(52)交易都市ハイトの誕生
ザック達がホロネリアへ帰国してから一年が経った。シェスタは港町ハイトを一人で訪れていた。アステリアの作った迷宮の様子を見にきたのだ。
シェスタの姿を見かけると、ブラニー商会の従業員がすぐさま近寄ってきた。
「これはシェスタ様。ようこそお越しくださいました。」
「迷宮の様子はどう?」
「大繁盛でございます。」
満面の笑顔で答える従業員に連れられて、シェスタは迷宮の入り口付近へとやってくる。そこには行列ができていた。魔族の姿もあるが、ピカールから来たのだろうと思われる竜族や小人族の姿もある。それから、ちらほらではあるが、人間の姿も見えた。
「アステリア様がいらしてくださる度に、中の様子を変えてくださるのです。そのせいか何度も通う客もおりまして。」
シェスタの侍女をしながらも、アステリアはちょこちょことハイトまでやってきては、迷宮の手入れをしている。シェスタがお願いしたことでもあるし、アステリアが望んだことでもある。
「毎回同じじゃつまらないですからね。何もないはず、と思うところに何かを仕掛けるのが楽しいのです。」
そう言いながら、次の仕掛けについてシェスタに話してくれるのが、シェスタにとっても何より楽しい。
隠し部屋には宝箱が置いてあることもある。ブラニー商会が自分のところの商品をそこに置くのだ。時折高額な商品が置いてあることもあり、それ目当てで通う客もいるくらいだ。
「人間の姿もあったけれど、ホロネリアとの交易はどうなっているの?」
「そちらも順調に。商会にレネット様がいらっしゃいますので、ご案内いたします。」
「お願いね。」
ザック達は順調にホロネリアに種を蒔いてくれている。
魔物によっては食べられるのだと、王城に仕えるようになったスリナーが王太子に自分の経験談を話した。そして、ザックが討伐した魔物の肉を目の前で食べてみせたのだという。
最初は抵抗していた貴族達も、王太子が率先して食べたことで考えを変えた。これで今年の冬は乗り切れそうだ。
スリナーが送ってきた手紙には、そう書いてあった。スリナーはギルニスとの関係を改善したい気持ちがあるようだ。
「まあ、シェスタ様。お迎えが遅くなり申し訳ございません。」
シェスタの姿を見たレネットはすぐに側へときて深々と礼をする。今やブラ二ー商会は他国にも名を知られた大商会となっている。それはシェスタによってもたらされたものだ。
「突然来たのだから仕方ないわ。」
レネットはシェスタを貴賓室へと案内し、お茶を用意する。果物の香りのするお茶を堪能しながら、シェスタは尋ねる。
「ピカールで購入した農作物は売れているの?」
「ええ。ホロネリアの商人が嬉しそうに買っていきますよ。かなり高い金額をふっかけていますけどね。」
レネットがいたずらっぽく目を輝かせて話す。それに対してシェスタもうふふと笑って返す。
「そう。でも誰も困らないんだから、問題ないわね。」
「ええ。有翼人達の仕事も増えて、今じゃ手が足りないほどです。」
有翼人は人を運ぶにも、物を運ぶにも、非常に便利だ。ザックが何度か銀の笛を使って呼び出しているのを見た商人が、自分たちも運んでくれないかと頼んだのがきっかけで、運び屋の仕事が始まった。
「そういえば、ザックの強さを見た人間が、強くなれる場所を探してギルニスを彷徨っているという話も聞きますよ。」
今やザックはホロネリアを救った勇者として名が轟いている。偽の魔王城で戦い続けた話は、吟遊詩人達によって語られるようになっていた。
「強くなれたのは、魔王様が作った城のおかげよね。あら。あの城もひょっとして使えるのかしら……。」
中に閉じ込められた冒険者達が絶妙に死なないよう工夫された城。確かにそれはそれで使い所があるのかもしれない。
「ぜひ魔王様と相談してくださいませ。」
金貨の落ちてくる音が聞こえてきたのだろう。レネットがとろけるような笑顔で勧めてくる。
「分かったわ。他には変わったことはない?」
「変わったことですか……。そうそう、シェスタ様を御神体とした、新しい神殿を作りたいと言う話が出ておりますよ。」
「私は神になる気はないわ。あの女神が復活しないようにはしたいけれど。」
ミューがせっせとシェスタへの仕打ちを触れ回ってくれたおかげで、女神の地位はかなり落ちている。そうそう復活はできないだろう。シェスタとしてはそれで十分なのだ。
「そうなんですか?魔族達もものすごく乗り気なんですが。」
残念そうにレネットが言う。
「魔族に神が必要だとは思わなかったわ。」
「魔王様よりも強く、尚且つ魔族の国を楽しくしてくださっていますからね。信仰したくなるのも仕方ありませんわ。私とて、シェスタ教ができましたらすぐにでも入信いたします。」
レネットの言葉に、シェスタは複雑な笑いを浮かべた。
シェスタはどこまで行っても人間だ。魔族とは違い、そんなに長くは生きられない。自分の死後も崇め奉られるのは、なんだか怖いのだった。
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