。ところで、お前に頼みがある。」
上から降ってきた手が、シェスタの顔を上に向かせた。レギウスの美しい顔が近くに見えて、思わずシェスタは息を止めた。
「『ギー』、と呼んでくれないか。」
「え。」
「しばらくうさぎになって休むことにする。代わりもできたことだしな。」
それが真面目な顔で言うことなのだろうか。シェスタは思わず笑い出してしまった。
「わかったわ、ギー。」
レギウスは見る間にうさぎになると、シェスタの膝に乗って小さくあくびをした。耳の後ろを撫でてやると、気持ちよさそうに体を擦り付けてくる。
シェスタはくすくすと笑うと、目の前の書類を手に取った。そろそろオルソンがやってくる頃だ。文官の選定にも時間がかかるだろうから、その間にシェスタもお断り文の一つも書けるようにならなくては。
この後、文官たちと書類を捌いていくシェスタと、その膝で眠るうさぎの姿が度々目撃されるようになる。その姿がやがて神聖な像として祀られることになるのだが、その未来はしばらく先のことになる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
王太子について番外編を書くかもしれませんが、一旦完結とさせていただきたいと思います。
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